第16話 井戸掘り

 翌日、ミゲルとタイガは残りの岩の塊をすっかりブロックに切り出した。ブロックをバギーに乗せて船まで運ぶ。二人は延々二十往復して、船の翼の下へブロックを積み上げた。この日はそれだけで一日が終わった。

「よし、ブロックは確保出来たな。明日から井戸掘りだ」

「肉体労働続きですね」

「仕方ないさ。まあ、俺は結構こういうのも好きだがな」

「俺も、体を動かすのは嫌いじゃないです」

「そうか。明日に備えて早く寝よう」

その日は二人とも早々に眠りについた。


 翌朝、ミゲルは倉庫からスコップを探し出した。いよいよ井戸を掘るのである。

「掘った土を運び出す物が必要だな」

船長室へ入ると、毛布を取って、短い方の角と角を結ぶ。それぞれ結んだ角を一つにまとめて、ロープでキツく縛った。簡易的なモッコを作ったのである。

「これに土を入れて運び出せば良いな」

 

 ミゲルはタイガに声をかけると外へ出た。翼の下へ行き、プリントを見る。

「この辺りだな」

ミゲルは見当をつけると地面にスコップで丸を書いた。

「タイガ、この丸の内側を掘ろう」

「了解です。じゃあ、始めましょうか」

二人はスコップで穴を掘り始めた。土は乾燥していて軽く、掘りやすい。空から灼熱の太陽が照りつけていたが、翼が屋根がわりになって日陰を作っていた。ムサシがやって来て、じっと二人の様子を眺めている。二人は一心不乱に掘った。

 

 四時間程掘って、深さ一メートルの穴が出来た。

「よし、休憩しよう。次から俺が穴に入って掘るから、タイガは毛布に入れた土を釣り上げてくれ」

二人は地面に座り込んで、空を見上げた。相変わらず青い空には筋状の雲が走っている。平原の赤土と緑色の草原とのコントラストが美しかった。

「地球もかつてはこんな感じだったんでしょうね」

タイガは脚を伸ばすと、遥か遠方を見つめながら言った。

「文明が栄える前はな。今でもアフリカなど大自然が残っている場所もあるが、大分減ったからな」

「コーヒーはいかがですか?」

マムルがトレイにカップを乗せてやって来た。

「ああ、ドクター。有り難う」

「進んでますね」

「まだちょっとだよ。五メートルは掘らないとな」

「そんなに掘るんですか?」

「井戸としては普通さ」

「まあ、二人とも体を壊さないようにやって下さいよ」

「有り難う、ドクター。何、体を鍛える意味でも丁度良いさ」

「ホホ。なら良いですがね。じゃ、私は失礼しますよ」

そう笑うとマムルは船へ帰って行った。

 

「さて、もう一掘りする前に、穴の壁面に石のブロックを埋め込むぞ。俺が穴に入って埋め込むから、タイガはブロックを渡してくれ。それと、格納庫から梯子を持ってきてくれるか?」

タイガが梯子をを持ってくると、ミゲルは穴の壁に立て掛けた。ミゲルはタイガからブロックを受け取ると、上から順に穴の壁面に埋め込んでいった。

 

 一日かかって、ミゲルは穴の壁面を石で埋めた。互い違いに丁寧に嵌め込まれた石が美しい壁面を形造っている。こういった作業は慎重にしっかりとやっていく必要がある。途中で崩れでもしたら、修復するのは大変だからだ。

「思っていたより時間がかかるな。今日はここまでだ」

「明日は俺が穴を掘りますよ」

「そうだな。一日交代でやろう」

 

 その日の夜、ベッドへ入ったミゲルは大きく伸びをしてみた。身体の節々が強張こわばって痛かった。

「まさか宇宙探査に出て、土片仕事をすることになるとは思わなかったな」

元々丈夫な方だが、慣れない肉体労働で身体がきしんでいた。だがまだ始まったばかりである。今から弱音を吐くわけにはいかない。これが後どのくらい続くのだろうか? 

「まあ、地道にやるしかないな」

ミゲルは布団にくるまると、すぐに眠りに落ちていった。

 

 明くる日も朝から二人は穴を掘っていた。土は柔らかい堆積土から粘土層に変わっていた。湿り気を帯びた重い粘土を掘る作業は骨が折れた。タイガはは少しずつ粘土を掘ると毛布に入れた。余り入れると重くなりすぎるため、半分ほど粘土を入れた所でミゲルが引き上げる。一日掘って、穴は二メートルの深さになった。

 

「井戸堀りってのは、中々大変ですね」

「そうだな。大昔の人類ってのは世界中何処でも、この大変な作業をして井戸を掘った。頭が下がるな」

「水道設備を張り巡らす技術だって、大変なものだと思いますがね」

「そうだな。いつの世も水の確保は大変だ。だがそれだけ重要な事でもある」

「そうですね」

 

 こんな具合に井戸は掘り進められ、一週間後とうとう水の層に到達した。今までも重労働だったが、ここからは水との格闘と言って良かった。泥岩の土は掘りにくく、水に浸かりながら行うため、作業は困難を極めた。冷たい地下水が体温を奪うため、少し掘っては交代し、また掘るという作業を繰り返した。

 

 さらに一週間を費やして、とうとう井戸が掘り上がった。最後に井戸の周囲を石積で囲う。接着剤には掘り起こした粘土を使った。

「とうとう完成しましたね!」

「いや、まだだ。水を汲み上げるための釣瓶つるべが要る」

「作るんですね」

「そうするしかないだろう? まあ、明日は一日休息しよう」


 二人はずぶ濡れのまま船へ引き上げた。

「お疲れ様です。今日もずぶ濡れですね。コーヒー入ってますよ」

ハルカがねぎらいの声をかける。

「有り難う、ハルカ。だが井戸掘りは今日でおしまいだ。後は釣瓶を作れば完成だよ」

ミゲルはコーヒーを飲んで一息ついた。

「じゃあ、明日から釣瓶を作るんですね?」

「いや、明日は俺達は休ませてもらう。流石に重労働が続いたからな」

タイガは一気にコーヒーを飲み干すと言った。地球で会社勤めでもしていれば休日はあらかじめ決められているが、ここでは自分達で体調を診ながら休息を取る必要がある。

「そうですね。その方が良いかも」

「うん。さて、それじゃ食事の前にシャワーだな。タイガ、先に使え」

「有り難うございます。そうさせてもらいます」

「アリッサ。もう海賊騒ぎも無いだろうから、SOS信号を発信し続けてくれ」

「でもここからじゃ地球まで届きませんよ」

「まあ、何かの間違いで誰かが近くの空域まで来ることもあるかも知れん。念のためだ」

「分かりました」

 

 それからポラリス号は、SOSを発信し続けた。

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