倉田望海 2.0 (2021)

「クラゲいるだろうから、やめた方がいいよ」


泳ごうとするじゅんちゃんにそう言うと、


「ああ、そうだな」


と言って、恥ずかしそうに私のほうへ戻ってきた。


人がある程度いる、神奈川の海。

上半身裸なのにマスクはするおじさんがいたり、コロナ禍のビーチはすごく異様な光景が広がってる。


ゆうくんに連れて行ってもらった汚い海とは、真逆の景色だ。


昨日は大変だったな。公園に突然呼び出されて。


また、悪いことをしてしまった。


「望海、どうかした?」

「ううん、なんでもない。コロナなのにけっこう人いるなあって、見てただけ」

「ああ」


たしかにゆうくんの話は面白くて、重かった気持ちが少し軽くなったけど、また嘘を吐いた。


というか、厳密には言わなかったことがある。


私は2年前、セックスが大嫌いだった。好きな人だとしても、人が自分の体をペタペタ触るのは蛙みたいで気持ち悪いと思っていたし、それに性欲に支配されて表情がトロンとしてる男の人は、まるで殺人鬼みたいに思えた。


だから、ゆうくんの誘いを何度か断っている。


ゆうくんは何度か、私を乱暴に触ろうとしてくれたことがあるけど、それを私は遠回しに拒んだ。


でも私は昨日、それを言わず、ゆうくんの方からもっと触って欲しかった、なんて言って。


触ろうとしてくれてたのに、嘘を吐いた。


ゆうくんはそれに素直に頷いていて、忘れてるみたいだった。


また、ずるいことをしてしまった。


でも、不思議だった。


じゅんちゃんには、触られてもいいと思えた。


多分、自分のすべてをさらけ出せる、身近な相手だったからだ。


ゆうくんにはあこがれも交じって付き合っていて、だからキスをされたとき、どこか別の生き物の匂いと味がした。


じゅんちゃんの唇は私と同じ感触で、それはリップを塗るように自然な行為に思えた。


“初めて”も、じゅんちゃんに上げてよかった。それからは、セックスそのものに前向きになれた。


私は嘘を吐いたりごまかしたりするけど、じゅんちゃんとはうまくやっていける。


自分を平凡と自覚して、高望みをしないのは、翼が生えたように軽い。


私は大学のころ、いろいろと手に入れようとしすぎていたんだ。


「ビーチバレー、望海は本当にいいの?」


じゅんちゃんが言い、そのお友達数人が私を見る。


「うーん、やっぱりちょっとやってみようかな」


「おっ、いいね」


じゅんちゃん、これからもよろしく。


さようなら、ゆうくん。


さようなら、“嫌な私”。

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