第4話◆器用貧乏の記憶と夢

 俺の名前はグラン、平民なので苗字はない。どこにでもいる平々凡々とした冒険者である。


 自分でも言うのもアレだが、平均かそれよりちょっといいくらいの顔。珍しくもなんともないどこにでもいる赤毛のショートヘアに、やや高めの身長にややがっちりとした体格。

 冒険者ギルドのランクも平均よりちょっと上のBランク。収入も冒険者にしてはややいいくらい。飛びぬけて強いわけでもないけど他より頭一つは抜けている。

 人当たりも悪くなく交友関係もわりと良好、ギャンブルも酒もさほど弱くはないが強いというわけでもない。


 全体的に平均よりちょっと優れてる――つまり、ちょっと優秀だが、何か突出して優れているものがない。それが今の俺の特徴だ。



 そんな、どこにでもいそうな平凡な俺だが、他人と明らかに違うところがある。



 俺には、前世の記憶がある。



 こことは全く違う世界の全く違う国。魔法も無ければ、魔物もいない。魔物どころか人間以外の知的生物もいなかった。高度な文明の上に築き上げられた世界の"ニホン"という国で前世の俺は暮らしていた。

 前世では平凡な家庭で育ち、平凡な大人になって、平凡な人生を過ごしていた俺の趣味は読書とゲームだった。

 今思えば、とてつもなく平和な国に生きていた。


 魔法も無ければ、魔物もいない、普通に生活していれば武器を握って戦うこともない。だから、そういう世界を模した空想物語や仮想の世界で自分の分身となるキャラクターを動かせる"ゲーム"という物が人気があって、自分もハマっていた。


 特に自分の分身ともいえるゲーム内のキャラクターを育てたり、ひたすらアイテムを集めたりするゲームが好きだった。

 育てれば育てるほど上昇するキャラクターのステータスの数値、ひたすら貯めるゲーム内通貨、大量にストックされた素材アイテムや消耗アイテム、とにかく数字を増やすのがたまらなく好きだった。


 仕事の合間にゲームをやりながら、ただひたすら自分の世界に閉じ籠って自分のペースで、ひたすらステータスやアイテムのストックの数字を増やす、そういう作業が好きで没頭していた。

 その為に作業を効率化する事もあったが、効率を求めすぎてめんどくさくなることも、少なくなかった。

 最終的には、マイペースにやりたいことをやりたい時にやる、というスタイルに落ち着いていた。


 まるで中毒のように、数字を増やすのが楽しかったのをよく覚えている。





 俺がその前世の記憶を突然思い出したのは、まだ五歳かそこらの頃だった。


 前世の自分がどうして死んだのかは覚えていないが、中年と呼ばれる年齢くらいまでは、普通に働いて、普通に生活していた記憶が薄っすら残っている。恋人がいた事はあるが、残念ながら結婚をしていた記憶はない。


