第3話 1年前・再会(2)

すぐに終わる話でもなかろうと、二人には俺の部屋に上がってもらってお茶を出す。2リットルのペットボトルから不揃いなマグカップにどぼどぼと注ぎ、物珍しそうに部屋中を眺め回す二人に渡した。


「何はともあれ……浄化ピュリフィケーション


とりあえず、二人は浄化の魔法で消毒しておく。異世界から来訪者だ。何を持ち込んでいるかわからない。


「あなたの世界に魔法文明はないと聞いていたけれど、魔法自体は使えるのね」

生命魔力オドの範囲内でならな。大気中に含まれる自然魔力マナはほとんどないから、大規模な術式とかはまず無理だ」


とはいえ、日常生活を送る上では十分にチートと言える便利さだ。飲みすぎてシャワーも浴びずに寝てしまった日の翌朝などは特に。


「いろいろ聞きたいことはあるけど、とにかく久しぶりだな。俺の主観では11年ぶりだから……最後に別れてから4000日くらい経ってる」

「儂らの世界では1万と2000日くらいかの。やはりお互いに時間の流れが違うようじゃの」

「道理でアニエスも素敵なお姉さんになっているわけだ」


記憶の中にあるアニエスは、生意気盛りな年頃だった。

誰もが羨む魔法の才を持て余し、同年代の友達を作ることができず、一生懸命大人に合わせた振る舞いをしようと頑張っていた。

それが微笑ましくもあり、哀しくもあった。


「もう、子供をおだてるみたいな言い方はやめてよ。主観的には、わたしたぶんあなたの倍くらい生きているんじゃないかしら」

「そんなこと言われても、アニエスはアニエスだしなあ」

「ほっほっほ、そんなものかもしれんのう」


俺の言葉に、ブレンも頷いてくれた。確かにアニエスは成長しているが、それでも見た目的に年下に見える。話し方も大人びてはいるが、以前の妹分的な空気感も残っていた。

ただまあ、挨拶はこの辺で良いだろう。俺は本題に切り込んだ。


「それで、わざわざこちらの世界に転移門ゲートを繋いだ目的は何だ?今度は何があった?」


記憶にある限り、二つの世界を直接転移門で繋ごうとすると、向こうの世界に存在する全マナを使い切っても足りないとかいう話だった。あれから向こう時間で1万2000日経ったということは、およそ33年か。その間に魔導技術が発達したとはいえ、おいそれと実現できる話とも思えない。


「むう、それなんじゃがの」

「ちょっと言いにくいわね」


案の定、二人は揃って眉間に皴を刻み口淀んだ。


「ぶっちゃけ、特に目的とか理由はないんじゃ」

「それは嘘だろ」

「いえいえ、嘘なんかじゃないのよ。新しい魔導概念で転移門ゲートではなく次元扉ポータルという理論を試していてね。で、なんとか実用化できそうだから、試しにリュートの顔でも見てみようかなと」


うーん、アニエスがそう言うのなら、本当なのかもしれない。


「正直、初回でこんなにうまくいくとは思ってなくて、わたし自身驚いたというか、心の準備ができていなかったというか」

「帰る用意など考えずに来てしまったのう」

「なんだと」


言い方が悪い!とアニエスがブレンの口を塞ぐが、さすがに聞き逃すわけにはいかない。


「え、なに帰れないの?」

「待って待って、帰れるわよ?帰れるんだけど、そのためにはまとまった魔力が必要なの」

「具体的には、どれくらい?」

「この蓄魔石1個分。これでもかなり省力化したんだから」


そう言いながら、ポケットから手のひら大の石を取り出した。蓄魔石とは、魔力を貯めたり放出したりできる電池のようなものだ。ただ、俺が見たことのあるサイズは大きくても親指の爪くらいだった。


「随分大きいな。どれくらいで必要量貯まるんだ?」

「この世界のマナ濃度だと、自然回復には期待できないのよね。わたしの生命魔力を毎日充填するとして……30日くらい?」


マジか。


そこからは、突貫で二人の衣食住の確保に動いた。

最初の二つはお金で対処できるとしても、住は何とかしなければならない。いや、これも結局お金の話か。

俺の住む築40年の1DKアパートに3人で住めるほどの余裕はなく、特にアニエスのための空間は別途必要だ。本人は「そんなに気にしなくてもいいのよ。7年も旅した仲じゃない」などと強がっていたが、そういうわけにもいくまい。


