地球

第27話 門出


 地球へ着いたアスター達は政府高官のラムサに会った。ラムサは高級スーツに身を包んだ小太りの男だった。

「先ずはお疲れ様と言わせてもらうよ。二十二年経ったとはいえ、よく戻ってきてくれた。子供達も地球へようこそ。船長とタイガさんには宇宙船の操縦士を育成する訓練施設で教官の職を用意させてもらった。サライ博士は元居た研究機関へ戻ってもらう。ドクターには、開業の為の資金を提供するから、医者をやったら良い」

人の良さそうな笑顔でラムサは説明した。

「そうですか。有り難うございます。それで子供達は?」

ミゲルが訊ねる。

「うん。学校に通ってもらう。アスター君は十八だが、今まで地球の教育を受けたことが無いのだし、下の子達と同じ様にハイスクールの一年生からやってもらうよ。それから、地球では異能力を使わない事。一般的な地球人とは体質が異なると考えられる為、定期的にこちらで指定した病院へ通って医師の診断を受ける事。それと、タラゴンの事は極秘事項になっている。子供達はスペースコロニー、ニルバ産まれと言う事にしてあるからそのつもりで。それだけだね」

ラムサはそう言ってニコニコ笑った。

 

 地球での新たな一日が始まった。ミゲル一家とタイガ一家は同じマンションの隣室で暮らす事となった。今日はハイスクール生活第一日目である。

「お早う、父さん」

アスターは着なれない紺色の制服を着てダイニングルームへやって来た。

「お早う。なんだ、ちゃんと学生に見えるぞ」

ミゲルはトーストをかじりながら振り向いて言った。

「学校って、どういう事をするの?」

「色んな事を勉強するのさ。行けば分かるよ」

「お早う~」

リタが起きて来た。

「よし、二人とも朝飯を食え」

二人はトーストにジャムを塗るとパクついた。ブルーベリージャムの甘酸っぱい風味が口に広がる。

「何だい? これ?」

「ブルーベリージャムさ。ブルーベリーという木の実を煮詰めた物だよ」

「何か変な味だわ」

リタが舌を出す。

「地球では一般的な食べ物さ。さて、俺はそろそろ仕事に行く。学校への行き方は教えたから分かるよな?」

「うん。電子地図で確認したよ。スクールバスっていうのに乗って行けば良いんだろう?」

「そうだ。家のすぐ近くのバス停から乗れば良いからな。じゃあ、行ってくるよ。ハルカ、後を頼む」

「行ってらっしゃい」

ハルカがミゲルの制服のネクタイを直すと、ミゲルは足早に部屋を出て行った。

 

 アスターとリタには分からない事だらけだった。大体、この高層マンションという、信じられない位多くの世帯が暮らす建築物自体が驚きだった。窓から外を見れば、向かいにも隣にも高層マンションが建ち並んで、まるでコンクリートで出来た迷宮の様であった。リタは向かいのマンションを透視して見た。異能力を使うなとは言われたが、透視したところで黙っていればばれないであろう。マンションには無数の家族が、朝の支度に追われていた。

「何だか私、こんな所でやっていける気がしないわ」

リタが溜め息をつく。

「そうだな。ヴァーチャルルームで見た時よりも、何て言うかこう……」

「圧迫感?」

「そう。それだ。まあ、取り敢えず学校とやらに行ってみるさ。行くぞ、リタ」

 

 二人はバス停へ向かった。バス停には既に数人の学生に混じってブランカとアマラが来ていた。

「お早う、リタ、アスター」

アマラが手を降る。

「お早う。いよいよ学校ね」

「ええ、ちょっと怖いけど、楽しみだわ。どんな所かしら?」

バスが到着し、四人はバスへ乗り込んだ。

「見ない顔だな。新入りか?」

焦げ茶色の髪をした、ヤンチャそうな少年が声をかけてきた。

「うん。僕らはスペースコロニー、ニルバに居たんだ。親の仕事の都合でここへ越してきたのさ。僕はブランカ。こっちの背の高いのはアスターで……」

「私達はリタとアマラよ」

リタは手を差し出した。少年は握手はせずに、

「ふん、そうか。俺はカイだ。よろしくな。ところで学年とクラスは?」

と聞いた。

「俺達は皆一年生だ。クラスはDクラスだよ」

アスターが答える。

「なら、俺と一緒だな。まあ、よろしくやろうぜ」

カイはニヤリと笑った。

 

 アスターはバスの中から街を眺めた。何処までも続く高層建築物の群れ、建築物の合間を縫って走るハイウェイチューブ、車でごった返した道路……。ヴァーチャルルームで見た都市の姿そのままだ。空はブルーグレーに濁り、淀んだ空気が視界を歪めていた。これが地球……これが文明社会……タラゴンと何という違いだろうか? 目に飛び込んでくる文明のきらびやかさは確かに胸を揺さぶるが、同時に息が詰まるとも思った。そもそも漂っている空気が違う。タラゴンの空気は胸のすくようなカラリと乾燥した軽々としたものだったが、ここの空気はどんよりと重く曇っていた。こんな狭苦しい所では思い切りインパラを吹き飛ばす事も出来ない。こんな所で本当にやっていけるのだろうか? アスターの胸に不安がよぎった。

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