第12話 裏切り

 俺は今の状況を理解出来ず混乱していた。


 背後から俺に斬りかかってきた味方の八尋やひろ、そして俺を守るかのように八尋の斬撃を受け止める敵の小嶺こみね。これでは敵味方が逆だ。


「ぼーっと突っ立ってないでくださいよ!」


 小嶺は受け止めた八尋の刃を押し返し、俺から八尋を引き離した。


「邪魔しないでくれるかな」


「そういうわけにはいかないんすよ。あたしは彼の護衛役なんで」


 少しイラだった口調の八尋に対し、俺を守るように武器を構えて立つ小嶺がそう答えた。


「護衛?」


 目の前に立つ、俺より一回りは小さな女性の言葉に俺は思わず聞き返した。


「そうっすよ、上からの指示で来たっていうのに、のんきに街へ遊びに行ったって言うから連れ戻しにきたんすよ。案の定、敵に襲われてるし」

 

「まってくれ、敵って八尋のことか?」


「当たり前でしょ、今ぶった斬られそうになったのに、なに寝ぼけた言ってんすか」


 敵という単語に反応して出た俺の言葉に、小嶺は呆れ気味に反論した。


「八尋……何かの間違いだよな?理由があるんだろ?」


 俺は、恐る恐る八尋に聞いた。その後に返ってくる答えに怯えながら、それでも一縷いちるの望みにかけて聞かずにはいられなかった。もはやそれは質問というより願望だった。


「間違い? この期に及んでおめでたいね。僕が君を斬ろうとしたのは純然たる事実だよ」


 八尋の言葉は、俺に現実を突きつけた。


「でも安心してくれ、別にキミに対して恨みや憎しみがあるわけじゃないんだ。上からの命令で仕方ないんだ」


 八尋は肩をすくめ、不本意である事をアピールする様にそう言った。


「誰からの命令っすか?」


「さあ? 言うと思うかい?」


「一応きいただけっすよ。まあ捕らえた後にゆっくり聞かせてもらいますよ」


 小嶺の質問に八尋がにべもなく答えると、小嶺は武器を持つ手に力を込め、殺気を放ちながら八尋へと斬りかかった。


 小嶺が上段から振り下ろした刃を八尋が受け止めると、小嶺は、すかさず空いた八尋の胴に横薙ぎの攻撃を仕掛ける。


 八尋は横からの斬撃をバックステップで躱わすが、小嶺はすぐに距離を詰めて追撃を仕掛ける。


 両者はスゴいスピードで縦横無尽に動き回り、何度か攻守を入れ替えながらも一進一退の攻防が繰り広げられる。


「速い……」


 二人の戦闘の速さに、俺は思わずそう呟いた。


 それからさらに打ち合うこと数合、両者はお互い距離を取った。


「やるね。さすが護衛役を引き受けるだけのことはある」


 薄ら笑いを浮かべながら八尋がそう言う。


「そっちこそ、ただの訓練生とは思えないっすね」


 小嶺の言葉には俺も同意見だった。八尋は元々訓練生の中でも主席の実力者ではあったが、訓練でもこんな動きは見た事がない。正直ここまで強いとは思ってはいなかった。その実力は、訓練課程を終えたばかりの新米奏霊士とは明らかに一線を画している。


「僕のことはどうでもいい。それよりも、あまり長引かせると面倒だからね。そろそろ終わらせてもらうよ」


 そう言うと、八尋は自身の聖霊刃を構えなおし霊力を込め始めた。


彩羅沙さらさ 抜顕ばっけん


 八尋の声に呼応する様に、手に握られた聖霊刃がその形を変える。


鶴醴かくれい 抜顕!」


 八尋が聖霊刃を覚醒させたのを見て、小嶺もそれに応じて自分の聖霊刃を覚醒させる。


 覚醒した八尋の聖霊刃は、刀身が短くなり短刀のような武器へと形を変えていた。


 一方、小嶺の聖霊刃は長さ2メートル程の斧、西洋のハルバートの様な姿へと形を変えていた。


「ずいぶんと貧相な聖霊刃っすね」


「聖霊刃の真価は見た目では測れない、教わらなかったかい?」


 八尋は、軽口を叩く小嶺に向かって聖霊刃を向ける。


「いくよ」


 そう言うと、八尋は手にした短刀をその場で横に振るった。


 その瞬間、小嶺の背中が裂傷し血が飛び散った。


「後ろから?」


 背中を斬られた小嶺が苦悶の表情を浮かべ、不可解な攻撃に戸惑いを見せた。 


「足が止まってるよ」


 八尋は小嶺が怯んだ隙を見逃すまいと、更に追い討ちを掛けようと短刀を振りかぶる。


 しかし、小嶺は八尋が攻撃する前に自分の武器であるハルバートの先端部分を地面に突き立てた。


 次の瞬間、地面から爆発が起こり爆風によって砂埃や爆煙が巻き上がった。


「チッ」


 巻き上げ上げられた砂埃と煙で小嶺の姿を見失った八尋が舌打ちをするが、直後に何かに反応し後ろに跳んだ。


 ドズンッ! という重量感のある音と振動が辺りを震わせる。


「くそっ、血で気付かれたっすか」


 先程まで八尋が立っていた場所に、小嶺のハルバートが振り下ろされていた。どうやら爆煙に紛れて八尋の頭上から攻撃を仕掛けたが、血が落ちた事で八尋に気付かれ躱されてしまったようだ。


「残念だったね」


「そうっすね、でもわかりましたよ。アンタのその不可解な攻撃は相手を視認しないと出来ないって事がね」


「すごいね、たった一回見ただけでそこまで見抜くなんて。正攻法じゃ骨が折れそうだ」


 そう言うと八尋はポケットから素早く霊符を抜き出し、小嶺へと投擲した。


「また目眩しっすか?同じ手は食わないっすよ」


 小嶺が投げつけられた霊符を容易く切り裂くと、八尋がニヤリと笑みを浮かべた。


 突如、斬られた霊符から黒い影のような物が触手の様に伸びてきて小嶺の体に絡み付いてきた。


「……これは!?」


「念の為に一枚だけ用意しておいた封縛の霊符だよ」

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