第6話 セムトおじさんの話

「ほらテムス、早く起きて。馬たちが待っているよ」


 布団を片付けながら、隣で寝ている弟に声をかける。


「ふああ、ソル姉ちゃんおはよう」


「おはよう。すぐに行くよ」


 馬小屋には、鹿毛かげのオス一頭と栗毛のメス二頭が繋がれている。そのうち鹿毛の馬はユティ姉と一緒にやってきた。

 馬の世話は、その家に子供がいる場合は子供の仕事だ。上の子が下の子に教えてやり、下の子はさらにその下の子に教えることで、子供たちは馬の扱いに慣れていく。私はジュト兄から教えてもらい、今は私がテムスに教えている。テムスは、そのうち生まれてくるはずのジュト兄とユティ姉の子供に教えることになると思う。まあ、しばらく先のことになると思うけどね。


「テムス。掃除のやり方覚えた?」


「危ないから馬を外に出してからでしょう」


「そうそう、じゃあやってみようか」


 弟のテムスは今年8才になった。この世界の8才と言えば家の手伝いをするのは当たり前で、その中で生活するすべを身に付けていくことになる。私もテムスの年の頃から当たり前のように手伝いをしているから、今では大抵のことはこなせる……と思う。


「ソル姉ちゃん終わったよ」


「それじゃあ、馬を戻して母さんのところに行こう」


 台所では、ミサフィ母さんとユティ姉が朝食の支度をしていた。


「ソル、テムス、ご苦労様。うちの子はおとなしくしていた?」


「セト(鹿毛の馬の名前)? うん、いい子にしてたよ」


「よかった。これからもお願いするわね」


「僕もうまくできるようになってるから。任せて!」


 まだ馬の世話はテムス一人では危なっかしいけど、乗馬の腕前は上がってきてるし。将来が楽しみだよ。


「さあさあ、準備できたよ。ソルは朝食を運んで、テムスは父さんたちを呼んできておくれ」


 テラでは、食事は家族全員が集まって食べることになっている。居間の絨毯の上に料理を並べ、みんなで囲んで食べるのだ。今日の朝のメニューはいつものパンと羊肉の入った野菜の炒め物とスープ。飲み物はお茶かカルミルのうち、それぞれが好きなものを飲む。

 食べ物の味は全体的に控え目、この村では塩や砂糖が採れないので仕方がない。

 ちなみにこのあたりの塩といえば岩塩で、この村の人は隊商が交易で持ち帰った物を、それぞれの家で作った毛織物や穀物、家畜類と交換して手に入れている。私の家では診察で他の村や町に行くこともあるので、そのときに手に入れることもある。

 そして砂糖は特に貴重品で、薬として使う分はあるけど、甘味料として使うことはあまりない。それこそ特別な時、結婚式の披露宴の時くらいしか使わないかもしれない。


「そうだ、ソル。止血剤が少なくなってきたんだけど頼めるかい」


 食事の時、ジュト兄から頼まれた。今の私の仕事は薬草の栽培と採集、そして薬の調合だ。そしてこの仕事は、結婚したらこの家を出ていくことになる私に代わって、今後はユティ姉が引き継ぐことになっている。


「畑のがいい感じに育っていたから、このあと行ってくる。ジュト兄、ユティ姉にも場所を教えたいから連れて行ってもいい?」


 薬草は山で採るだけでなく、一部は畑を作って栽培している。薬草畑の場所を、この家に来たばかりのユティ姉にも早速教えるいい機会だろう。


「構わないよ、ねえ父さん」


「ああ、ソルもユティも頼んだよ」


 食事が終わったらユティ姉とお出かけだ。私がいつ結婚できるかわからないけど、その前にも色々とやりたいことがあるから、ユティ姉にはできるだけ早く薬の仕事を覚えてもらいたい。




 朝食後、すぐにユティ姉と薬草畑へと向かう。薬草畑はカインの東にある山脈の入り口付近に作られている。そこは村の北側を流れるシリル川の上流にあたり、ほとんど人がいかないところだ。

