六【死んだ自分】

 ――タクロウが拉致され、再度薬を打たれ眠らされた後に、また新たな場所、見知らぬ部屋で"ある男"と対面をしていた。


 眠らされた部屋とはうってかわり、今度は綺麗な部屋のベッドで目を覚ました。


 部屋には複数の男達が立ち並び、その中心に綺麗なダブルのスーツを着た男。

 タクロウの真横には白衣を着た老人。

 体を起こすと、中心の男の周りに居た部下と思われる男達に何故か一斉に銃を向けられ質問が始まった。


「お前は今、この状況をどう思う?なぜこうなっているか分かるか?」


 訳の分からない質問だ。

 タクロウは首を横に振り答える。


「I don‘t know……」


 あれ?ロベ語が分かる?しかも喋れる?


 タクロウは怯えながらも修得したことに覚えもない外国語を理解することができ答えた。


「そうか……なら良い。

 俺はお前の"ボス"だ。今は顔だけでも覚えておけ」


 中心に居た男は組織のボスだった。

 タクロウは眠らされる前に黒人が言っていた事を思い出した。


 組織……このっておっさんがボスか。


 ボスは部下達の前に手を出し、銃を下ろさせると少し笑みを浮かべる。


「それじゃあ後は頼んだぞ」



 ボスはそう言いながら部下を連れて部屋を出て行った。


 な……何なんだ?どういう事だ?


 タクロウは困惑が隠せない程にオドオドしている。


 ボスやその部下達が部屋を出て行った途端、老人が話しを始めだした――。



「それではタクロウ。

 わしはこれからお前さんが働く組織に派遣されて来た者だ。端的に言うとお前さんの専属ドクターの"ジャック"だ。


「一つ聞きたいのじゃが……ここ以外で目を覚ます事はなかったかい?体が痛む所はないかい?」


「いや……拉致られてから初めて目覚めたと思う」


 するとジャックは頷うなずきながら質問を続ける。


「夢……悪夢などは見ていないかい?」


 何やら重たそうに質問を聞くジャック。


 ……何で悪夢?


「普通の夢は見ていたと思うけど、よく覚えてないな……」


 タクロウは覚えている事もあったが覚えていないフリをした。


「そうか……それならそうと、これからの話しと今の君の状態の話しをしよう。

 とりあえず気軽に聞いてくれ。ほら、君の煙草だ」


 ジャックはほっとしたような顔をして煙草と灰皿を渡し、タクロウの体、実験について話し始めた。


 タクロウは煙草に火をつけて話しを聞く体勢に入る。

 まず、実験の結果が成功した事が"濃厚"だとジャックは言い出した。

 そして内容が遺伝子レベルの向上とある"自己操作"。


 なぜ"成功"じゃなく"濃厚"かと言うのは、まだ体の覚醒に体が追いついていないだけという推測。


 他の推測に、体に上手く薬が作用仕切れてないのか何かが邪魔しているか、人間の遺伝子は七十億人見比べても差程変わりはないようなのだが、タクロウには他の遺伝子、他の生物の遺伝子が混ざっているのではないかとジャックは睨んでいるらしい。


「え……ちょっと待て!話しの進行が早い!なに!?薬はともかく、他の生物って何だ!?」


 タクロウは驚き、声を荒げる。


「分からん……DNAその物は人間なのじゃが、わしが知らん物質がある。

 これはわしのPCのフィルターを通しても"不明"と出てしまうのじゃ」


 ジャックは難しい顔で答える。

 タクロウは驚きを隠せず、ニッポン居た時の記憶を探り思い返そうとするが何も変わった事、された覚えもない。


 聞き入って一度も吹かしもしていない煙草の灰が落ち、再度まだ新しい煙草を取り出し火をつけて煙を深く吸い、ため息混じりに吐き出す。


「ハァー……。

 それは……薬が俺のDNAに何か作用したとかそれは関係ないのか?

 俺はニッポンで普通に過ごしてきたけど、普段の生活に支障はないものなのか?」


「また"ニッポン"って……なかったのなら良いことじゃ。わしにも分からん。

 普通の人間とこの少しの違いで何が変わってくるのか、皆目見当もつかんのじゃ……すまんな」


 タクロウは俯き、何が何だか分からない様子。


 拉致られたあげく、今度は普通の人間とは違うと言われる始末。

 意味が分からなくなり椅子から腰を上げ、タクロウは部屋の中を煙草を吸いながらウロウロとし始める。


「焦るな、落ち込むな。

 そのおかげかお前さんは薬の副作用にも"耐え抜いて"実験対象者の中で一人生き残り、人とは違う事ができるのじゃから」


「そんじゃあ!……ん?」


 タクロウは何処か違和感を感じつつ、ジャックの話しに食い付き始めた。


「そ……そうだ!"能力"って何だよ!エスパーにでもなれたのか?」


 ジャックは慰めついでに"能力"について話し始めた。


「お前の能力……っと言っても漫画のような物ではないぞ?

