第12話 佐城さん

 休日の午後。薫が佐城さんを連れて家にやって来た。

「おじゃまします」

 居間のソファで漫画を読みながらごろごろしているところを見られ、内心カテキョーをクビにされるのではと焦りながらも「いらっしゃい」と姿勢を正して返事をすると、彼女はにこりと品のある笑みを浮かべて、薫の後をついて二階へと上がっていった。

 台所にいる母さんに訊くと、薫たちは来週から始まる中間テストの勉強会をやるらしい。

 再びソファに寝転んで漫画の続きでも読もうかと思ったが、集中できない。先に確認しておこうかと思い、俺は携帯でコネクト・ミーを開いた。


 現在の俺:未来の俺に訊きたいんだが、佐城さんって覚えてる? 学生のときにカテキョーした、薫の友達なんだけど

 未来の俺:……ああ、覚えてる。お淑やかで薫とは正反対の女の子だろ。

 現在の俺:いえす! 俺ってクビにならないよな?

 未来の俺:突然なに? クビってカテキョー? 何かやらかしたの?

 現在の俺:その反応――よかった、クビにはならないみたいだな。よかった、よかった

 未来の俺:で、何の話。カテキョーのバイトでそんなにヤバいことをやらかした記憶はないんだけど

 現在の俺:いや、ちょっと家での堕落した俺を見られてしまって……。それでクビになっちゃったりしないかなと。心配になって訊いてみた

 未来の俺:大丈夫。俺たちはいつも堕落している

 過去の俺:俺も含めないでもらえるかな

 未来の俺:遠からずそうなるから覚悟しておけ

 現在の俺:そうだ、そうだ

 過去の俺:……(ノーコメントで)


 その後自室に戻って世界を救っていると、ドアをノックする音がした。

「兄貴ー、入るよ」

 俺の返事も待たずに薫はドアを開けて部屋に入ってきた。

「またゲームしてるの?」

「俺には果たさなければならない使命がある。悪の手からこの世界を守るという使命がな」

 ここ数か月、俺は王道RPGモノにハマっていた。

「どんなゲームをされているのですか?」

 薫の後ろから佐城さんが顔を覗かせる。

 しまった! 彼女もいるんだった……。

「い、いや、脳トレのゲームだよ。地頭を鍛えようと思ってね」

「すごい! 勉強を習慣化されているのですね」

「ま、まあね」

 薫のジト目は見なかったことにする。

「ところで薫、何か俺に用があったんじゃないのか」

 これ以上話していたらボロが出そうだ。さっさと部屋から出て行ってもらわなければ。

「そうそう、ノート使い切っちゃって、兄貴新しいノート持ってる? あったらほしいんだけど」

「ちょっと待ってろ」

 俺はデスクの引き出しを開けてノートの在庫があることを確認する。

「一冊でいいか?」

 頷く薫にノートを渡す。

「サンキュー」

 ドア付近に立っている佐城さんに目をやると、俺が先ほどちゃぶ台の上に裏向きで置いた携帯ゲーム機を食い入るように見つめている。

「佐城さん、どうかした?」

 今にもゲーム機に飛びかからんとする猫のごとき気配を発していたので、声を掛けた。脳トレではなく格ゲーだとバレたら、それこそ嘘をつくような人に家庭教師は任せられませんという話になってしまうかもしれない。

「いえ、お兄さんのされている脳トレのゲームというのがどのようなものなのか気になりまして……お兄さん! よろしければ私にも少しやらせていただけませんか?」

 おいおい、マジかよ。厄介なことになってきたじゃねえか。

 薫がニタニタの意地の悪い笑みをこちらに向けてくる。

 まあ、確かに自業自得であることは認めるが――どうやってこの場を切り抜けようか。

「……佐城さんは、普段からゲームする人?」

 佐城さんは首を横に振る。

「親の教育方針で、ゲームはあまりやったことがありません」

 ……佐城さんには悪いけど、ここは騙しきるしかない。

「だったら、このゲームをやらせるわけにはいかないな」

 ちゃぶ台の上のゲーム機を手に取って、俺は大袈裟に首を横に振った。

「この脳トレのゲームは、普段からゲームをしている人にこそ効果があるものなんだ。だから、ゲームをほとんどしない佐城さんがやっても意味がない。それに、脳トレゲームなんかに頼らなくても佐城さんは十分に成績優秀だから自信をもって」

 佐城さんは刹那気落ちした表情を浮かべたが、「そうなのですね、分かりました」と言って頭を下げると、薫とともに部屋を出ていった。

 喉の奥に、魚の小骨が引っ掛かったような感覚が残っていた。

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