第31話 光と陰

「ゲームセンターはどうだった?」

マンションへ帰ってきたアスターとリタにミゲルが話しかけた。

「うん。楽しかったよ。でも……」

「どうした?」

「帰りにホームレスに会ったんだ。地球の文明社会っていうのは、不幸も沢山あるんだね」

「そうだな。光と影の歴史だな」

「でも、どうしてだろう?」

「人間というのは欲深いのさ。自分の欲望を満たす為なら何だってやる。それが基本的な生存欲に留まっているだけなら、それ程問題じゃないさ。だが、人より良い暮らしがしたい、その為に沢山金を稼ぎたい、その為にはいい仕事に就いて人より出世したい、他人が自分より良い物を持っていたら、自分だって欲しい……キリが無いさ。その結果、他人を顧みなくなるんだ」

「俺には分からないよ。タラゴンでは皆で助け合って生きて来たじゃないか。何故地球人はそれが出来ないんだろう?」

「大昔には地球人だってそうしてきたさ。狩りをして、農業を営んでいた頃はな。助け合わなきゃ生きていけなかったからだ。だが、お前たち異能力者と違って地球人は大した力を持っていない。だから力不足を補う為に、文明を発達させる必要があったのさ。文明が発達して豊かになり、人が自分だけの事しか考えられなくなってから、不幸が始まったんだ」


 アスターは考え込んだ。地球人が文明を発達させるために我武者羅がむしゃらなのは異能力を持っていないからか。それが地球の歴史を作ってきた。力を持たぬ者達の悲しい歴史を。


 自室に入ったアスターは、サイコキネシスで亀のぬいぐるみを宙に浮かせて部屋の中をぐるぐると移動させた。この力。タラゴンでは十分に発揮できた。何故地球ではそれをしてはいけないのか? この力があれば、色んな事が可能になるではないか?


 人類が文明を発達させながら進化してきたなら、異能者だって新しい進化の可能性を内包しているのではないか? だがここでは大っぴらに力を発揮することは慎まねばならない。それが中央政府との約束だからだ。

「つまらないな」

アスターは溜息をついた。能力を制限しながら生きるとは窮屈な事である。俺だけじゃない、リタだって、ブランカだって、アマラだって――きっと我慢しているのに違いない。

 

 アスターは何時もの様に窓から月を眺めてみた。曇った夜空に半月がおぼろに浮かんでいる。タラゴンではアマラ達に月が語りかけていたのだっけ。もしかしたら地球の月だって、何か言っているのかも知れない。そう思い出すと、アスターは静かに月の声に耳を澄ませてみた。月の波動は弱いが何かを訴えている気がした。異能力と月とは一体どんな関係なのだろう? アスターはベッドの上へ仰向けに寝転がると、アマラに電話してみようか、と携帯のアドレス帳を開いた。ふと、サライ博士の連絡先が目についた。そうだった。惑星とか、月とかの事なら博士に聞いてみれば良いんじゃないか? 科学者なのだし。アスターはサライに電話をかけてみる事にした。

 

「……もしもし?」

数回のコールの後、サライはすぐに電話に出た。

「ああ、博士。アスターです」

「久しぶりね。元気にやっているのかしら? 学生生活は楽しんでる?」

「ええ、まあ。それより、聞きたい事があるんです」

「……何かしら?」

「タラゴンの月が影響して、俺達は異能者になったっていう事でしたよね? 月と異能力の関係について、もっと詳しく知りたいんです。何かご存知ありませんか?」

「そうねえ、そういう事なら、私の学生時代の知り合いに聞くと良いわ。当時から異能力についての研究をしていた男よ。アルバートと言うわ。異能力研究所に所属しているの。後で彼のアドレスを送るわ」

「俺、その研究所を訪ねてみたいんですけど。ブランカ達と一緒に」

「分かったわ。私から向こうに連絡しておくわ。しばらく待って頂戴」

「有り難うございます。よろしくお願いします」


 翌日。男子の体育の授業はバスケットボールだった。女子は隣のコートでバレーボールである。アスターにボールがパスされる。もちろん、アスターは今までバスケットボールなどやったことが無い。アスターは密かに異能力を使った。サイコキネシスでロングシュートを決めたのだ。

「ヒュー」

歓声が上がった。

「素敵よ、アスター!」

休憩中の女子達からも黄色い声援が飛ぶ。ブランカだって負けてはいない。ボールをパスする時に空圧派を送って、強く正確なパスを決めた。


「お前ら凄いな」

休憩している二人にカイが話しかけてきた。

「うん……まあね」

ブランカがお茶を濁す。

「これで女子の人気も確実だな。知ってるか? ナナミの奴はアスターに気があるんだぜ」

カイはそう言うとニヤリと笑った。

「そうなのか?」

ブランカが素っ頓狂な声を上げる。そうか、ナナミが……。だが、アスターはアマラの物なのになあ。ブランカは内心複雑な気持ちだった。

 

「駄目だぜ。俺はアマラの物だからな」

アスターは冷静な声で告げた。そうとも、タラゴンにいた時から、アスターはアマラと、ブランカはリタと、既にカップルの組み合わせは決まっているのだ。それに、異能力者は異能力者との方が何かと良いに決まっている。

「お前ら、そういう関係か?」

カイが訊ねた。

「そうさ。タラゴ……いや、ニルバに居た時からな。ほら、次の事業始まるぜ」

アスターはそう言うと体育館を後にした。

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