交錯する想い

「…………ありすちゃん。身体の出し方が甘いかも……。それだと、上手い人には溶かされちゃうと思う」


 もうすぐ第二回MMVCが開催される。私はペアの相手であるありすちゃんとエムエムの練習をしていた。

 配信ではなくプライベートだ。


 前回の第一回大会、私は運よく優勝することが出来た。

 ────エムエムは運が大きく絡むゲームと言われている。拾える武器もゴールの場所もランダムなのがその大きな理由だ。


 だから私が優勝出来たのは、本当に運の要素が大きい。

 それに組んでくださった方もとても上手で何度も助けられた。

 私もエムエムは上手な方だとは思うけれど、プロは勿論、バーチャル配信者に限っても私より上手いプレイヤーはいる。


 …………氷月ひゅうがこおりさん。


 個人で活動されているバーチャル配信者さんで、チャンネル登録者数はもうすぐ四十万人。

 エムエムのランクは一番上の『マリオネットキラー』。

 私はその一つ下の『チャンピオン』までしか到達したことはない。『マリオネットキラー』になるにはプロ級の腕前の人達の中で勝っていかなければならないから、はっきり言って『チャンピオン』とは大きな差がある。今の私では正直……なれる自信はない。


「ええ~、これでもダメなの~!? ボクめっちゃ隠れてるつもりなんだけどなあ」


 ヘッドセットからありすちゃんの声が聞こえてくる。


「やばいよ~……このままじゃ絶対バレッタの足引っ張っちゃうよ」


 困ったようなありすちゃんの声。


 ありすちゃんはあまりエムエムが上手ではなかった。

 MMVCのペア決めは、各ペアの実力が均等になるように中級者は中級者同士で、上手い人は初心者と組むようになっている。私は『上手い人枠』でありすちゃんは『初心者枠』だった。


「……でも、この前よりは上手くなってると思う、かな」


 ありすちゃんは最近エムエムの練習をよくやっているようだった。


 ありすちゃんは元々一つのゲームを長くやるタイプではなく色々なゲームに手を出すタイプで、配信でもそうだった。

 しかし最近は二日に一度くらいエムエム配信をしているようだし、プライベートでもちょくちょくやっているのを確認している。私はありすちゃんのプライベート用のアカウントともフレンドなので、オンラインになっていると分かるのだ。


 そういえば、たまに誰かとパーティを組んでいるようだけど誰とやっているんだろう。

 …………誘ってくれれば、私もやるのにな……。


「やっぱり!? 実はこの前ゴールドランクで優勝出来たんだよね! ほら、この前仕事で連絡先交換した人いたじゃん。あの人と最近練習してるんだけど結構いい感じに上達してると思うんだ~」


「…………え……?」


 この前仕事で連絡先を交換した人……?


 ありすちゃんと仕事の打ち合わせに行くことはたまにあるけれど、その条件に当てはまる人は一人しかいなかった。


「…………えっと……岡さんのこと……?」


 ────名前を呼ぶと、何故か胸がチクリとした。


「そうそう千早くん! あの人会話のテンポが気持ちよくて最近結構遊んでるんだ~。なんだろ……波長が合う、って言うのかな? よく分からないけど」


 千早くん……?


 ちょっと頭の整理が追いつかない。

 いつの間にそんなに仲良くなっていたんだろう。


「ありすちゃん……あの人と仲良かったんだね」


「この前無理やり家に呼んでそれから仲良くなった感じかなあ。会ったのはその一回だけだけど」


「家に呼んだのッ!?」


 まさかすぎる展開につい声を荒げてしまった。


 家に呼んだって、え、それってつまり……そういうこと……?


