歩いてみれば

「あんなに追いチーズしたらカレーの味分からなくならない?」

「カレーあってのチーズだから、大丈夫」

「カレー見えてなかったけどね……」


 夜の街はすっかり静寂に包まれていた。

 さっきは走ったりしていたから気にならなかったが、落ち着いてから外に出てみるととんでもなく寒い。

 露出した肌が切られるようで、アラトはポケットに手を突っ込んだ。


「寒くないの? それ」

「女の子の足をジロジロ見るなんて、やらしいねぇ……」

「ああ、うん」

「そういう反応が一番嫌だ!!」


 ニュースを見たところかなりあちこちに被害が出ているようだが、幸いというべきか、このあたりまで怪獣は来なかったので災害の爪痕は無い。

 遠くに揺らめいて見えた火も今は鎮火され、代わりに雲が晴れて月明かりが街を照らしている。


 街を見た途端にまた、昨夜の怪獣災害は夢だったのではないかという感覚が押し寄せてくる。

 しかし、寝ている間に圏外状態から復活した携帯を見れば、嫌でも目に付くニュースやSNSの通知が、これは現実だと何度も教えてくる。


 遠くからでも分かるほど常に明るい駅前の高層ビル群に、今日は一切明かりがついていないことも、時間のせいだけではないだろう。

 近所のコンビニもシャッターが下ろされ、看板の電気も切られている。

 二十四時間経営のコンビニが閉まっているところを見るのは初めてだった。


「なんか今日は星がよく見えるね」

「街の明かりが無いからなぁ。あ、街灯まで消えてる!」

「ほんとだ……なんだか危ないね」

「まあ多分大丈夫だよ。月明かりもあるし」

「今日満月だったんだねぇ。綺麗だなぁ」


 どうして自分は、夜の散歩にジュンキを誘ったのか。

 もうすぐ午前四時、十二月の夜明けはまだ先だが、すでに目が覚めてしまったアラトは寝なおさずに起きていることにした。


 しかしすることも無いのでとりあえず散歩に出ようとしたところで、アラトも起きたからと言って帰ろうとするジュンキになんとなく声をかけ、快諾され今に至る。

 アラトはなんとなく、夢の中にいるようなフワフワとした気分だった。


 白い息を吐きながら、十分二十分ととりとめのない話をしつつ、目的も無く歩く。

 歩いている間に体は段々温まっていき、寒さが全く気にならなくなってきたころ。

 まっすぐ伸びた道の先に、四階の辺りから上が吹き飛んだマンションと、道と周辺に散らばった瓦礫の山が目に入ってきた。


 その爪痕が、アラトを強烈に現実へと引き戻す。「田にかかる月」が、グネグネとうねる。


「ここ、通れないね。どうする? そろそろ帰る?」

「そう、だな」


 短い言葉を交わし、二人は元来た道を引き返す。


「なあ、ジュンキ……」

「……どうしたの?」

「怪獣って怖いか?」

「うん。怖いよ、すごく」

「……ミーもか?」

「ミーは違うよ! 怪獣だけど……怪獣だからって言うんじゃなくて……」

「じゃあ、ジュンキ」

「え?」

「俺が怪獣だったら、怖いか?」

「……なに、それ?」

「俺じゃなくても、ヒロとか宇喜田とか。もしも怪獣だったら?」

「何言ってんの」


 ジュンキは、おかしそうに笑った。


「アラトはアラトだよ。怪獣でもなんでも。アラトだったら怖くないよ!」

 はっきりとそう言い切ったジュンキに、アラトは思わず俯いてしまう。


 ジュンキがどんな顔をしているのか、アラトにはしばらく分からなかった。

 自分はなんて馬鹿なことを聞いたんだろう。

 ジュンキなら、こう答えることは分かっていたのに。

 歩調を速めてジュンキの二歩ほど前に出たアラトは、聞こえるかどうかくらいの声でつぶやいた。


「ありがとう、スミキ」

 言葉は返ってこなかった。なんとなく恥ずかしくなって、二人は二歩分の距離を保ったまま、何も言わずにしばらく歩いていた。


 ジュンキはそのまままっすぐ家に帰ることになり、アラトは家の前までジュンキを送る。

 一人になったアラトは、走って家まで帰った。

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