踏み越えて行く

 アラトの視界に、土の上に倒れた小柄な少女の姿が飛び込んできた。


 その先には、ビルのような巨体で膝をつき、少女を覗き込む猫のような姿の怪獣。

 一見すれば怪獣が少女を襲っているようだが、そうでないことがアラトには瞬時に分かった。


 ミーは嘆いている。

 そして心配している。

 自分の命を救ってくれた少女のことを。


 アラトは最後の力を振り縛ってジュンキに駆け寄り、崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。

 息はある。脈も。


 目立った外傷は無いので、おそらく驚いて気絶しているだけだろう。

 アラトはいったん安堵して、周囲を見回した。おそらくジュンキの体に向けて倒れてきたのであろう大木達は、綺麗に彼女の体を避け、Vの字を描くように倒れていた。


 これは偶然ではないだろう。


「お前が、守ってくれたんだな……」

 乱れた息と枯れた喉のせいでほとんど声にならなかったが、見上げるミーはかすかにうなずいた気がした。


 ジュンキはもう大丈夫だ、と目で精一杯訴えると、ミーもそれを承知したのかその場に立ち上がり、再度アストラマンの方へと振り向いた。


 揺れる尾と細長い背中の先では、宇宙服の巨人が先ほどから微動だにせず佇んでいた。

 怪獣と宇宙人の距離は三百メートルほどだろうか。

 ミーが背を向けている間その距離を詰めなかったのは、彼女もミーの行動の意味が分かっていたからだろう。


 彼女も、アストラマンも十分わかっている。

 ミーは決して凶悪な怪獣などではない。そんなことはわかりきっている。

 それでも、その存在は許されない。

 この戦いに悪はいない。

 いるとすればそれは……。


 アストラマンとミーが互いに腰を低く構える。

 一気に距離を詰め、肉弾戦を始めるのだと悟った瞬間、アラトの体はまた動き始めていた。

 ジュンキに駆け寄った時、くず折れてしまった足が、苦も無く立ち上がり、走り出している。


 いや、崩れ落ちてしまったからこそだろう。

 その一瞬の休息で、アラトの足は回復しきっていた。

 体力は既に無いが、足の痛みも全く無い。

 ならばあとは心と重力に任せて走ればいい。


 アストラマンが、ゆっくりと一歩目を踏み出す。

 今までで一番重く、じっくりと踏み出す一歩。その瞬間ミーも一歩を踏み出そうとしたが、同時に横をすり抜けて言ったアラトに気が付き、動きを止めた。


 一方の巨人は、生い茂る木々のためか、怪獣の足元を走るアラトに気付かず、踏み出した足をずっしりと地面に埋め込む。

 一か八かだが、アラトがミーを守る方法があるとしたらこれだけだろう。

 巨人が一歩踏み出す度、巨大な重量が地面を揺らした。


 ミーとアストラマンのちょうど中間の位置に着いたアラトは、アストラマンの歩幅を見ながら、バランスを崩さないように移動して立ち位置を微調整する。

 アラトの背後ではミーが二の足を踏み、次に自分がどうすべきかを必死に考えていた。


 しかし、その答えが出るころにはアラトは巨人に踏みつぶされているだろう。

 アストラマンが四歩目を踏み出したその時。踏み出された巨大な足が下りてくるその場所に控えていたアラトは、衝撃に耐えるため腰を下ろして、腕を頭上でクロスさせた。


 次の瞬間、アラトの両腕に四十メートルの巨人の全体重が乗せられ、組んでいた腕が沈んで頭に届き、釘を打つように全身を土の中に埋めた。

 人間の体を踏みつけてバランスを崩した正義のヒーローは、何が起こったかも分からないまま前のめりに倒れ、生い茂る木々に頭から思い切り突っ込んで豪快にすっころんだ。


 その後のことは、土に埋まっていたアラトは知らない。

 目の前に頭から倒れてきたアストラマンに、あるいは彼女に踏みつけられたアラトに、ミーが駆け寄りながら手を伸ばす。

 しかしさすがに戦い慣れているアストラマンは、想定外の事態にも冷静に対応し、瞬時に顔を上げると、頭上から伸ばされた手を受けためた。


 しかし、そこでまた想定外が起こる。

 アストラマンが怪獣の掌を受け止めた瞬間に、倒れていたはずのエコアースが怪獣の側面から襲い掛かった。

 バランスを崩しかねない大ぶりの拳がミーの眼前に迫った瞬間。


 アストラマンとミーが光に包まれ、その場から一瞬にして消え去った。

 奇襲攻撃を盛大に空振りさせたスーパーロボットは勢い余ってその場に倒れこみ、二度目のダウンに陥る。


 アストラマンが最後に足を踏み込んだ場所には人一人が入れるくらいの空っぽの穴が開き、風に吹かれた枯れ葉がその穴の中に数枚落ちていった。

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