 前世の記憶を思い出す前から、謎の既視感や教えられてない事を、何となく知っているという事が時折あった。

 五歳くらいの時、ある日突然前世の記憶という膨大な情報が頭の中に湧いて出て来て、ぶっ倒れて数日に渡って寝込むことになったのを覚えている。

 そして、目が覚めて、その情報が前世の記憶だと理解した時、自分の"ギフト"と"スキル"、そして数値化した自身の強さを見る事が出来ることに気付いた。



「ステータス・オープン」



 このキーワードで俺の目の前には、俺にしか見えない半透明なキャンバスが現れる。まるで前世の記憶にあるSF映画のような絵面だ。

 前世のゲーム風にいうと、ステータス画面とも言う。


名前:グラン

性別:男

年齢:18

職業:勇者

Lv:104

HP:943/943

MP:15550/15550

ST:834/834

攻撃:1148

防御:836

魔力:12460

魔力抵抗:2183

機動力:628

器用さ:18740

運:216

【ギフト/スキル】

▼器用貧乏

刀剣95/槍45/体術68/弓53/投擲39/盾68/身体強化85/隠密35/魔術34

▼クリエイトロード

採取68/耕作12/料理60/薬調合75/鍛冶38/細工56/木工18/裁縫35/調教11

分解61/合成55/付与36/強化25/美術15/魔道具作成42

▼エクスプローラー

検索(MAX)/解体68/探索83/察知92/鑑定15/収納95/取引28/交渉42

▼転生開花

【称号】

オールラウンダー



 これが現在の俺のステータスだ。

 ▼マークがついているのが【ギフト】、その下にズラリと並ぶのがその【ギフト】に紐づいた【スキル】だ。

 ちなみにこうして自分のステータスが見れるのは鑑定スキルの一部のようだ。

 前世の記憶があるという事に気付いた時に、唐突にこうやって己のステータスを可視化出来る事が"解った"のだ。



 そして、その"ステータス画面"の中で、ひときわ存在感のある"勇者"という文字。

 職業が"勇者"となっているのを見た時は、自分でも意味がわからなかった。前世を思い出して、自分のステータスを見ることができるようになった時に、自分の職業が"勇者"になってることをはじめて知った。


 もちろん、十六歳の誕生日に母親に起こされて、王城に連れて行かれるというようなこともなかったし、父親は勇者でもなんでもなく、元気で健在だったし、平凡顔の一般人だった。



 初めて"勇者"という文字を見た時は胸が躍った。


 物心ついた頃から、周りからは「物憶えがいい」「聡い」などと言われ、前世の記憶が戻るその前からすでに、自分でも周りの同年代の子供より少しばかり秀でてる自覚はあった。


 自分のステータスに"勇者"などという文字を見てしまえば、もしかすると自分は物語の主人公のような、特別な存在なのかもしれない、と思ったのはいたって普通の事だと思う。

 "器用貧乏"というギフトには、前世の記憶からやや不安を感じたが、勇者を目指してみるのもいいかもしれないとその時は思った。



 しかし、すぐにその道を諦めようと思う事になる。



 田舎の子供は大人の手伝いで、町の外に薬草や野生の果実を採りに行く事が多い。その時、時折出くわす小さな魔物や小型の弱い獣を狩って、徐々に狩りを覚えていく。

 自分も他の子供達と同様に、そういう子供時代を過ごしていた。


 武器を持てばすぐにスキルがステータス画面に生えて来て、最初のうちはトントンとスキルが伸びた。周りの子供達よりサクサクと狩りをしていた。

 しかしある程度までスキルが上がると、急にスキルが上がりづらくなって、気づけば周りの子供達と大して変わらなくなっていた。


 そして極め付けは、魔法が使えない事だった。

 同世代の子供たちが次々と魔法のスキルを覚える中、俺だけはどうやっても魔法が使えなかった。


 ステータス画面を開けば、他のステータスよりMPや魔力は突出して高い数値が見える。なのに全くもって魔法が使えなかったのだ。


 正直落ち込んだ。


 前世の記憶の中で、魔法という物に憧れがあったのもあったから余計にだ。周りの子供たちが、低級ながら魔法を使えるようになっていくのを見ながら、羨ましさと同時に劣等感も覚えたりもした。


 十歳になる頃には、平均よりちょっと上程度。突出した者には劣る、程度に落ち着いてしまっていた。その上、魔法が使えない劣等感もあった。


 挫折と言うものを感じるには十分であった。


 そして何とも言えない挫折感を感じた俺は、"勇者"なんてどうでもよくなってしまった。



 それに拍車をかけたのが、いたって平和な世界。


 確かに魔物もいるがそれは自然のサイクルの範囲内のようにしか思えない。勇者といえば対として魔王がいるのかと思っていたが、そんな話は全く聞かない。魔族と呼ばれる亜人種達の国はあるが、特に侵略や戦争の話も聞かないしむしろ普通に交易がある。


 なんで"勇者"なんだろうな? "勇者って何なんだろうな?


 そんな疑問も芽生えたが、いつのまにかそれすらどうでもよくなっていた。

 俺がこの"勇者"という職業がどういった物なのかと知る事になるのは、冒険者となった後の話である。


 それでも、毎日のように町の外に出て、薬草や山菜を集め、出くわす獣や魔物をせっせと狩る事は続けていた。

 前世の記憶から生きていく上で、知識という物の必要性を理解していたので、大人達の手伝いの合間に町の教会に通い読み書きも覚えた。

 田舎の穏やかな日々の中、緩やかながらステータスもスキルも伸びるし、魔物や獣から取れる素材を町にある小さな商店で売れば、小遣いも貯まるのでいいかななどと思いつつ子供時代を過ごした。


