第18話 畑作り

 翌日、ミゲルとタイガは草原に生えている木を探しに行った。太めの木と細めの木を見つけると、レーザー銃で二本切り倒した。太めの木を根本の部分を輪切りにしてから上部を二つに割り、ナイフで表面を綺麗に整えて釣瓶の支柱を作る。細めの木は長さを整えてからそのまま釣瓶の横木にすることにした。横木の両端に支柱をめ込む穴を開ける。先程輪切りにした物をナイフで削り円盤状にした。側面に溝を掘って、真ん中にロープを通す穴を開けて滑車を作る。この作業に二日かかった。

 

 翌日は釣瓶を組み立てた。井戸の両脇に支柱を埋め、横木を嵌め込む。横木にロープで滑車を取り付けた。バケツにロープを結び付けて滑車に通せば完成だった。

「出来ましたね」

タイガが釣瓶を軽く叩く。我ながらしっかりとした良い出来である。

「うん。お披露目だ。皆を呼ぼう」

ミゲルは無線機で皆を呼んだ。皆がわらわらと井戸の周りに集まる。

「凄いわ! とうとう井戸の完成ね!」

アリッサが叫んだ。井戸掘りだけでなく、釣瓶まで作り上げるとは大したものである。アリッサはタイガへの評価を少し改める事にした。

「これで水の心配は無くなりましたね」

ニライが井戸を覗き込む。暗い井戸の底になみなみと静かに水がたたえられていた。

「どれ、汲み上げてみますか」

マムルがバケツを底に落として水を汲み上げる。重いバケツを上げるのは大変かと思われたが、滑車が付いているため、比較的容易に持ち上げられた。

「水質はどうかしら?」

サライが水を試薬キットで調べる。水質は良好だった。

「これなら飲んでも問題ないわ」

「じゃあ、次は畑ですね」

ハルカが期待のこもった声をあげた。食料管理士であるハルカにとっては、皆へ食料を供給するための畑の耕作こそが一番の関心事項である。

「明日から畑を作ろう。井戸の近くが良いだろうな」

ミゲルは周囲を見渡して言った。


 翌朝から畑作りが始まった。皆で小石を取り除く作業から始めた。辺り一面に散らばっている小石を拾うのは中々手間のかかる作業だった。だが良く取り除いておかなくては野菜の生育に悪影響が出る。小石を取り除いたら、ミゲルとタイガがスコップで地面を耕して土を柔らかくする作業に入った。炎天下での作業は思いの外キツかった。

「昔の農夫ってのは凄かったんですね」

タイガがタオルで汗を拭いながら呟く。

「そうだな。機械が無ければ重労働だからな」

ミゲルはスコップを地面に刺すと、足掛けに片足を乗せ、取っ手に腕を乗せて休憩した。タイガの言う通り、腕と肩と腰が悲鳴を上げていた。だが、安定した食料の確保の為には畑を完成させる必要がある。ポラリス号の植物プラントだけでは心許ない。ミゲルは再び畑を耕した。二人は土地を耕す作業に五日費やした。

 

「次は肥料だな。木草灰もくそうばいを使おう」

ミゲルは皆に指示を出して、草原の草を刈らせた。集められた草を一週間天日干しし、燃やして灰を作る。

「これを撒くんだ」

全員で畑に灰を撒いた。撒いた側からミゲルとタイガが土を混ぜ合わせてゆく。木草灰はリン酸とカリウムを含んでいるため、花や果実の生育を促し、根や球根を太らせる働きがあった。土がアルカリ性になると、微生物の活動が活発になり、病原菌も寄り付きにくくなる。さらに、灰の臭いや粉は、害虫予防にも効果的だ。


「土作りは取り敢えずこれで良いだろう。うねを作るぞ」

ミゲルとタイガは畑に畝を作っていった。二日かけて畝を作り上げたら、いよいよ種蒔きである。植物プラントに保管してあった野菜の種や切り分けたジャガイモを皆で植えていった。

「ねえ、これも植えて良いかしら?」

サライが植物の種を見せた。

「これ……」

ハルカは種に見覚えがあった。アネモネだ。

「ええ。ヤナーギクの部屋から持ってきたのよ。彼の事を忘れないために植えたいのよ」

「良いんじゃないですか? 博士が植えてくれればきっとヤナーギクも喜ぶわ」

 

 重労働の甲斐あって、遂に畑が完成した。皆は出来たばかりの畑を満足そうに眺める。文字通り汗の結晶である。なかなか壮観な眺めだ。

「これで、食料も何とかなりますね。でも、水やりにじょうろみたいなものが必要ですけど、どうします?」

ハルカがミゲルに訊ねた。

「倉庫のポリ容器に穴を開けて使うさ。二つ作るから、水やりは二人一組で当番制にしよう」

「ポラリス号の植物プラントはどうしますか?」

「もちろんそっちも続けてくれ」

「分かりました。それにしても、上手く育つと良いですね」

「そうだな。きっと上手くいくさ」

 

 ミゲルは改めて畑を見渡した。やり遂げた達成感で胸が一杯だった。厳しい作業だったがそれだけの価値はある。横目でタイガを見ると、タイガもスッキリした顔をしていた。黙々と汗を流して何かを造り上げるというのは充実感をもたらすのだ。

「どうだ、タイガ。やり甲斐あったろう?」

「ええ」

答えながらタイガは額の汗を拭った。拭けども滝のように汗は流れてくる。

「悩みは消えたか?」

「えっ。どうしてそんな事を?」

「うん。惑星報告のミッションが立ち消えそうなのが不満なんだろう?」

「……はい。まあ」

「俺達がタラゴンへ向かった事は地球の連中だって知っているんだから、いずれ誰かが来るさ。それまでの辛抱だ。それにな、どうせ長いことここでやっていかなきゃならんのなら、楽しんだ方が勝ちだぞ」

「船長の言う通りよ。タラゴンは良い星だわ。今時地球だってこんなに自然に恵まれた環境は残っていないわよ。有り難く楽しむのよ」

アリッサはそう言ってタイガの背中を叩いた。


 タイガは畑を見やると大きく溜め息をついた。確かに二人の言う通りだ。どう足掻いても、自力でここを脱出する事は不可能なのだ。それは認めるしかない。運が良ければ二年半後かそれ以降に地球から迎えが来るだろう。遅くはなるが、報告はその時に出来る。それまで生きる事だ。タラゴンの環境に不満がある訳ではない。あの月の事だけが気掛かりだが、タイガだってこの大自然は素晴らしいと思う。船長の言う通り、しばらく恵まれたこの自然を楽しむことにしようか。それしか道が無いのなら――タイガは空を見上げた。タラゴンの空は相変わらず広くて青い。地球で見てきたどの空よりも。

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