 いつもは馬で行くのだが、今日は場所を覚えてもらうために、敢えて歩いていくことにした。片道30分くらいかかるけど、一人じゃないから退屈しないだろう。


 二人で話しながら雪解けして芽吹いたばかりの草原を東に進む。途中タルブクに向かう道を左に見ながら山の方へと進み、丘陵地帯を少し登っていくと、目的の場所に到着する。


「思っていたより結構広い」


 ユティ姉の畑を見た第一声はそれだった。もしかしたら家庭菜園みたいなのを想像していたのかもしれない。

 畑はだいたい10メートル四方が4つ、動物から荒らされないようにそれぞれを柵で取り囲んでいる。


「うちは他の村にも薬を持って行っているから、数がたくさんいるんだ」


 もちろん、家で使う薬草の多くは自然に生えている薬草を採っているんだけど、栽培できるものはここで作っている。安定して材料を集めるには必要な事なのだ。


「でも、どうして村から離れているの? 近くの方が作りやすいと思うけど」


 確かに家の近くで作った方が楽なんだけど、


「中には毒草もあって、誰かが間違って採ったら大変だからね」


「毒! 大丈夫なの?」


「うん、たくさん食べれば毒だけど少量なら薬になるものや、葉っぱはだめだけど根が薬になるもの、火を通せば薬になるものとかいろいろ」


 どの薬草がそうなのかとかはおいおい教えていこう。一気に話してもわからなくなっちゃうからね。


「知らなかった」


「ここでは、山にあるものでは足りない物やここで栽培できないか試しに育てているものもあるから、かなりの数の薬草が植えてあるよ。今から収穫する止血用の薬草も、山のが収穫できるのはもう少し暖かくなってからだから、今日はここのを採って帰りますね」


 持ってきたかごの中に収穫した薬草を入れていき、ついでにめぼしい薬草も教えていく。


「ねえ、ソル。ここには何もないけど、これから芽が出るの?」


 ユティ姉の手が指している場所は、綿花を植えるために空けているところだ。


「今、綿わたの種を頼んでいて、それが来たら植えるつもりです」


「それも薬草?」


「いえ、薬草ではないんだけど、うまく育てることができたら面白いかと思って……」


「ふーん、そうなんだ、私も手伝える?」


「是非! ここで育てることができたら、将来は村の人たちにも作って貰いたいんだ。だから、栽培方法を知っている人が多い方が助かります」


 私がつきっきりで村人に綿花の栽培方法を教えてもいいんだけど、知っている人が多い方が効率的なのは間違いない。


 二人で川から水を運んで畑に撒いたり、緩んでいた柵を直したりしてから太陽の位置を見ると、ちょうど真南ぐらい。

 いつもならもう少し作業していくんだけど、


「そろそろ帰りましょうか」


 今日は披露宴の片づけもしないといけないので、いつもより早めに帰ることにしよう。


「今度は山の方も教えてくれる」


「もちろん! 結構距離があるので馬で行かないといけないんですが、ユティ姉は大丈夫ですよね?」


 このあたりに馬に乗れない人はいないけど、稀に落馬とかの理由で乗れなくなる人もいる。ユティ姉、昨日は馬に乗って来ていたから大丈夫だと思うけど、歩くのはいいけど走るのは無理だと言う人もいるのだ。


「もちろん。その辺の男には負けないわよ」


 急ぎで薬の材料が必要な時に、馬に乗れなければ困ったことになっていた。ユティ姉がお嫁さんに来てくれて本当によかったよ。

 あとは、薬の処理の仕方を教えて、昨日の片づけをやって、夕食の後はおじさんが来るから話を聞いて……、さあ、まだまだ頑張るぞ!





