釣り師、革装備を調える


「――――ミスティ湖は王領の東側、リーブ伯爵領との境目にあります。ゲートがあるので、移動は心配しなくて大丈夫ですよ」


 ギルドの職員のお嬢さんが、地図を見せてくれた。

 ゲートがなんだかよくわからないが、移動の心配がないなら深く考えないでおこう。


「毎年この時季は、ポイズンフロッグの幼生の駆除依頼があるんです。成体になってしまうと好き勝手に跳んで出て行って近くの町に被害が出るので、幼生のうちに討伐してしまうんですよ。今年は魔素大暴風があったせいか特に多いらしくて」


「なるほど……」


 毎年、この時季に討伐していても、次の年にはまたポイズンフロッグの幼生がいるのだそうだ。

 町に出没した個体は自警団に討伐されてしまうので、成体になって北側の山に棲んでいた個体が戻ってくると推測されているらしい。


「――――ちょっとくらいなら湖に住んでいる魔魚やスワンプサーペントが食べるからいいらしいんですけどね――――あ、魔魚やスワンプサーペントも討伐報酬ありますので、とにかくじゃんじゃん釣ってください」


 なんか最後は雑な感じでまとめられたけど、釣り大会みたいで楽しそうだ。

 おたまじゃくし釣りならそんなに危険はなさそうだし、行くだけ行ってみようか。

 この依頼に関しては受ける冒険者の条件などもなく、現地で釣って仕留めて現地の冒険者ギルド臨時出張所に出せばいいとのことだった。


「わかった。それじゃ、装備を整えたら行ってみる」


「ミスティ湖へは21番ゲートをお使いくださいね。――――良き成果をお待ちしております」


 親切なギルド職員のお嬢さんに見送られて、ギルドのカウンターを後にした。

 出入り口に向かう途中、エントランスホールの奥に大きなクリスタルのようなものが何本も立っているのが見える。

 あれが、ゲートってやつか。

 でもまずは装備を整えなければいけないので、話の合間に教えてもらった武器防具屋が軒を連ねる“夢追い通り”へ行ってみることにした。



 ◇



『ニャニャ~(黒い牛がいます~)』


「……これ、本当に牛か……?」


“夢追い通り”を歩いていると、店頭に黒い牛っぽい生き物のはく製が飾られている店があった。大きくてなかなかの迫力だ。

 けど――――今にも羽ばたきそうな羽があるんだが……。牛って、普通は羽なんてないよな……?


「――――それナイトブルだよ。魔牛の一種」


 店からぬっと顔を出したのは、ものすごい美形だった。

 長い金髪が揺れ、彫りの深い顔に整ったパーツが完璧な場所にある。

 美形過ぎて男か女かもわからない。


「あれ? そのネコもしかして神獣? キミすごいんだね! よかったら私の店見てってよ」


『ニャ~ニャ~(お兄さんの魔力もすごいですー。ちょっと味見してみたいですー

 )』


 どうやら美形様は店主のようだ。

 声も中世的なんだよな……。と思ったら、シロがお兄さんと言った。たしかになんとなく骨格は男っぽいな。

 やっぱり真っ白なネコって珍しいんだな。すぐに神獣って言われた。

 ていうか、シロ。魔力を味見ってなんだ。余所様よそさまの魔力をいただくんじゃないぞ。

 俺は美形の店主に誘われるがままに、“守護の森”と看板を掲げた店へ入った。


「――――ナイトブルの革って防御力高いのか?」


「そうだねぇ、物理はそうでもないけど、魔法抵抗力がちょっとだけあるから人気だよ。ほら、これがそう」


 棚に飾られた黒い鎧が指差された。

 太ももを覆うほどの丈で、二の腕までをカバーする形だ。

 硬いが細かいパーツで作られており、動きを妨げることはなさそうだった。

 しかし……色がな……。テカっとして黒くて中二病っぽいというかなんというか……。魔王の配下か?


「革鎧の中でも割と軽いし、なんせこの艶! 黒くてかっこいいでしょう?!」


「あ、ああ……そう、だな」


「実際、ダンジョンでは目立ちづらいし、たいがいの場所で潜みやすいからね。まぁうちは染めた革もいろんなの揃えてるけど」


 少し得意気に美形店主が髪をかき上げた。


 ――――耳!! 耳、尖ってる!!!!


