第39話 薬

 翌日、アスター達は病院に居た。いつも通り医師は順番に四人を診察する。最後にアマラの番になった。

「変わりはないかね?」

医師は笑顔で訊いたが、相変わらず心は閉じていて読めなかった。

「それが……先生。ちょっとおかしいんです」 

「ほう? どうしたね?」

「私、妊娠したかも知れません」

「何ッ!?」

一瞬、動揺した医師の心が揺らいだ。アマラはこの隙を見逃さなかった。すかさず医師の心を探る。

「生理も来ないし……」

「そ、そうか。では超音波で調べてみよう。あそこの台に横になって」

医師は努めて冷静さを装うと、アマラを診察台に寝かせる。上着を捲り、プローブを腹に当ててモニターを凝視した。

「ふむ……。どうやら妊娠はしていないようだよ」

医師は安堵の溜め息をついた。

「そうですか……」

「うむ。生理が来ないのはたまたまでしょう。では、引き続きちゃんと薬を飲むようにね」

「……分かりました」

そう頷くと、アマラは診察室を出た。

 

「どうだった?」

待合室で待っていたアスターが訊ねる。

「ええ。上手くいったわ。話は廊下で」

四人は待合室を出ると、廊下を歩きながらアマラの話を聞いた。

「先ず、あの薬は不妊薬よ。妊娠不可能にさせる薬よ。それと、この間病室で見た企業の重役の顔が見えたわ」

「アイツか……。何か関係あるのかな?」

「会ってみましょう」

 

 四人は再び例の精神病患者が収用されている病室のドアを開けた。男はやはりベッドに縛り付けられ、ぐったりしていた。

「すみません。あの……」

アマラが袋から薬を出す。

「この薬について、何か知りませんか?」

「こ、これは……!」

男は目を見開いて薬を見ると、乾いた喉の奥で呻いた。

「知ってるんですね?」

「これはうちの製薬会社で作った物だ……」

男は正気を取り戻して話し始めた。

「製薬会社?」

「そうだ。わが社は優秀な製薬会社だった。まともな会社だ。それが、あいつらのせいで……!」

「どういう事です?」

「ある時、政府から新薬開発の依頼があった。子供を望まない人々の為に、不妊薬を作ってくれとの事だった。これは避妊薬とは違う、生殖細胞を死滅させ、一生子供を出来なくさせるものだ。私は最初反対した。この薬を投薬し続けた人は一生生殖能力を失うのだからね。政府は、これ以上の人口の爆発を防ぐ為、あくまでも本人の意思で生殖を望まない人用の薬だと説明した。結局、薬は開発される事となった――」

男はここまで一気に話すと、大きく頭を振った。

「だが、私は知ってしまったのだ。この薬の真の目的を。これは異能者とおぼしき目星を付けられた者に、偽りの理由を付けて配られる。風邪薬とか胃薬とかいった具合に。異能者の子供はやはり異能者になる確率が高い。政府は異能者の抹殺を企てているのだ。私は悩んだ……。これでは昔あったジェノサイドと一緒だ。わが社がそれに加担することになる……。私は会社を守るため、政府にこの計画を取り止めてくれる様進言した。だが奴等は聞く耳を持たなかった。そして――私を拘束して麻薬漬けにし、この病院へ放り込んだのさ。私はもうダメだ。君らに頼みがある。この薬が処方されたからには、君らは異能者なのだろう? 工場に薬の設計図のデータが保管されているから、それを破棄してくれないか? あの薬に使われている新しい成分は実験中の、言わば偶然のアクシデントによって出来た様な物だ。設計図を破棄してしまえば、再び造り出せる可能性は低い……」

「工場の何処に保管されているんです?」

「第二保管室だ。データチップに納められている」

男は工場の場所を伝えると、再びグッタリと頭を枕に沈めた。

 

 病院の近くの公園の噴水の前で、アスター達は今後について話し合った。

「さっきの男の話……」

ブランカがアスターの顔を窺う。

「うん。政府が俺達異能者をこの世界から消そうとしているんだ。このままあの薬の生産を認める訳にはいかない」

「でもどうやるの?」

リタがしゃがみこむ。 アスターは異能者の母の言った言葉を思い出していた。


――誰にも言ってはだめよ。でないと――


政府の異能者嫌いは度を越している。確かにクーデターという暴力的な行為に出た異能者にも問題はあっただろうが、そもそも異能者達はより地球人がより幸せな暮らしをしていけるように訴えただけなのだ。そうしなければ、司祭の言った様に地球は滅亡する――


 アスターはどうすべきなのか考え込んでいた。再びクーデターを起こしたって、いや、そもそも四人ではクーデターを起こすのは不可能である。万が一クーデターを起こしても、また同じ結果になることは分かりきっていた。

「どうしたら良いんだろう?」

アスターは独り呟いた。もちろんこのまま地球の破壊を見てみぬふりして、異能力を隠し、ひっそりと生きていく事だって可能である。でも――


 アスターは自分が異能者に生まれた訳を考えた。明らかに原始惑星タラゴンに適応して生き抜くためだ。そうなら、やはり地球人も遥か昔は多くが異能力を持っていたのに違いない。そして、より洗練された文明が発達するに従って、異能力を失っていったのだ。やがて異能力を失った者達は、異能者を迫害し始めた――そうに違いない。


 この亀裂は修復出来るのだろうか? 現時点では不可能に思えた。異能者は月の声を聞き、地球の未来を見る事が出来るが、普通人は目先の利益しか見ていない。その結果地球が滅亡するとしても、普通人はその行動を改めはしない。


 どうにも出来ないもどかしさと、やるせなさがアスターを襲った。これが映画なら、再び地球人の異能者を探しだして政府と戦うのだが、どう考えてもそれは現実的ではなかった。やはり、工場をやるしかない。アスターはしばらく考えると口を開いた。

「……爆破するんだ。データチップもろともな」

 

 アスターの心には異能者としての自覚が芽生え始めていた。地球人だっていずれは月の声を受け入れて異能者へと変化していくのかも知れない。そして、今までよりもっと自然な形の文明を築ける日が来るのかも知れない。その日を迎えることを可能にするためには、薬の生産を阻止しなければならない――今の俺達に出来る事をしなければ。

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