白樺林-1(隠された後遺症について)

日中。部屋の扉を二度叩けば少しの間をあけて、開いている、との声が返る。

「入るぜ。指輪の調整をしたんだってな。その後、調子の方はどうだ?」

医療局の世話になるのも久しぶりだ、と言いながらヴィクターは扉を閉じた。だが、肝心のリロイが見当たらない。どこにいると問えば、鈴が鳴る。奥の寝台の方からだった。


「横着だな。手が離せないのか? 出迎えくらいしてくれたって……」

布団の中で身を起こすリロイを見て、ヴィクターは軽口を引っ込めた。寝間着の上にガウンを着て、普段は出したままの金髪をナイトキャップへ収めているところを見るに、よほど具合が悪いらしい。何を言うか迷い、ヴィクターはたっぷり十秒考える。

「食事は取っているか? 何か入り用であれば買ってきてやる。欲しいものは? 薬は飲んでいるか?」

「……やかましい、質問は一つずつにしろ。食事は取っている。大人しくしていろと言われたから寝ているだけだ。別にどこか悪いわけでは……いや、ああ……」

流石のリロイも言葉のおかしさに気付いたらしく、言い訳を探すように目が動いた。何もなければ昼間からこんな格好で寝ているわけがない、それは言うまでもなく自明のことだ。


ヴィクターは余計なことを言わないよう、口をきゅっと引き結ぶ。リロイはしばし考えるようにしてから、困ったように話し始めた。

「怪我じゃない。病気かどうかは判断が分かれるところだが、少なくとも緊急性はない。……それと、そのことで話と頼みがある。時間はあるか? できれば……そう、このあとに」

「この後も何もしばらく暇だ。言わなかったか? いや、それ以前におまえも休みを貰ってるだろ。そういう話だったよな? 不安になってきたぜ……」

議長からの指示が降りて、といったところで、リロイはちょっと変な顔をした。

「予定はそれで合っているが、俺はヴィク個人の用事を聞いたんだ。空いてるということで良いのか? おい、寝台に座るな。そっちから椅子を持ってこい」

薄い手袋に包まれた手が感情も露わに部屋をさし、ヴィクターはやや面食らった。

「何をそんなに苛々している? 話があるんだったな、退いてやるから気にせず続けてくれ」

促せば、リロイは僅かにたじろいだようだった。どうにも調子が読めないな、とヴィクターは思う。ともかくスツールを持ってきて、座面に腰を落ち着けた。気怠げに俯く頭の方へ目をやれば、顔色はあまり優れない。だが、青ざめているという様子でもなかった。熱があるのか、少し汗をかいている。

「医療局には行ったんだろ? 調整の時に何かあったのか?」

「違う……いや、違わない。つまり、そう、直接の関係があるわけではない。だが、その話だ。今回の調査のことで少し……記憶領域の……いや、肉体のほうか。ともかくそこらに不具合が出ていて」


大事じゃないかと思ったのが顔に出たらしい。リロイは失敗したという顔で手を振り、言葉を取り下げた。だからこそ調整をしたのだろうと言い訳のように言葉が続く。釈然としないながらも、ヴィクターは頷いた。

「俺としては大丈夫かと聞きたいところだが…… 駄目なら医療局長が即時で強制入院させるだろうな。なにせあちらには面子もある。まあいい、そこまでは問題じゃないということだ」

「そう、そうだ。医術的な面に問題はない。生活にも支障は別段……」

「……命に別状がないのはもうわかった。それなら究極、なんの話なんだ? 結論から言ってくれ、まどろっこしいのはどうにも好かない」

「それは……」

見慣れないような顔つきをしたリロイが延々言葉を濁し続けるので、ヴィクターは不安になってきた。よもやどこかで入れ替わった偽物ではあるまいなと思うが、仮にそれが事実なら、それこそ医療局どころか女王が二人とも黙っていないだろう。


弱ったなと思って視線を向ければ、目を伏せていたリロイがくっと唇を噛む。何故睨むと思ったが、ヴィクターは黙っていた。噛んでいた唇が白くなる。そこでふと、険しい顔で黙っているのが怒りや苛立ちからではなく、口もきけないほどの痛みに耐えているのだと気付く。ヴィクターは泡を食って鎮痛剤を差し出した。

「……気がつかなくて悪い。あまり質の良い品でもないが、気休めにはなるだろう。口を開けて上を向け、すぐ水を汲んできてやる」

「いらない、やめろ」

顔を掴んで口をこじ開けようとするヴィクターから頬が潰れるほど顔を背け、リロイは口元に押しつけられた錠剤を押し戻した。

「心配りはありがたいが、今は使用を止められている。しばらくは自然に任せて大人しく過ごせとのいいつけだ、おい……おい、やめろといってるだろうが! ヴィク、聞いているのか!?」

「あ、ああ。要らないって言ったか? 言った? そうか、なんだ、治療の邪魔して悪かったな……」

「人の顔を強く掴むんじゃない。まったく、頬がこそげるかと思った……」

「悪かった、悪かった…… 」


しばし頭を悩ませて、打つ手がないと判断したヴィクターは座り直して足を組んだ。

「できることがないっていうなら仕方がないな。ああ、それで、結局頼みってなんだったんだ? この様子じゃ俺に使いっ走りをやらせようという話でもないんだろ?」

訊ねれば、リロイは目を見開いた。瞳孔がきゅうとすぼまり、布団の上に置かれていたヴィクターの手が握られた。

「……なんだこの手は」

返答の代わりにリロイは手の平を引っ掻いた。脈絡のない誘いの仕草に、ヴィクターは少し変な顔をした。

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