第11話 新人の実力

「みなさま、初めまして。マリー・エン・スミュールと申します」


2日後の昼過ぎ。俺とアニエスは、研究所で関係者にマリー嬢を紹介した。

現在のプロジェクトメンバーは、主要スタッフだけでも30人以上に膨れ上がっている。その人の輪に突然飛び込んでいくのだから、緊張するのも無理はない。

俺は彼女の言葉を引き取り、一同に説明する。


「突然だが、彼女はプロジェクトに新メンバーとして加わってもらうことになった。最初はアニエスの助手として、ガーゴイルの量産化に携わってもらう」


スタッフも急に言われて、戸惑っているようだ。

俺はマリー嬢から借りた例の金物細工をテーブルの上にそっと置いた。

ちなみに、基本的にはただの銅線でできており、絶縁体としてガラスが使われているらしい。地球における半導体のようなものかもしれない。


「みんな、近くに来てこれを見てほしい。設計から仕上げまで、彼女が一人で作った作品だ」

「これで何ができるか、わかった人がいたら手を挙げてちょうだい」


アニエスが職員を試すように見回す。

そのうち何人かは見当が付いたようで、「触っていいですか?」とか「回してみても?」といった声が上がる。


5分ほど何度かの質疑応答を繰り返した結果、最初の正解者が出た。この頃には、一通りのメンバーが彼女の実力を理解したようだった。


「あの、アニエスさんだけでなく、みなさんにこんなに早く正解していただいて、嬉しいです」


この作品を評価できる人は、彼女の周りにそう多くはいなかっただろう。

研究所に集まっているスタッフは、各種族の選りすぐりと呼べる変人エリートたちである。それが、アニエスに日々ごりごり鍛えられているのだから、一般の魔術師や技師と比べて特定方向に磨き上げられているのは間違いない。


「こちらこそ、あなたのような才能と出会えた幸運に感謝しているわ。改めて、わたしたちの研究所にようこそ、マリー」

30人からの拍手に迎えられ、照れた様子で俯くマリー。

これなら、この先も上手くやっていけそうだな。


そう思っていた時期が、俺にもありました。


◇◇◇


「ねえええええええ!!なんでえええええええええ!?」


ゴーレム3体に、マリーが追いかけられている。

無理もない。シャイルが最初の1体のヘイトを取りきる前に、颯爽と攻撃呪文をぶちかましたのだ。しかも、倒し切るには全く威力が足りておらず、中途半端に怒らせる結果となってしまった。更に悪いことに、逃げ回った先で別のゴーレムが反応した。こうなるともう、しっちゃかめっちゃかだ。


「あー、もう何やってるんでシカ」


セナは呆れた顔で“狼足ウルフ・ラン”を唱え、マリーの逃げ足を強化してやる。

だったら“足止スネアーめ”の方が優しい気はするが、そこまで甘やかすつもりはないらしい。


「ほらー、マリーこっちこっち!こっちに逃げてきな!」


これが3回目ともあって、シャイルも困り顔だ。

マリーとすれ違うようにゴーレムと接敵し、とりあえず1体目を削っていく。


「プロデューサー、あの子天才って話じゃなかったでシカ?」

「あー、天才であることは間違いないんだが、あくまでも細工師としての才能だったんだなあ」


本人は魔術師を希望しているとあって、実力の確認と経験稼ぎを兼ねて、今日は再びマジェナ城館に来ている。というか、その麓でこの騒ぎだ。

ここで騒いで更なる敵が増えるのも面倒なので、シャイルに強めの強化バフを掛けて戦闘を終わらせる。


「“筋力激化マイティ・ストレングス”、“疾風スウィフト・ウィンド”、“鷹目イーグル・アイ”」

「うっひぁああああああ!?速い!強い!よく見える!?」


この強度のバフをシャイルに使うのは初めてだ。さすがに持て余すかなと思ったが、辛うじて動きを制御できている。十秒もかからずに残る2体のゴーレムも始末された。


「いやあ、気持ち良かった。プロデューサーに強化してもらったの、久しぶりだわ」

「強化状態で戦うのが当たり前になると、修行にならないからな」

「ほとんど固定パーティーなんだから、別に構わないと思うんですけど」


シャイルは口をとがらせるが、機嫌は良さそうだ。


「そんなことより、マリーでシカ」

「ぜえ…ぜえ……あたしですか?何かやっちゃいました?」

「思いっきりやらかしてるでシカ!」


少し離れた所に避難していたマリーは、まだ息が整わないようだ。肉体的にはまだまだだが、精神的には意外にタフだ。というか、図太い。


「あれほど、後衛は“おこったゲージ”を貯めるなと言ったでシカ!」

「えー、だってマリー、そんなゲージ見えないしぃ」

「見るものじゃなくて感じるものでシカ!殴られて死ぬのはマリー本人でシカよ!?」

「でもぉ、そこで守ってくれるのがプロデューサーでしょ?」


いや、守るけれども。


マリーがしおらしかったのは、最初の数日だけだった。憧れの魔女の前では猫をかぶっていたらしい。

ただしそのベールもすぐに剝がれ、今ではすっかりクソガキとしての本性が露わになっている。これは、相当甘やかせて育てられたな。思ってみれば、普通の工房なら優秀な細工師を外に出すはずがない。こういう裏もあっての判断だったのか。


「プロデューサー、このままじゃマリーは駄目魔術師一直線でシカよ?ビシッと言ってほしいでシカ」


特にセナとは反りが合わないらしい。今回の冒険が始まって以来、ぷりぷりしている。


「私は、こういう子嫌いじゃないんだけどね。でもパーティとしての動きは覚えてほしいかな」

「わーい、シャイルお姉さん大好きー!あっちのシカきらーい!」

「むきぃ!クソガキちょっとそこに直るでシカ!先輩を無礼なめるとどうなるか教えてやるでシカ!」

「きゃはははは!おこったゲージ溜まってるぅ!」


そして実は俺自身も、このキャラはありだと思っている。

猫を被っていた頃の性格では、仮にアイドルをやるとしてもパンチが弱いかなと判断に迷っていたのだが、このクソガキムーブはキャラが立っている。しかも、冒険者としてはほぼまっさらな状態というのがありがたい。


「ポンコツクソガキ魔術師、いける気がするな」

「だーれーがーポンコツですかー」


うっかり口に出していたらしい。マリーが耳ざとく聞きつけ、低い声でツッコんでくる。いいね、反射神経もある。


「マリー、改めて、アイドルになる気はないか?アイドルとしてなら、その性格は個性だ。むしろ美点となる」

「あら?やっぱりそう?やっぱり、私くらいの美少女になると、アイドルに誘いたくなるのもしょうがないわよねー」

「あー、んー、そうだな。シャイルはもちろん、セナとも違った魅力があって、需要はあると思うぞ」


ぶっちゃけロリ枠だな。

セナもシャイルに比べると幼くは見えるが、ロリキャラとして立っているというわけではない。


「プロデューサー、マリーに甘すぎじゃないでシカ?こんな性格じゃ世間の荒波は渡っていけないでシカよ」

「そうだな。アニエスの助手として研究所の職務に就くのであれば、社会人としての振る舞いを身に着ける必要がある」


その場合は、結構厳しく言うことになるだろう。


「うーん、とりあえず保留。考えておきまーす」


当の本人は、真面目に話を聞く気はないようだ。

こういうのは、強く言い聞かせれば良いというものでもない。タイミングを待って、きちんと話し合うとするか。

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