第20話 お昼の放送時間です!?
「――先生、みんな、……わたしにチャンスを貰えませんか?」
面談室でわたしは切り出した。立ち上がったわたしのことを、先生を含めた四人が見上げる。
「木春菊さん。チャンスって……何かやりたいことがあるの?」
貴子先生は真剣な表情でわたしに問いかける。頷いてわたしはみんなの顔を見回した。
「校内放送で小学校のみんなに訴えようと思うんです。本当のこと。そして織田くんの――わたしたちの想いを」
それがわたしの決意だった。織田くんに出会って、親友になって、同じ夢を追い始めたわたしの。
「……訴えるって……織田くんの秘密をしゃべっちゃうってこと? そんなのダメよ! きっと……ねぇ?」
先生も不安そうに周囲に同意を求める。周りは小学生なのに。大人の先生が。
きっと先生も不安なのだ。織田くんがどれほど傷ついているのか、子どもたちがどんな反応をするのか、わからなくて。
「……織田くんの許可は取っているの?」
「それはこれから取ります。でも織田くんは……わたしの
「ナイト?」
式部さんは小さく首を傾げた。
「でもその前に、式部さんや今川くんの了解をとっておかないといけないことがあるんです。――あときっと、選挙管理委員会のみなさんの了解も」
「――なんだよ? 木春菊、言ってみろよ」
今川くんに促されて、一つ頷くと、わたしは続きを話した。
「織田くんのことを話すと、きっとわたしたちの『公約』や、わたしたちが今回の児童会役員選挙にかけている『想い』も話すことになります。お昼の放送をわたしたちだけ選挙演説に使うみたいになっちゃうかもしれない。それって選挙活動的にはフェアじゃない気もするから。前もって二人にオッケーをもらいたいと思うんです!」
わたしがそういうと、二人は驚いたように目を開いて、それから顔を見合わせて笑った。
「そんなこと。構わないわよ、木春菊さん。第一、わたくしだって正常な選挙戦に戻すためにこういう異常事態は早く鎮静化したいの。だからあなたがそれをしてくれるなら、ちょっとくらいの選挙演説なんて、全然構わないわ。今はそれよりも――大切なことがあるのだから」
「俺も構わないぜ。ガツンとやってくれよ。第一、なんでだか知らねーけど、今回の騒動は俺が犯人じゃねーかってデマが広まっているんだ。俺がやるわけねーのによ。だから、その疑いをお前が払拭してくれるなら、願ったり叶ったりだぜ。ちょっとくらいの演説、構いやしねーよ」
「選挙管理委員会については……先生の方から話をつけておくわ。特に問題はないはずよ」
わたしはメイちゃんと目を合わせた。わたしの親友は優しい目で、強く頷いた。
「ありがとうございます!」
そして、わたしは決意を固めたのだ。
☆
「――洛和小学校の皆さんこんにちは。お昼ご飯、美味しく食べていますか? 今日はこの放送を借りて、わたし――6年2組木春菊幸子が、皆さんにはメッセージを伝えさせていただきたいと思います」
木曜日の昼休み。児童会役員選挙の最終演説会を次の日に控えたお昼御飯時。わたしは放送準備室のマイクに向かって唇を開いた。
振り向くと四人がそれぞれの表情でわたしのことを見守っている。
そして――わたしは話し始めたのだ。わたしの――わたしたちの「想い」を。
☆
みなさんは人と違う自分になりたいと思ったことはありませんか?
人と違う特別な自分になりたい。人と違う物語を歩みたい。
そう思ったことはありませんか?
わたしはあります。
勉強もできない。運動もできない。見た目だって美人じゃない。
そんなわたしはいつだって、素敵な出会いと物語の始まりを、夢見ていました。
マンガや小説だとありますよね? アニメやドラマだとありますよね?
第一話。女の子が寝坊して食パンを咥えて走っていると、素敵な男性とぶつかったり、不思議なマスコットキャラクターとぶつかったり。そして物語が始まるんです。
だからわたしは、本当に食パンを咥えて、朝、走っていたんです。
本当ですよ! ――ちなみに、ここは笑っていいところですからね?
バカみたいって笑われるかもしれません。
でもそれほどまでに、わたしは特別な何かに憧れていたんです。
人と違う何かに憧れていたんです。人と違う物語に憧れていたんです。
ある日、わたしに素晴らしい出会いが訪れました。
本当にぶつかったんです。曲がり角で。
その人は綺麗な女の子でした。うちの学校の制服をきていたけれど、見たことのない女の子でした。
みんな自分の学年の同級生なら、顔くらいは覚えてますよね?