 夕食が終わって、しばらくするとセムトおじさんがサチェおばさんと一緒に尋ねてきた。


 テムスが眠そうにしていたので部屋に連れていき、寝かしつけたあと居間に戻る。おばさんは母さんとユティ姉とでお茶を、おじさんは父さんとジュト兄とでカルミルで飲み始めていた。


 今日はおじさんの話が気になるから、父さんたちのところに入れてもらおう。


「ソル、テムスは寝たのかい」


「うん、今寝た。父さんここいい?」


「ああ、構わないよ。兄さんにコルカの町であったことを聞いているところだ」


 ジュト兄の隣に座り、カルミルを少し注ぐ。


「おじさんが足止めされたっていう?」


「そうなんだよ。コルカから出ようとしたら、近くで盗賊が出て危ないからしばらく待った方がいいって止められてね。結局丸二日動けなかったよ」


 コルカは、私たちが住んでいる盆地の入り口にあって、ここよりも何倍も人がいる大きな町だと聞いている。


「それでおじさん、盗賊はどうなったのですか」


 ジュト兄もコルカに行くことがあるから心配なんだろう。


「コルカの男たちが退治したそうだ。私たちも報せを聞いて慌てて出発したんだが、それでも披露宴に間に合いそうになくてね。途中で隊商は他の者に預けて、私一人で帰ってきたんだ。ほんとギリギリだった。間に合ってよかったよ」


「おじさんが来てくれて嬉しかったです。でも、どうして急に盗賊なんて出てきたんでしょうか。あの辺りの治安はよかったですよね?」


「どうやらコルカの北の山脈のさらに北の方で干ばつが起きたらしくて、その影響じゃないかっていわれている」


 おじさんによると、干ばつの影響で多くの川や井戸が枯れてしまって、住めなくなった村や町から多くの人たちが逃げ出しているみたい。その中の一部の人が盗賊になって、あちらこちらを襲っているらしい。


「おじさん、盗賊がこっちまで来ちゃうんじゃ……」


 カインには警察も軍隊もいない。襲われたら自分たちで退治するか追い返さないといけないのだ。もし、失敗したら……死んじゃったり、私のような女は慰み者になることだってある。


「ソル、ありえないとは言えないけど、あっちの奴らがここまで来ることはないんじゃないかな。ここはかなり奥まっているからね」


 コルカの北の盗賊がカインに来るまでにはいくつかの村を通らないといけないから、そこを素通りしてまでここに来るのは考えにくいみたい。


「ただ、かなりの人が逃げ出しているから、その人たちが来るかもしれないね。コルカにも、すでにたくさんの人が来ているようだったよ」


 いわゆる難民というやつかな。余力があれば助けてあげたいけど、父さんどうするのかな。と思いつつ、父さんの次の言葉は予測がついていた。


「できるだけ助けてやりたいが、村の者に話さないといけないな。羊や馬を増やそうにも牧草地には限りがある。何かほかに食べさせるすべがあると説得しやすいのだが……」


 やはり父さんは困った人を見捨てることができない性格なのだ。それなら考えていることを話しても大丈夫だろう。


「全員は無理と思うけど、もしかしたら少し手助けになるかも」


 私はそう言い、みんなに綿花のことについて話をした。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「ソルです」

「テムスです」

「「いつもごらんいただきありがとうございます」」


「テムス、家にいるお馬さんの毛の色はなんていうかわかる?」

「えっと、しかげ? と、くりげ?」

「うん、惜しい。正解は『鹿毛かげ』と『栗毛くりげ』だね。まあ、意味は分かるから大丈夫だよ」

「それならくろっぽいかげは『くろかげ』って呼ぶの?」

「たぶんそうだと思う」

「なんだかカッコいいね」

「そうだね。あ、お時間だってテムス、これ読んで」

「えっと、じかいはセムトおじちゃんに、めんかのおはなしをするそうです」

「おじさんたちは、どんな反応してくれるのかドキドキします」

「みなさんじかいもみてください」


「テムス上手にできたねえ」

「そうでしょう。ぼくがんばったからね」

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