日本の夏

(前編)灼熱の酷暑

東京を、灼熱の酷暑が襲った。


「暑い……!」

「なんでお前の方が汗だくなの、悪魔ってそんなに汗かくものなの?」

「暑いんだよ。日本はいつから熱帯気候になったんだ。というか人間はなんでこの暑さで平気な顔してるんだ」


本日現在の気温、36℃。

全く平気ではないのだが、まぁ、夏だ。


「エアコン効いてるだろ、外に比べればマシだよ」


異様に暑がっている魔界の公爵を前に、オレは外の熱波を想う。

その隣で忍が何か気になったのか、珍しく自前のスマホをいじっている。何が気になっているのかはすぐにわかった。


「過去の最高気温は2004年7月20日、39.5℃だそうです」

「今より暑いわ。その年何やってたっけ?」


いつものごとく魔界の大使館を定期訪問で訪れた面子は雑談に興じている。というか、ダンタリオンがずっとこんな調子なのでまともに会話にすらならないのだ。

一体どうしたというのか。


「過去は振り返らない」

「むしろ振り返れないくらい過去だろう。記憶にない」

「ツカサ~お前は憎たらしいくらい涼しい顔をしているな。霊装が夏仕様なのか? そうなんだろう」

「そうです」

「え、そうなんですか。いつもどおりの制服だから暑くないのかなと思ったけど、実は涼しいんですか」

「基本、外回りだから猛暑対策をしていないと死ぬだろ」


雑談が極まって来た。しかし、特殊部隊の比較的しっかりした生地の制服が実は涼しいらしいことは分かった。だからといって何も話は進まない。


「もう駄目だ、オレは死ぬ」

「むしろ悪魔が死んだらどうなるのか知りたいよオレは」

「そうだ、アパームのところへ行こう。あそこなら少しは涼めるかもしれない。見た目だけでも」


アパーム様は水の女神だ。天使襲来後に東京に根を張った神魔の住まいは大体自前なので、アパーム様の屋敷は青が基調で建物内を清流が循環している。見た目じゃなくても涼しい感じは確かにする。

そんなことを思い出していると、その発言の違和感に気付いたのは、忍だった。


「見た目だけでも……?」


つまり、行っても涼しくはならないということだ。ん? とオレも言われて違和を覚える。


「公爵、ひょっとして感度壊れてませんか」

「……オレは壊れていない。と思うんだがそうか。お前たちの平常運行具合は、暑さの感覚が違うのか」

「いや、神魔のヒトって基本、自分で熱波とかシャットアウトできるんだろ? アスタロトさん阿佐ヶ谷からシャーベット買ってきてくれたことあったよな?」


すっかり人間界慣れしてエアコンの効いた車で移動するどこかの魔界の貴族と違って、アスタロトさんは自分の足で歩くタイプだ。その時にそれくらいはできると言っていたことを思い出す。


そもそも神魔のヒトたちは出身次元が違うので、肉体の感覚が同じということ自体がおかしいとは思うのだが。


「それができねーんだよ。お前らが来る少し前くらいから急に暑くなった感じがするんだが……何かしてるか?」

「「「するわけない」」」


三人揃って否定。

そこへ噂をすればなんとやらなのか、アスタロトさんがやってきた。


「おや、みんな来てたのか」

「……珍しいですね、アスタロトさんが私たちが来る日を失念してるとか」


再び鋭く忍が違和感をついている。オレには全く感じなかったことだったが確かに。ダンタリオンとの外交中、アスタロトさんがここに来るときは大体こちらのスケジュールを把握している。

というか、ダンタリオンに用があってこの部屋を訪れるアスタロトさんというのが確かにあまり想像できない。


「実は出かけていたんだけど、急に感覚がおかしくなって戻ってきたんだ。ここに来れば情報が入っていると思って」

「残念ですが、こいつがそのことに気付いたのはたった今です」

「というか、アスタロトさんも『暑い』んですか? わかりづらいですが」


ダンタリオンほどうだってはいない。常日頃、涼しそうな顔をしているのがほとんど崩れていない。


「そうなんだよ。熱波も遮断できないし、建物に入っても涼しくない。外にいる神魔の内、暑さでやられそうなのは魔界出身だけだから、ここに来ればと思ったんだけど」

「残念ながら、こいつは何もわかってません」

「二度言うな。全然大事なことでもないだろうが! ってか、小遣いやるから何か冷えたもの買ってこい」


横暴が始まってしまった。


「あるだろ、この屋敷に。なんでオレたちがお使いに行かなきゃならないんだよ」


ダンタリオンはオレに指摘されて内線をかけている。念話とかなんとかそれっぽいものがないのだろうか。神魔の館の従者は基本、同じ出身の従者のヒトだ。


「……出ないな」

「倒れてるんじゃないですか」


熱中症。そんな言葉がオレの脳裏をよぎった。

司さんが無言で無線を取り出してどこかに連絡を取っている。どこかというか、特殊部隊の人のところだろう。会話の内容がこの事態に関係することだ。


「魔界出身と思しき神魔が、続々と救急搬送されているそうですが。俺も戻った方がいいか……?」


熱中症だよ。それ、人間が梅雨から真夏にかけてよくやられるやつだよ。


「救急搬送されたところで何ができるんだろうか」

「いや、事体は思ったより深刻だから。ていうか魔界のヒトの熱中症ってどうすんの」

「エアコンは体感できないけど、木陰は涼しいから木陰に放り込んで水をかければいいんじゃないのかな」

「「「………………」」」


発言をしたアスタロトさんにオレたち三人の視線が集う。

前言を撤回しよう。涼しそうな顔をして見えるけど、あのどこかフラットな感じは忍が疲れて、意識が少し飛んでいる時とよく似ている。


「自然のものはいけるってことですか」

「忍、そこ、真面目に反応するところか?」

「窓開けてミストシャワー的な何かを」

「やっぱりアパームだ。だったらオレは水神のところに行く。ハイヤー呼んでくれ」

「オレたちはお前の下僕じゃねーんだよ」


自分で呼べ。という一方で忍がどこかに出て行った。しばらくして戻る。


「すみません、厨房勝手に漁ってきました。冷製デザート」

「でかした! ……確かにこれは冷たく感じる」

「あと、魔界のヒトがのきなみ伸びていたので、応急処置を」


何をしたのかと聞くと、製氷機の氷を氷嚢っぽくしたらしいが埒が明かないのであちこちばらまいてきたという。まさかの部屋ごとクーリング作戦。

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