 兄弟も多く、上には兄もいるのでいずれ家を出ることとなる身だったので、冒険者ギルドに登録できる十二歳になったのをきっかけに家を出る事にした。

 家族には表面上は心配もされたが、どちらか言うと貧しい田舎の大人数家族だったので、食い扶持が減るのもあって、強く引き留められることもなかった。


 早く冒険者になりたかったのには俺なりの理由もあった。勇者についてはすっかり興味を無くしていたが、その代わりに他の楽しみが出来ていたのだ。




 "エクスプローラー"


 探索や検索とその管理に特化したギフトだ。それは、形のある物も形の無い物全て含まれる。探し物や調べ物、それらの収集保存管理をまとめてこなせるという、なんとも便利でインチキ臭いギフトだ。


 その中の"収納"というスキルは、倉庫のような仮想空間に命のない物、というか意思のない物――生きているものだが、植物や微生物と言った類の物も含まれる――を納めておける、とてつもなく便利なスキルだ。

 収納できる量や内部の時間経過速度は使用者の魔力とスキルに依存する。なお、命の無い物と言っても、アンデッド系の魔物は生物扱いらしく、収納できなかった。


 このスキルを習得したばかりの頃は、あまり多くの量を収納出来ず、収納した物もリアルタイムとさほど変わらない程度の劣化速度だったが、スキルや魔力が上がるにつれ収納量も増え、劣化速度だけではなく内部の時間経過速度も任意で弄れるようになった。

 その為、このスキルが芽生えて使い方がわかって以来、ひたすら魔物を狩って鍛錬しながら、素材を集め続けていた。


 そしてこの"収納"のスキルで収納した物は"検索"のスキルで一覧化できるのだ。




「インベントリ・リスト」



 言葉と共に目の前に、びっしりと文字が詰まった半透明の画面が現れる。

 それは"ゲーム"のアイテム一覧の画面そのものだ。

 ずらりと並んだアイテム名とそのストック数に無意識に唇の端が上がるのがわかる。



 勇者がどうでもよくなった俺が、新たに目覚めた――いや、思い出した楽しみ。

 収納スキルが実用レベルになってから、コツコツと溜め込んだアイテム。冒険者となって各地を回り、時には前世の記憶を利用して、とにかく気分の赴くままに魔物を狩ったり、ダンジョンに入ったり、未開の地に足を運んだりして素材をひたすら集め続けた。



「あーーーーーーーーーーー! 最高! はーーーー素材アイテム溜めるのマジ最高ーーーーーー!」



 ああああああああ、癒されるううううううう!心が洗われるううううううううう!



 溜め込んだ素材の数を見て悦に浸る、まさに至福の時。

 ずらりと並んだ持ち物のリストと、そのストック数を眺めるだけで、心が洗われる気分だ。



 勇者を目指すことがどうでもよくなった俺が、日々家の手伝いでもくもくと薬草を集め、弱い魔物を狩りながら生活するうち見つけた楽しみ――いや、前世のゲームの記憶ともいうのかもしれない、それがひたすら素材を溜め込むという事だった。

 ガチ効率プレイより、マイペースに金策と生産を楽しむ方が好きだった自分には、"勇者"より"その他大勢"の方が性に合っているという事を自覚した時だった。



 王都の冒険者ギルドで、作業のように毎日同じような依頼をこなして、冒険者としての実力に限界を感じつつ金を貯めるのにも飽きて来た頃に、ちょうど田舎の中古物件の売り出しを見つけて、すぐに飛びついた。


 こうして念願のマイホームこと、マイ拠点を手に入れた俺は、己の収集欲を満たしつつ、集めた素材と自分のギフトとスキルを使って、自由気ままな生活の第一歩を踏み出した。


 

 器用貧乏というギフトも頂点を目指さなければ、何でも平均以上にこなせる便利なスキルである。平均よりちょっと上のBランク冒険者という立場も、社会的地位と収入面そして自由度においても悪くない。

 

 ああ、そうだ。せっかくある生産スキルとため込んだ素材を活かして、職人を目指すのも悪くない。

 ある程度の物なら自分で捕りにも行けるだろう。

 田舎の森の中の偏屈職人というのも悪くない。


 めざせ! スローライフ!


 町から離れたマイホームで一人、俺はこれからの人生計画を妄想して楽しむのであった。


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