福辺仁之助 独白

こいつらのことが、けっこううらやましい。


自分が打ち込めるものがあるっていうことが、まず才能だ。


なんにもないんだよな、そういうの。


子供の時はカードゲーム、野球、携帯ゲーム、テレビドラマ、友達との鬼ごっことかにハマってたし、


中高の時はバンド活動、バスケ、ファミレスでのバイト、恋愛、ゲームセンター、あとはせいぜいゲーム実況を見ることにハマってて、


大学の時は酒、女遊び、バーでのバイト、映画鑑賞、旅行にハマってて、


そのどれも、


そのどれも極めなくて、人並みに楽しんで、今はゼロになった。


どうしたらいいかわからなくて、全部真っ白になった。


こいつらはわかっているんだろうか。

自分たちがどんなに恵まれた環境にいて、その上で夢を追うだの追わないだのと話しているのは。


いや、俺だってもともとはそうだったんだ。

大きな夢こそなかったけど、日々の生活が刺激的で、自信満々に女を口説いたり、バスケ部のキャプテンとして偉そうに後輩に説教したり、俺は人生をうまくやっていくタイプの、中の上とか、上の下に居座っている奴だと思ってた。


実際、何をやっても努力せず人よりそつなくこなせた。リーダーにも何度も選ばれた。


なのになんで今、俺はここの誰よりも下なんだ。

いや、分かってる。


就活というものが、どれだけ大きなものか、わかってるんだ。

結局、受験はあくまで“社会に上手く出やすい”高学歴を狙う勝負だが、就活はその“社会に出る”本番の試験だ。日本には新卒というシステムがあって、そこにうまく乗れれば、そう、ある程度まともな企業に入れれば、その後の人生はある程度は安泰だ。


俺はそこ以外のすべてにおいて、人より勝っていた。


だから、そこだけ。でもそこが一番大事なんだ。


最悪だ。


そもそも、コッシーがある程度良い会社行くのは予想通りだった。

でも菅谷が一流企業に行くのは、あんまり予想していなかった。

菅谷は俺よりいつも下で、俺がヤり捨てた女にあいつは断られたりもしてた。


でも、多分違うんだな。あいつは違う景色を見てて、それが企業側の目線からは光ったんだろう。


俺は意外とそういう光る部分がなかったし、なにより一回運悪く内定取り消しされてから、もう心が折れてしまうくらい、それまでの人生が見た目とか小手先でうまくいきすぎてたんだ。忍耐をきちんと身に着ける、どうしようもない恥ずかしい経験とか、体力がないけど皆に必死に食らい付いていく部活とか、そういうのをある程度の器用さですっ飛ばしてしまってたんだ。


なんか俺は、今が恥ずかしいよ。これを糧にして進んでいければいいんだけど、世の中も俺に手助けしてくれるような余裕ある時期じゃないし、お先はけっこう真っ暗かな。




「まあ確かに菅谷はすごいけど、でもコッシーは、言うても化学業界でも大手のとこ行けたんだし、俺はそんな逃げたとか考えなくていいと思うけどね。お前はお前でよく頑張っての、そういう結果なんだろうし」と俺は水を飲みつつ言った。

「そうそう、コッシーもすごい」と田口がうなづく。

菅谷は「そうだな」と言った。


「てかなんか、」と菅谷が皆の様子を確認しつつ切り出した。

「今日ってそういう感じの、みんなの悩みというか、近況というか、人生観的な深いのを話し合う感じ?」


少しの沈黙の後、雨が降り始めた。


「ああ、洗濯物が」と俺は言って、早々と取り込んだ。


取り込みながら、俺は3人にも聞こえる少し大きめの声で言った。


「でも今日は、ほんと集まれてよかった。俺、もう実家戻るからさ」

「え」と3人が言う。


「いや、さすがに無職で家賃払い続けるのもやばいでしょ。だからいったん北海道に帰るんだよ」


「だから俺、呼んでくれたのか」と菅谷が言う。


「そう。いなくなる時に何もなく、もうしばらく会えなくなるなんて嫌じゃん。俺らけっこう大学の時はさ、つるんでたのに。まあ、コッシーのテスト用ノート見せてもらいつつダベッてただけだけど」


俺はなんだかんだ、イライラすることもあるけど、こいつらが好きだ。みんな趣味やこれからの人生のグレードは違うけど、人として自己中でどうしようもないというか、自分が一番好きみたいな部分はどこか似てて、だから一緒にいて気が楽だった。


「ありがとな」と菅谷は言った。

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