『塚原先輩は雨の日に』

中田祐三

プロローグ

 目が覚めると締めたカーテン、窓の向こうでは雨の音がする。 


 部屋の中では身体から出た様々な水分と空気が混じり、隔たれた壁と外とは少し違う湿度で満たされてた。


 クシャクシャなシーツの上、気だるい身体に汗をまといながら起き上がる。


 テーブルの上、ひしゃげて皺の入った煙草の箱がそこには一つ。

 

 そっとそれをつまみ上げる。 


 そういえばいつもこんな雨の日にあの人は僕の部屋へとやってきていたな。


 雨音を足音のように、濡れた髪の先へと伝う水滴がインターフォンなんて付いてない安アパートの扉をノックする度に垂れて床に丸い痕をつける。


「来ちゃった…いま、いいかな」


 まるで春先に発生する春雷のように決して大きくはないけれど、良く響く声で僕に問いかける。


「ええ、どうぞ…ビールも飲みます?」


 そして僕はいつの間にか約束していたかのように勝手に購入しておいたビールの残数を頭の中で確認しながら彼女とその香りと混在する湿った空気を部屋に受け入れる。


 それはまるで雨の日に傘を差すのが当たり前のようだった。

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