わたしだってそうです。でも6年生にそんな女の子はいない。
だから不思議に思っていました。
でも、その出会いは衝撃で、その子はとても凛々しくて。
わたしはひと目でその子のファンになってしまいました。
わたしは彼女のことをこっそり「わたしの
これは大マジです。
ここまでの話を聞いて、もしかしたら、何人かの人はすでに気づいたかもしれません。
そうです。その女の子が――織田呉羽くんその人だったんです。
三年前、わたしたちがまだ三年生だったときに、「オタクくん」とみんなに呼ばれて、大問題になって、その呼び方が学校の
わたしも始めは信じられませんでした。
だってそうでしょ? いつもの織田くんをみていたら、あんな綺麗な女の子になるなんて信じられないじゃないですか!?
でも本当なんです! 女の子の服を着た織田くんはとっても綺麗で、とってもかっこよくて、とっても素敵なんです!
みんな知らないと思いますけど、キャラだって変わっちゃうんですよっ!
とっても真摯で、とっても勇気のある、そんな彼女になるんです。
織田くんは変態なんかじゃない! 織田くんはおかしな子なんかじゃない!
織田くんはとっても素敵な人なんです!
ただ彼は、女の子の服を着たいだけなんです。
ただ彼は、女の子の服を着るのが自然な男の子なだけなんです。
みなさん。普通ってなんでしょうか?
みなさん。特別ってなんでしょうか?
一人ひとりが違って、一人ひとりが思い悩んで、それでもわたしたちは自分らしく生きていたいと願います。
わたしもそうです。わたしはとっても普通で、なんにもなくて、――だから特別になりたいって思っていました。
そして女の子の制服を着る織田くんに出会ったんです!
わたしの
織田くんは特別です。
だって女の子の服を着て、あんなに可愛くなれる男の子が他にいますか?
そんな悩みを抱えているのに、何かを変えようと児童会長に立候補できる子が他にいますか?
織田くんは特別です。わたしにとって。みんなにとって。
そんな特別な人が、生きづらい学校なんておかしい。
ただ女の子の服を着たい――それが自然なはずの人が、それを許されない学校なんておかしい。
だって、それは彼が彼らしく、彼女が彼女らしくいられる自由を奪うことだから。
だからわたしと織田くん――そして大親友のメイちゃんは決意したんです。
学校を変えようって。学校のルールを変えようって。
洛和小学校児童会規則第16条
「制服に関しては規律を守り、男女それぞれの性別に応じた指定の制服を着用すること」
織田くんが児童会長に、わたしが副会長にそれぞれ立候補して、児童会役員になる。
そして、わたしたちはこの第16条をみんなと一緒に改正したい。
もしかしたら織田くん以外にも、この放送を聞いている生徒の中には、自分の着ている制服に違和感を持っている人がいるかもしれない。
日本全体でも千人に一人くらいの割合で、そういう悩みを持っている人がいるらしいです。百人に一人くらいだっていう人もいます。
一昨日、廊下の掲示板に心無い写真と張り紙が掲示されました。
それは女の子の服を着る織田くんのことを変態呼ばわりして、誹謗中傷する張り紙でした。
わたしは悲しかった。――とっても……とっても悲しかったですっ!
でも今、わたしはその犯人のことを怒ったり、叱ったりしたいとは思いません。
そういう思いって、わたしたち――みんなの中にも、きっとあるものだから。
だからわたしは、そのみんなの中にある、その「特別を笑う」心を叱りたい!
わたしの中にある、「特別になることを恐れる」心を叱りたい!
みなさん。普通ってなんでしょうか?
みなさん。特別ってなんでしょうか?
みなさん。自由ってなんでしょうか!?
わたしは特別になりたかった。
織田くんはわたしの特別になった。
みなさんにもきっと、何か特別があるはずです。
それはきっと人と違うこと。
だから人と違うことを誇りましょう!
人と違うことを大切にしましょう!
わたしたちはそれを「自由」って言うんだっ!
明日、児童会役員選挙の最終演説会が放課後に体育館であります。
みなさん必ず来てください。
織田くんはきっと来ます。わたしたちの児童会長候補は必ず来ます。
そしてきっと、皆さんにも知ってもらえるはずです。
織田くんの特別なところ。
織田くんの素敵なところ。
わたしたちは「洛和小学校児童会規則第16条」の改正を公約に掲げます。
演説会でもなくて、お昼休みの校内放送だから、わたしたちだけが自分たちに「清き一票を」だなんて言うとずるいから、言わないですけど。
でも、明日、聞きに来てください。最終演説会。
そして選んでください。みなさんの学校の未来を。
また明日、体育館で会えることを楽しみにしています。
今日は最後まで聞いてくれてありがとうございました。
ではこれで、わたしからのメッセージは終わりたいと思います。
ご静聴ありがとうございました。
放送は6年2組、木春菊幸子――でした!
☆
そして、わたしは放送終了のボタンを押した。
一気に話しちゃったから、疲れたみたいで、大きく息を吐いた。
背中から音が聞こえた。パチパチという拍手の音。
振り返ると、四人がそれぞれに、手を叩いてくれていた。
なんだか胸がしめつけられて、目頭が熱くなってきた。
どうしたんだろう。――でも、ちゃんと喋ったよ! わたし!
次はあなたの番なんだからね! わたしの
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