 まぁイカれた力には変わりはないがな(笑)」


 能力とは、


「"身体の限界を超えさせる能力"」


 ジャックは溜めに溜めて言い放った。


「え?って事は人間の普段使われてない力が出せるって事?それって能力なのか?アスリートなんかは訓練で出せるって聞いた事あるけど……そのこと?」


「よく知っておるな!簡単に言えばそれじゃよ!」


 ジャック笑顔!


 タクロウは真顔。


「……つまんね。いらね」


 予想よりはるかに下回る能力にタクロウはガッカリする。


「ち、違うんじゃ!人間のリミッターは外せても身体には限界があるんじゃ!

 外せる人間でも普段は十から二十%の力を

 ある程度底上げ出来るとされておる……じゃが!

 仮にそれを超えると身体が耐えられなくなり、骨と筋肉は離れ、勿論骨が外れたりということもあるが、お前さんにはそれがないのじゃ!」


 ジャックはガッカリするタクロウに能力の凄さを必死に説明する。


「よく聞け!それとじゃ!それだけのために実権対象者を探して拉致までする訳なかろう!」


「何なんだよ?っつーかじゃあ限界値って言うのはどこまで引き上げられるんだ?」


 人間の限界を超えた能力。

 これは薬の作用で身体能力が強化され、体内の細胞そのものが強くなり、リミッターが外れても耐えられるようになったとジャックは言う。


 しかし、そこには決定的に予想外な事が起きていた。


「リミッターが外れると同時にお前さんの細胞が変化しとるんじゃよ。

 その変化の理由が不明要素の部分だと思うんじゃが」


 そこでタクロウは何かに気付き、突如声を荒らげて口を出し始めた。


「ちょっと待て!変化だ不明だってそれはいつ分かったんだよ!?」


「……お前さんが気絶している時にじゃ!」


 タクロウは首を傾げ納得出来ないまま話しを進めさせた。


 つまり能力は身体の"限界突破"。


 それは人間には超えられない力を出せる能力。

 ただ限界を超えても自身の体重や骨の耐久性は普通は変わらないが、タクロウの場合、DNA細胞その物が限界突破と同時に変化するために、予想外の力やスピードが出せるようになるとジャックは言う。

 ただどこまで使えるのか、どの程度の力量なのか。

 また何秒、もしくは何分能力を使えるのかはまだ分からないらしい。


「これから徐々に体を慣らして力の解放、制御を出来るようにしていこう。今はその初期段階なんじゃよ」


「ふーん……」


 段階も何もまだ何もやってねぇんだけど。


「まぁよく分からないけど、要は能力を使えるようになって何かの役に立てって事だろ?」


 ジャックは何故か拍子抜けしたような顔している。


「……妙に落ち着いてるのじゃな?怖くはないのか?帰りたいとは思わないのか?

 もうお前さんの普通の日常は戻って来んのじゃぞ?」


 タクロウ自身も不思議に思っていた。

 色々話しを聞いて何故が納得が早い。

 恐怖心もあまりなく、素直に受け入れてしまう。


 ニッポンに帰りたい。

 家族や友達に会いたい。

 その様な気持ちがない訳ではないが、気持ちが薄い事にタクロウも驚いている。


「俺にも良く分からねぇ。でも帰りたいって言ってもどうせ無駄なんだろう?」


 ジャックは途端にタクロウから背を向けると、申し訳なさそうに話しだした。


「そうじゃな……何か企もうとするならボスは日本に居るお前さんと繋がりを持つ人間全員殺すじゃろう。

 それにお前さんはもうすでに……」


 組織はタクロウを拉致した後にすでに動いていた。

 手荷物から素性の全てを割出し、ニッポン在住や家族など特定済。


 そして……


 すでに死んでいる事になっていた。


 死因は事故死。

 検視で問題が起きないように捕らえた実験対象のニッポン人の中で"失敗"をして死んでしまった人間の中から選び出し、腰から上を全てタクロウと特定出来ない程にした。

 皮膚や骨をわざと崩し、本人と断定されやすい歯型は似せて造り、しっかりと隠蔽工作したようだ。


 そして葬式も終え、死体の火葬も終っていると。

 タクロウの帰る場所は気絶している間になくなってしまった。


「……」


 タクロウは涙が零こぼれないように天井を見上げ、静かに泣いていた。

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