「エ、エルフ……?!」


 不躾にも声を上げてしまい、口を押えた。

 それに気を悪くしたようすもなく、店主は笑った。


「おや、エルフと会うのは初めて? 神獣を連れた少年くん」


「あ、ああ、初めてだ」


 獣人がいるのだからエルフがいてもおかしくはない……ような気もする。

 ということは、ドワーフもいるのか。


「武器防具といえばドワーフものがいいとよく言われるけど、エルフものも悪くないんだよ?」


 やっぱりドワーフもいるんだな。そしてゲームなどでよくある設定のように、仲悪そうだ。


「むこうは金属金属って不自然なもの使いたがるけど、うちのは自然ものばっかりだから魔法を妨げないし。――――なのに、金属の武器防具ばっかりもてはやされて、ニクイ……。あいつら、金属金属言ってるくせに革を扱わせても器用でいいもの作って人気で、ものすっごくニクイ……!! うちは閑鳥ひまどりが鳴いて飛び回っているのに!! くそードワーフめー!!」


 なんかものすごく鬱屈してるっぽい。こじらせてるのか。


「え、革の魔法を妨げない性質って、魔法使う人にはいいんじゃないのか?」


「魔銀の鉱脈が見つかったから、防御力もあって魔法を妨げない防具ががんばれば手の届く金額になったんだよー!!」


 美形店主はきーっと頭をかきむしった。

 美形が台無しだ。

 キラキラして世俗のことには興味がないみたいな種族かと思ってたが、エルフだっていろいろあるよな。


「でも俺だったら、少なくともグローブは革がいいけどな。細かい作業しやすいし。それにがんばれば手の届く金額の防具なんて買えないぞ」


「――――キミ、いいヤツだな。まだ成長するだろうし、中古とかどう? 新品よりだいぶ安いんだよね。買ってくれるならサービスするよ」


「釣り師なんだけど、どんな装備がいいんだ?」


「へぇ、釣り師? 珍しいね。じゃ、まずはハードレザーの胸当てかな」


 店主が出してきたのは、黒くてテカっとした胸当てだ。やっぱりこういう色艶なんだ……。そういう色と質感の胸当てだとちょっと剣道の防具っぽいよな……。


「ほらほら! かっこいいだろう?! この曲線! この艶! ほれぼれするよね?! これ、中古じゃないけど安くするよ!」


 曲線って言われてもよくわからん……。

 っていうか、それ、売れ残りなのでは…………?


「……他の色のってある?」


「……えー……? こんなにかっこいいのになぁ……」


 しぶしぶ黒艶はひっこめられ、次に出てきたのは黒に近い焦げ茶色の胸当てだった。渋くてかっこいい、艶消しされたマットな質感だ。

 そうそう、これだよ。こういうのがいいんだよ!


「これね、やっぱり冒険者の少年が使ってたんだ。売ってまた大きいのに買い換えたから――――持ち主が死んだ防具じゃないよ。安心して」


 たしかに、死んだ人が着てたのは抵抗あるかもしれない。

 身につけてみると、ぴったりだった。


「軽い……」


「これね、サンドリザードの革だよ。水に強いから釣り師にはいいかもしれないな。軽いけど刃物はちゃんと防げるし。高級品なんだけど、これオーダーメイドの中古だからサイズが合う人じゃないとだめで、売れ残ってたんだよ。キミ、ぴったりだし、どうかな? ――――あっ! もしかして黒の方がいい?! サービスで染めてあげようか?!」


「いや! 頼むから染めないでくれ!!」


 俺は断固として断った。

 わかった。この店主は、美的センスに難アリだ。それで客が少ないんだ。

 エルフって美しいものが好きで美的センスあふれるものかと思ってたよ。この店主が変わっているのか、エルフ全体的に中二病なのかはわからんけど。

 でもなんか人間味があっていい。親しみがわくというか。


 結局、胸当ての他に同じ人がつけていたお揃いの腕宛てと、あとは新品の柔らかい鹿革のシャツとパンツとグローブを買った。

 しめて30000レト。黒胴を10体釣れば買えると。

 なかなかいい買い物をした。





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