第4話 ロゼッタ姫、キレる


 わたくしとロゼッタ様は、晩餐会を早々に引き上げました。

 というか、ロゼッタ様が憤慨してわたくしの手を取り、自室に戻っていきました。


「どうして、そう、なるのよ!」


 にゃーん。にゃーん。にゃーん。

 部屋の扉を閉じたとたんに、わたくし、ロゼッタ様から手当たり次第に猫をぶつけられております。いつもの三倍くらいの量の猫でした。身体がにゃんにゃんで埋まっていきそうな勢いです。にゃーん。


 白いもふもふ、三毛のもふもふ、黒いもふもふ。

 にゃんにゃんにゃんにゃん。

 手のひらサイズの子猫にゃんから両手で抱えるデブ猫にゃんまでよりどりみどり。


 ああ、なんて役得。


「落ち着いてください姫様」

「にゃーにゃー」


 わたくしの声も、たくさんの魔法猫の鳴き声にかき消される始末。大声を出さねば聞こえないようで。


「落ち着いてください姫様!」


 八つ当たりなのですが、今回の八つ当たりに関しては分からなくもありません。なにせ、ロゼッタ様が狙っていた殿方をわたくしが掠め取ったわけですから。


 いえ。よくよく考えてみれば。

 わたくし手作りのお菓子なんかを食べさせるという真似をしたのですから、初めから異性としてお付き合いしたいというわけではなく、ただ単に悪戯をしてイケメンとの評判が高い隣国の王子様がのたうち回る様子を見たかっただけなのでしょう。

 ロゼッタ様はそういう方です。後先を考えません。


「フェリス、こうなることを見越して媚薬でも仕込んだんでしょ!」

「知りませんわ。わたくしだって何が何だか。説明して欲しいくらいでして!」

「うるさい。わたしを差し置いて結婚なんて許さないわ。フェリスはずっとわたしのそばにいるの! 一生ずっとおばあちゃんになるまでいるの!」


(えええ、さすがにそれは嫌です)


 ことあるごとに猫をぶつけられるご褒美があるとしても。一生ロゼッタ様のおもりをするのは嫌です。わたくしだって素敵な結婚に憧れもしますし、ロゼッタ様だって偽王女の任を解かれたら市井の人間として結婚もされるでしょうし。


 にゃーん。にゃーん。にゃーん。


 錯乱中のロゼッタ様。部屋にあるありとあらゆる調度類を全て猫にする勢いで投げつけてきます。貴族御用達のブランド、クラフト工房製のお高いティーカップ、スプーン、砂糖入れ、お皿。高級な紙で作られた本棚の本たち。


「いるの、いるの、いるったらいるの! わたしを一人にしたらダメなの!」

「いいじゃないですか孤独だって!」

「寂しいのよバカ!」

「…………」

「あたしはフェリスみたいに愛されないんだから! 何かしてないとあなた以外のみーんな無視してくるんだから! フェリスだけは傍にいなきゃダメなの!」

「そういう……?」


(ロゼッタ様は、寂しいからいつも悪戯を?)


 そういえばロゼッタ様は、女王陛下からも王配陛下からも、まともな愛情を示されたことはありません。影武者であることを考えれば当然のことかもしれませんが、当人のロゼッタ様は血のつながりがないことを知ってはおりません。

 一方で周りの人間は、素行の悪い偽王女であるロゼッタ様を敬して遠ざけ、あるいは王女としての地位のみを目当てに利用することしか頭にない人ばかり。


(普段の羽目を外した悪戯は、誰かに叱られたり、構われたりして欲しいから……?)


「ロゼッタ様、それって――」


 わたくし、猫をぶつけながらも、錯乱するロゼッタ様の顔から目が離せませんでした。

 ロゼッタ様の侍女として仕えてかれこれ六年以上。長年の疑問が氷解した瞬間でした。


「それって――」


 すっごく迷惑ですよ。


 いや、本当に。

 いつまでも子供じゃないんですから。

 

 ロゼッタ様の行動の責任はロゼッタ様にあり、ロゼッタ様が幼稚なのはロゼッタ様がどうにかすべき問題。主従としてお仕えしてはりますけれども、わたくしの人生をどうこうしていい権利なんてロゼッタ様にはありません。周りの人間に迷惑をかけていい理由にもなり得ません。というか、迷惑をかけるからこそ人が遠ざかるという悪循環に気づかないと。


 この感想はたとえ彼女が本物の王女だったとしても同じことです。ロゼッタ様はロゼッタ様。わたくしはわたくし。他の人は他の人。互いの地位がどうであれ、誰もが人間としては対等なのですから。


 にゃーん。

 にゃーん。

 にゃーん。


 猫たちが鳴きます。


「ばーか、ばーか、フェリスのばーか。おたんちん!」


 ロゼッタ様が泣きながら、わたくしに投げつけました。

 猫ではなく。


「え」


 調度類が転じたたくさんの猫に埋もれて、わたくしは油断していました。

 ロゼッタ様から放たれたティーポットは熱湯が入っており、そしていつものように魔法で猫に変わることなくわたくしの顔に向かって放物線を描きました。


「ぎゃあっ」

「フェリスっ!?」


 頬を焼く灼熱。

 熱魔法により紅茶を淹れるのに適温に保たれていた、つまり沸騰する直前の熱湯が、わたくしの顔へと注いでいきました。


 魔力切れ――


 後から思い返せば、そういうことだったのでしょう。ロゼッタ様には何らわたくしを害したいという悪意はなく、ただいつもより多くの猫を作っていたがために、ティーポットを猫にするには魔力が足りなかった。

 

「誰かっ、医者を、お医者様を呼んで! フェリスが大変なの!!」

「ああ、ああああっ」


 おそらく姫様は血相を変えていたのでしょう。熱湯をかぶったわたくしは両目を開けることができず、その場に転がってうめき、芋虫のようにのたうち回っておりました。


 助けは、すぐに来ました。


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