 嫌な想像をしてしまって、胸がきゅう……と苦しくなる。


「ちょっと聞きたいことがあって。夜配信があったからすぐ解散したんだけどね」


「…………そうなんだ」


 私はひとまず胸を撫でおろした。思っていたような関係ではないようだったから。


「…………でも、そういうのっていいのかな……?」


 卑怯な言い方をしてしまったなと思った。

 でも、止められない。


「そういうのって?」


「……男の人を家に呼んだり、とか」


 「いい」というのは勿論バーチャリアル所属の配信者として、という意味だ。

 私達の職業は、異性関係は間違いなく炎上する。

 それも、とんでもない勢いで。

 再起不能なまでに。


 私の言葉にありすちゃんは「ん~~」と唸るような声を上げた。


「別にいいんじゃない? 友達に性別とか関係ないと思うし」


 友達。

 その言葉を聞いた瞬間、私は肩の力が抜けるのを感じた。


「…………友達。そっか、そうだよね……ごめん、変なこと聞いちゃった」


「あははっ、何か変なモノでも食べた?」


「ううん……大丈夫」


 私の事情は、ありすちゃんとはまた少し違うみたいだから。


 だって私は────。





「──で、ななみん。最近どうなのさ」


「どうってなにがですか?」


 真美さんが急に話題を変えるのはいつものことなので、私は慣れた口調でそう返した。


 会話に意識を割きながら敵に銃を撃ち牽制する。私達は今エムエムの練習中だ。


「そりゃー勿論恋に決まってるでしょ。何か進展した?」


「うっ……聞いちゃいますか、それを」


 私は意気消沈した。


 千早さんとご飯を食べに行って、確かに少しは仲良くなれた。

 ゲームっていう共通の話題も見つけられて一緒に遊ぶようになった。


 ……でも、それだけ。


 男女の仲が進展しているかと言われれば、残念だけど全くもってノーだった。

 それに千早さん、他の人とエムエムをやっている時があって中々誘い辛いんだよね……最近はあまり遊べていない。


「その感じは全く進展なし、ってことね」


「はい……」


 私は鬱憤を晴らすように敵に銃を撃ち込む。

 本気を出すと真美さんの練習にならないから最大限手加減して……でも少しならいいよね。えい。


 私の放ったスナイパーライフルの攻撃が敵の頭を撃ち抜いた。この武器は頭に当たると一撃で敵をキル出来る。画面に敵の死亡表示が流れた。


「あーーっ! ちょっとななみん一人で倒さないでよ!」


「話に夢中になってる真美さんが悪いんですーっ」


 私達はオフコラボをきっかけに軽口を言い合えるくらいに仲良くなっていた。

 ネットを通じて出来た唯一の友達。真美さんと遊ぶのはとても楽しかった。


「ほー、そんな口聞いちゃうんだ? 折角私が恋愛ビギナーのななみんにアドバイスを授けようと思ったんだけどなあ」


「アドバイス!? ごめんなさい、私が悪かったです!」


「ほっほ、素直でよろしい」


 真美さんは私が倒した敵から物資を漁りながら続ける。


「ななみん、あなたに足りないものが何かわかる?」


「足りないもの……?」


 なんだろう……魅力かなあ……?

 真美さんみたいなオトナの女性って感じの雰囲気が、どうしても私にはない。

 千早さんが私の事を全然異性として見てくれていなさそうなのは、そのあたりが原因なのかも。

 千早さんからすれば私なんてただの小娘でしかないのかな……。


「うう……」


 こんなことなら恋愛に苦手意識なんか持たずに、色々勉強していればよかった。


「何一人で凹んでるのさ」


「だって……私には何もなくて……」


「それ、他の人に言わない方がいいわよー。そんな可愛い顔して何もないなんて言ったら嫌味だと思われちゃうから」


「でも千早さんは私の事全然異性として見てくれないし……」


「それはね、ななみんに足りないものがあるからなの。それは――――積極性よ!」


「積極性……?」


「そう。私が見た感じ千早さんはあまり自分からグイグイ来るタイプではないわ。そういう人を落とすにはとにかく押して押して押しまくること。折角近くに住んでるんだから、もう適当に理由つけて家行っちゃいなさい」


「家に!? ムリ、絶対ムリです! 恥ずかしくて私どうにかなっちゃいます!」


「そんなこと言ってると、千早さん他の人に取られちゃうかもよー? ……そういえば一緒に仕事したバーチャリアルの子も千早さんと連絡先交換してたっけなあ」


「え……?」


 真美さんだけじゃなく他の子も千早さんと連絡先を……?


「……私はね、ななみんの恋が上手くいけばいいなって本気で応援してる。でも、他の子が千早さんと仲良くなるのを止める権利もないの。だから――――行きなさい、家に」


「…………そんなこと言われても……」


 いくら何でも恥ずかしい。

 家に遊びに行ってもいいですかなんて、どうやって言えばいいんだろう。


 ──そんな私がまさかすぐ千早さんの家に行くことになるなんて、一体誰が予想できただろうか。

 少なくとも私は心の準備なんて、全く出来ていなかった。

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