New encounter <新たな出会い>

#09 好機到来?!

 ───3日後。


 Truth

 PM 7:43


 その後も、中村さんと裕樹くんは相変わらずの忙しさで、私も、ありさも自分の仕事に追われる日々を過ごしている。

 最近は、中村さんたちが事務所に戻る回数が減ってきていることで、多少の寂しさは否めないけれど、今回のプロジェクトに賭ける想いだけは常に共有していると確信出来る。

 いつものように一日の業務を終えて家に帰宅しようとした。その時、裕樹くんが疲れきったような顔で戻って来たことに気付く。

 裕樹くんと顔を合わせるのもいつぶりだろう。自分のデスクに腰掛け、いつもならすぐに次の作業に取り組む裕樹くんが、またもや指先で目頭を押さえこんだまま…。

「大丈夫?」

 何となく気になって歩み寄ると、少し虚ろな視線と目が合った。

「……こっちもいろいろあってな」

「中村さんは一緒じゃないの?」

 問いかけると、裕樹くんは椅子に凭れ掛かり、深い溜息をついた。

「中村さんはまだ接待中。今回のプロデューサーから無理難題を押し付けられていることは、この間話したよな」

「うん」

「口にするのも面倒臭いんだけど、こっから先はあっちで話す」

 それから、私たちは2人分のコーヒーを用意して、すぐ隣にあるミーティングルームへと向かった。

 黒ソファーの隣、8名用白テーブルにコーヒーを置き、カントリー調のデスクチェアーを引いて、裕樹くんと向い合せに腰を下ろした。

 そして、お互いにコーヒーを一口飲んでソーサーに戻すと、裕樹くんは重い口を開いた。

 裕樹くんの話だと、今回のプロデューサーさんから、例の映画の公開発表日に前説的な役割を担って欲しいと、強く念を押されたらしい。

「結局、二人して引き受けることになっちゃったんだよね。あとさ、どっからどう見ても、中村さんに気があるとしか思えないんだよな」

「そ、そうなんだ……」

 中村さんの立場上、この仕事に携わった者として、その好意を無下にも出来ないとのこと。

「じゃあ、二人してテレビに映っちゃうってこと?」

「今回、携わっている映画の宣伝を任されただけだけどな」

「それでも凄いじゃん!」

 興奮気味に身を乗り出す私に、裕樹くんは困った様に微笑う。

「そんなことよりも、今回の件で、お前も今まで以上に頑張らないといけなくなったな」

「え、プレッシャーかけないでよ。こんな私でも、何かの役に立てないかと必死に頭を巡らせているんだから」

「それもあるけど、中村さんを取られないように気をつけろよ」

 今度は、不敵な笑みを浮かべる裕樹くん。私は慌てて言い返した。

「ちょっ、それどういう意味?!」

「前から思ってたんだけどさ、好きなんだろ? 中村さんのこと」

「はぁ?!!」

 え、違うのか?って表情の裕樹くんに、であることを伝えるも、何となく信じて貰えていない感じだ。

 いつだったか、ありさからも同じように言われたことがあったけれど、しっかりきっぱり否定してきた。

 中村さんのようになりたい。と、いう憧れはあっても、中村さんを恋愛対象として見たことはない。と、今まではそう思っていた。

 けれど、あの誕生日の夜以来、何となくいつもとは違う感情が芽生え始めているような気はしている。

「どっちみち、私じゃあ中村さんとはつり合わないよ」

「そうかもな」

「……そんなハッキリ言わなくても」

「まぁ、余程出来た女性ひとじゃないと、中村さんの彼女になるのは難しいと思う」

「うん。それだけは納得ぅ……」

「なんて、俺も人の事は言えないけどな。上原から全部聞いたんだろ?」

 私は頷いて、自分自身も裕樹くんや、斉藤さんの哀しい過去に触れて、いろいろと考えさせられたことを伝える。と、裕樹くんは、テーブルに両肘をつき、口元で自分の手をもう片方の手で包み込むようにして、柔和に微笑んだ。

「今、ここにある自分の、誰かとの時間は永遠じゃない。だから、もう考え過ぎるのはやめた。まだ手探り状態なんだけどさ。今度こそ、この手で幸せにしたいって思ってる」

 本当に大変なのはこれからかもしれない。

 でも、二人ならどんな逆境が立ちはだかっても大丈夫だと思えた。

「気を付けて帰れよ」

「うん、ありがとう。そっちも頑張ってね」


 最上階での作業を控えていた裕樹くんを見送り、残ったコーヒーカップを見つめながら、今現場で頑張っているであろう、中村さんに想いを馳せた。

 あの、「冗談じゃねぇ!」事件から、中村さんとはほとんど話をしていない。


(すっごく忙しいのは分かるんだけど、会えないのは辛いなぁ。って、あれ……?)


 また、今まで抱いたことのない感情に苛まれる。

 もしかして、本当に中村さんのことを好きになってしまったのだろうか。

 そんな風に思って、独り勝手にドキドキしていた。その時、デスク脇の社内電話が点滅しながら、いつもの軽やかなメロディーを奏で始めた。

 受話器ごし、今まさに考えていた人の聞き慣れた声を耳にして、素直に嬉しく思っている自分がいる。

 私がいつも以上に労いの言葉をかけると、中村さんは簡潔に返答してくれた。

 その内容は、ほとんど裕樹くんから聞いた通りで、日に日に、例のプロデューサーさんの行為がエスカレートしていることが分かる。

 やっぱり、今の私には、言葉をかけるくらいしか出来ないのかと。自分の未熟さを思い知らされて、落ち込んでしまう。けれど、すぐにそれは解消された。

「わ、私がですか?!」

 耳に飛び込んで来た仕事は、私にとってこの上ない条件だった。

 それは、私がずっと目標にして来た中村さんと、裕樹くんの補佐であり、今回に限っては、マネージャー的な役割を担うことになったのだ。

 これでまた、二人の働く姿を見ることが出来るという、期待感でいっぱいになる。

 詳細などは、上司である科野さえのさんから聞くように言われ、早々に通話を切られた。

「どうしよう……」

 緊張しながらも、すぐに雑務の引き継ぎをして、科野さんのところへ行って詳細を聞きながら、今回の仕事内容を確認した。

 補佐という言葉通り、中村さんや裕樹くんの身の回りの手助けをして欲しいとのことだった。


(ま、マジですかぁぁー! やったぁぁ!!)


 嬉しさを堪えきれず、胸元で小さくガッツポーズをしてしまう。

 想像以上に大変だろうけれど、今回のビッグ企画の一員となり、中村さんの傍にいられるようになったことに感謝していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る