土曜日ではあったが、運よくアパートの大家さんに電話が繋がったので、1階下の空き部屋を急ぎ使いたい旨を連絡。我ながらどう考えても怪しい話ではあったが、そこは実際に会って認識誘導の魔法で誤魔化した。とりあえず最低限の衣服と寝具だけ二人分買い揃え、アニエスには1階で寝食してもらうことにする。


俺自身は平日仕事があるので、それぞれにタブレットを買い与え、ウィキペディアなり電子書籍なりで暇を潰させた……のだが、これは良くない選択だった。

学者肌のアニエスだけでなく、ブレンも何気にドワーフ王族の出自で、知識層だったりする。個人レベルが地球側の知識を持ったところで大した影響は出ないだろうという目論見は、いろいろひっくるめて甘かった。


◇◇◇


季節は春先。慌ただしい季節である。会社では新入社員の受け入れと新しいプロジェクトのローンチが重なり、ばたばたと1か月が過ぎた。

ある日、アニエスから十分な魔力が貯まったことを伝えられた俺は、一時的なお別れ会のつもりで少し豪華な自宅飲み会を開催していた。


「お前さんの会社の通信販売、便利じゃよな。あれ儂の国でもできんかの」


オンラインで買ったビールジョッキを片手に、ブレンがそんなことを言い出した。


「あ、それいい!わたしも自宅に引き篭ったまま買い物したい!」


アニエスは渋く紫蘇焼酎をソーダ割りで飲んでいる。目の前に盛られたニンジンやらセロリやらの野菜スティックは、アニエスのお手製だ。


「いやいや、いくら何でもそりゃ無理だ。第一、そっちの世界はネット環境ないじゃん」


俺自身も缶ビール1本で酔っ払い、気が大きくなっていた。いや、酒を言い訳にはするまい。この1か月で地球の知識や技術にあれこれ驚いてくれる二人に対して、上から目線で語っていたのは否定できない。俺が偉いわけでもないのに、調子に乗っていた。


「あら失礼ね。じゃあ、インターネットさえ構築つくれればネット通販の立ち上げに協力してくれる?」

「おお、するする。ネットにさえ繋がるなら、そちらの世界に移住したっていいよ」


俺の失言を、二人は待っていたのだと思う。


「ほう、言ったの」

「言ったわね」

「え?何?突然空気変えてくるじゃん」


何かを察した時はもう手遅れだった。俺の両肩に分厚い手が乗り、どういうわけか身動きを封じられる。くそ、これは騎士の捕縛スキルか何かを使っているな。


「いやさ、この30日真面目に考えていたんじゃが、勝算は高いと思うんじゃよ」

「とりあえず、異世界向こうがどうなっているか実際に見てもらうのが良いかなって」


なるほど、この流れは打ち合わせ済みだったのか。

背景を察しつつも無駄な抵抗を続ける俺の目の前でアニエスが積層型の魔法陣を組み上げ、そこに蓄魔石から魔力が流れ込む。


「よし、現在地球時刻で4月28日の22時45分ね。バーベンベルク側は439年豊穣の月63日、12時15分を目標にします。殿下、承認を」

「439年豊穣の月63日、12時15分了解。申請を承認する。次元扉開いてくれ」

「承認確認。次元扉オープン!」


青黒い魔力が魔法陣に満ちたと思った直後、部屋の真ん中にはいつか見たものと同じ穴が開いていた。


「地球に来る直前にいた研究室に繋いだわ。すぐに閉じるから急いで!」


呆気にとられる俺を尻目に、まずアニエスが穴へと飛び込む。


「詳しいことは向こうで話す。文句もその時に聞くから、しばらく大人しくしていてくれ」


俺を肩に担いだブレンも、すぐにアニエスの後を追いかけた。

次元扉の穴が目の前一杯に広がり、刹那、薄暗い部屋の真ん中に俺達は飛び出していた。

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