第8話 元勇者は異世界にネットアイドルの夢を見る

両手にいっぱいのお土産を買って研究所に帰ったのは夕食時をやや過ぎた頃合いで、アニエスと何人かの研究員が残っていた。研究室の一角にあるラウンジスペースにお土産の串焼きやら焼きそばやらを並べ、好きに食べてもらうことにする。


通販事業を立ち上げるに当たって、アニエスの研究室も大幅に拡張していた。1フロアを丸ごとプロジェクトルームとして利用し、可動式のパーテーションで会議室を増やしたり統合したりできるようにしている。ラウンジ周りのデザインは、地球のベンチャー系企業を真似て作っていた。観葉植物が飾られたりしてるあれだ。


「そういえば、やっぱりプロデューサーさんって物を売るというか、商材を動かすことが大好きよね。今日も説明するときイキイキしてたわ」


冷蔵庫から果実酒の瓶を出しながらシャイルが語り掛けてきた。とぽとぽとコップに注ぎ、長椅子に座っているセナに手渡しする。


「そもそも、どうしてプロデューサーは動画配信なんてやろうと思ったのでシカ?地球向こうでの本業は通販屋という話でシカが」

「本当にそれよ。突然『ギルドカードに動画流したい』とか言い出した時は張り倒そうと思ったんだから」


向こうから、仕事に一段落のついたアニエスが歩いてきた。串を手に取りながら、俺の隣に座る。


「それは本当にすまん。でも、あの時“これしかない!”と思っちゃったんだ」


ブレン・アニエスと事業を検討していたある日、自分でもよくわからない何かが降ってきた。

革新的なアイデアなどとうそぶくつもりはない。

地球での仕事と、寝る前の暇つぶしに見ていた動画配信。これに加えて異世界の常識や風俗や発展途上のネット文化。これらのパーツが、ある日その瞬間に突然カチリと噛み合った。


本家、地球のアリゾナ・ドットコムでさえできない究極の通信販売。それは動画による販促活動とネット通販の融合だ。

地球でも、10年以上前から人気番組で紹介された商品やアニメキャラが使用するグッズが突然売れる現象はよく観測され、データも取られていた。これをうまく活用すれば、大きなビジネスチャンスとなるだろうという話も何度も出ていた。

一方で、アリゾナ自身が動画配信業を行っているにもかかわらず、自ら積極的に動画を使った販促活動は、現在に至るまで行われていない。アーティストの出演するドラマに音楽CDの広告リンクを挟むだけで高い売り上げを見込めそうなのに、そんなことをやる気配もない。

理由はいくつか考えられる。純粋なノウハウ不足や、自動化オートメーション拡張性スケーラビリティに対する疑問や、プッシュ型販売にお客様が嫌悪感を抱くリスク(人類が巨大企業やAIに操られているなどの陰謀論はいつでもどこでも話されているものだ)などである。

一言にまとめると、今や大企業となったアリゾナにとって、これは優先度の高い案件ではないという判断なのだろう。


でも、俺はやってみたかった。


TV文化さえなく、動画という麻薬的な娯楽に耐性のないこちらの世界の人々に、全力の娯楽に乗せた販促活動を行ったらどうなるか。

こちらでなら、配信に合わせて販促広告を打てるのだ。TV局がなければ、自分で動画を作ればいい。アイドルをプロデュースして、その子たちに商品の魅力を伝えてもらおう。実際の販促効果はタップ数・閲覧数・購入数など全てデータ化可能だ。俺自身にもアイドルプロデュースの経験はないが、データさえあれば有効な施策とそうでなかったものの蓄積は可能だ。数年もすれば勝利の方程式を描けるだろう。

新規事業ゆえに、規模は小さい。しかし、だからこそやりたいことができる。

失敗したら別の方法を考えれば良いだけなのだ。その環境が、ここにはある。


それに気付いてしまった瞬間から、俺は地球の生活そっちのけで異世界のネット通販事業にのめりこんでしまった。

すぐにブレンとアニエスに相談し、人と予算を追加してもらった。

アイドルを張れる人材を探して、各地の劇場や社交界に潜り込んだ。人前に出ることに喜びを持てるという素質は、何よりも重要だ。その中で、美人剣士兼大道芸人だったシャイルに出会えたのはこの上ない幸運だった。その後、昔の伝手から転がり込んできたセナという少女も格別の素材だった。やりたいという思いは、やれるという確信に変わった。

動画配信に目処が立ったら、大型スクリーンの開発にも着手した。従来のギルドカードは魔法で手元にモニターを表示させるというものだ。これでも個人で楽しむ分には不自由しないが、流行を作るためには大勢で楽しめる環境が欲しい。幸い、商業ギルドで中型程度のモニターは実用化されていたから、大型化&量産化するハードルは低かった。完成したモニターはスチールフロントに4か所存在する冒険者ギルドだけでなく、大きなホールを持つ酒場にも順次無償提供していった。


カネとコネを湯水のように使い、剣と魔法の世界に大衆マス向けの娯楽と新進気鋭のビジネスを立ち上げる。

こんなの、男子だったら誰だってやりたいに決まってるじゃないか。

そんな思いを込めて、俺は3人に笑顔を向けた。


「ありがとう。ここまで来られたのは、みんなのおかげだよ」


そんなこんなで生まれたのが、異世界における初めてのネット通信販売会社“サリオン通販”と、アイドルプロデュースを行う“シバリュー企画”だった。表向き、俺はシバリュー企画の代表を務めつつ、サリオン通販の相談役という役職に就いている。


ぶっちゃけ、仕事は滅茶苦茶忙しい。

労働時間は十分ブラックと言える域だ。


でも俺は、生まれて初めて全力で仕事に向き合うことができていた。

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