5.トナカイのソリに乗って

 まさかのエシェル来たーーーーー!

 そんなオレの心中をよそに、ダンタリオンはにやにやしている。


「エシェル……なんでこんなところに来たんだ……! あいつがいるんだけど」


 あいつ。イコールダンタリオン。

 この二人は犬猿の仲という言葉は合わないが、ダンタリオンは少なくともエシェルを嫌っている。なのにあの悪い笑顔と言ったら……


「! 忍、これはどういうことなんだ」

「ごめん。怪我したサンタさんの代打をしないとなんだ。でも一人人数が足りなくて……」


 相席することなどあり得ない状況がここに起こってしまった。

 忍がそれでもダンタリオンの提案通りエシェルを呼んだのは……


「サンタはお前らの宗教圏の聖人だろー? クリスマスも神の子の祝いの日だろー? そっちがメインのお前が助けなくてどうするんですかー?」


 嫌がらせか。嫌がらせなのか。

 ダンタリオンの意図はその通りだろうが、そう言われると二の句も継げないエシェル。

 く、と表情を歪ませているが……意外と短気だからあんまりいうとダンタリオン、お前が一撃喰らうことになるぞ。


 オレはエシェルの容赦ないっぷりも察してすでに久しい。


「あ、そっちがメインの宗教イベントなら……シスターも呼ぼうか」


 シスターマリア・バードック。

 シスターとして善意的な人ではあるがそっちはそっちで自分が嫌いな存在には容赦ない。

 どれくらい容赦ないかというと、手が滑りましたわ、とか言ってダンタリオンと毎回肉弾戦を繰り広げた挙句に、勝ったところを見たことはないが負けたところもみたことがない勇猛っぷりだ。


「忍、やめて。ここが戦場になる」

「じゃあエシェルに手伝ってもらうしかないか」

「エシェル、助けて」


 エシェルは……なんだかんだ言って人がいいので、オレが頼むと折れてくれた。今日ばかりは分が悪いとも思ったんだろう。


「仕方ないな……何をすればいいんだ」

「プレゼント配るんだって。ナビと置き配組に分かれて」

「わかった。僕はナビをするから秋葉は置き配で」


 すんなり受け入れすぎて置き配の言葉採用がおかしいことになっている。

 エシェルの頭の回転も相当いいから司さん同様サンタ服は勘弁、という判断で役を即断したということにオレが気付くのは相当後だった。


しかし、ダンタリオンの嫌がらせは今日に限って徹底している。


「サンタ服も用意しておいたぞ。細っこいからSサイズで」

「……馬鹿にしてるのか?」


 そう言いながらほれ、と目の前に吊るしてみせたサンタ服は白だった。

 白なのは幸いなのか、意図があってのことなのか。

 確かにエシェルは小さめに見えるけども。実際小さいのかどうかはよくわからないサイズ感だとオレは思ってしまう。


「エシェル怒らしたいんかあいつは」

「いつまでも作業に取り掛かれないが、解決方法は単純だぞ、秋葉」

「?」


 司さんが横からサンタ服をひょいと取る。それを忍の方に見せた。


「忍、エシェルには小さいらしいから。白の方がいいと言ってなかったか?」

「そうだね、そっちに着替える」


 そして受け渡しはあっさり完了する。取られた時ではなく、忍に声をかけたのを聞いて「あっ」とダンタリオンは小さく声を上げたがもはや万事、丸く収まった後だった。


「さすがだ。エシェルは着たくない。私はもはや赤を着ているため、白の方が遥かにマシ、という心理を巧みに利用している」


 自分の心理状態も客観的に観察しつつ忍はその場で上着から羽織り直す。サンタ服は元々ゆるめにできているので違和感はない。


「赤より落ち着くわ」

「仕方ないな……プレゼントは特殊部隊が先に配り始めるからお前たちは撮影に入るぞ」

「撮影……?」


 どこまでイベントを具現化させるつもりなのか。ここには姿を晒したい派はいないので、遠景からの雰囲気写真を撮るという。


「月をバックにそりを走らせるとか」

「高い! ってか上りなの? おかしくない?」

「サンタのポスターってふつう逆だったっけ?」


 サンタのトナカイは空を飛ぶ。駆ける、というべきなのか。引かれているソリも当然飛ぶ。シュールな光景だ。現在手綱を持っていたのは忍であって、オレはぐんぐん高度を上げるその疑問を呈したことを次の瞬間、後悔する羽目になる。


「プレゼントを配るなら下降か。じゃあここから……秋葉、知ってた?」

「なに?」

「スピードを操作するダイヤルがある」


 グリップについたそれを回す忍。下降、急加速。結果。


「ぎゃああぁぁぁ!」


 オレが絶叫。


 シャンシャンシャンシャン

 トナカイのソリに着いた鈴の音が静夜におごそかに響いた。


「……久々に絶叫マシンに乗った気分を味わえた」

「安全ベルトがないんだ、忍……もう二度とやらないでくれ……」


 言いながらもオレは二度と惨劇が起きないよう、手綱を隣にいる忍の手から取り上げる。

 その時、無線が入った。


『何やってんだー! 高速すぎて映らないだろう!』

「え、まさかのテイク2?」

『未確認飛行物体だよ! 正体不明の影が飛び去っただけで終わったわ!』


 ダンタリオンに怒られるがこれ、オレが怒られなきゃいけないやつか?


「もう一回上までか」

「今のはちょっと人の身ではできない体験だな」


 そりはなぜか前後四席になっていて、後ろに司さんとエシェルがいる。二人とも、全くなにも起こりませんが何か?みたいな顔をしている。

 オレがおかしいわけか?


 違うだろう。司さんは特殊部隊でエシェルもたぶん、人目のないところで普通じゃない動きができるだろうから、感覚的にオレが普通なはずだ。


「あ、特殊部隊の人だ」


 高所恐怖症とは無縁そうな忍に言われて眼下に目を向けると、白服の数人が視界に散らばって、だが一様にこちらを振り仰いで見学しているのがわかった。

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