エコアース(上司との確執編)

「えぐっちゃーん、あの猫の怪獣まだ見つからないの~?」

「いい加減その呼び方やめてくれません?セクハラで訴えますよ?」

「目と声がガチなんだけど……」


 太良島ハルトは、赤糸市における対怪獣自衛軍のトップという立場に似合わない、情けない声を出しながら、子供のように舌をペロンと出した。


 ぼさぼさの髪と気崩した服さえなんとかすればそれなりに美形だという噂もあるが、長い前髪の隙間から覗く猫のように鋭い目は、裏で何を考えているか全く分からず気味が悪い。

 ニタニタと笑いながら余計なことばかり言う、締まりのない口からは、無駄に白く綺麗に並んだ歯が覗いている。


 コアスは、そんな上司を横目に見ながら己の不運を嘆く。

 忌々しいPR活動から帰って来ると同時に、諸悪の根源に出くわすことになるなんて!


 しかしその根源は、今日に限ってはコアスに朗報をもたらした。


「あ、もうそれ明日からは着なくていいからねぇ。こっちに戻ってきてもらうよ」

「え!? ほんとうですか!?」


 太良島は、コアスの体を包むエコアースのスーツを指さしながら、明日からはこれを着なくていいと、確かにそう言った。

 つまり、今日限りで屋外にテントを張って衆目にさらされたり、子供に蹴られたりするクソみたいなPR活動を終了することが出来る!


 もう「街の人間全員死んだら怪獣も自然にいなくなるのでは?」などと人間嫌いを加速させて本末転倒な思考に陥らなくても済むのだ。


「そのかわり~、やってもらうことがありまーす!」

 はい来たよこのクソ上司! 


 少し予想はしていたが、任を解いた瞬間にこれか!

 コアスは、うっとうしい前髪の奥で、ニヤニヤを浮かべて細くなっている目を全力でつぶしに行くのを、すんでのところでこらえ、続きを促した。


「それ……エコアースは、アストラマンに頼ってしまっている現状を解決するために提案してくれたんだったよねぇ?」

「はあ、まあそうですが」


 実を言うと、エコアースは急な宿題で締め切りに追われながら提案した企画なので、内容についてはそこまで深く考えていない。

 そのためコアスは、右目を少し細めながら煮え切らない返事をした。


 まあ、本部の方でも現状をあまり面白く思っていないのは知っていたので、そこに論点を持って行けばいいだろうと思ったくらいなものだ。


「えぐっちゃんの予想通り、正体不明の宇宙人だか何だか分からないものに手柄を横取りされてるのは、自衛軍全体でも体裁が悪いのよね。実際市内でも、僕らは無能なんて批判が出つつあるし。しかし怪獣が手に負えなくなってるのも事実」

 椅子の背もたれに深く体を沈め、にやにやとした顔のまま、太良島は続ける。


 軽薄な態度でありながら威圧感があり、掴みどころがない。表面上は笑みを浮かべて見せながらも裏では何を考えているか分からないこの男が、コアスは苦手だった。


「そこで、よ。ウチでもスーパーロボットを使うことになりました~!」

「スーパーロボットですか!? いや、ちょっと待ってください!?」

 スーパーロボットとは、自衛軍で開発された、対怪獣用の兵器である。


 スーパーロボットとは言うものの、アニメなどに出て来るものとは違い、人型でもなければ合体も変形もしない。

 アームや各種の兵器が搭載された超巨大戦車といった風体で、実用性に特化し、見た目は全く気遣われていないため、実物を見てがっかりするものの典型例として認識されつつある。むしろそれがいいという層もわずかにはいるらしいが。


 そしてこのスーパーロボットは、さらに残念なことに、特に怪獣の出現頻度が高い大都市では運用できないという致命的な欠陥がある。

 主な理由は、そのサイズ。


 巨大な怪獣に対抗するため二十メートル以上もの車高を持つガッカリ戦車は、当然横にも巨大であり、街中を走ろうと思えば片側三車線以上の大きな道路を必要とする。


 赤糸市にもそんな道路は少ない。

 しかも、車体の上から伸びるアーム類は更に横に広がっており、下手に動かそうものなら周囲のビルをなぎ倒しかねない。

 怪獣と戦おうとすれば、建物をなぎ倒して進まねばならず、もはや怪獣を放置しておいた方が被害が軽微になるという残念さ。


「ちょっとついておいで。良いモノ見せたげるからさ」

 そういうと同時に立ち上がった太良島は、コアスの返事も聞かずに部屋の奥の扉を抜けて行ってしまう。


 仕方が無いので、コアスもスーツを脱がないままその後を追うことにした。


 本部の建物の中でもほとんど入ったことの無い一角。

 初めて見る扉を、カードキーでパスして抜けた先には、人一人が通るだけで精一杯の狭い廊下がずっと奥まで伸びていた。


 床も壁も天井も、周囲がすべて金属でできているようで、薄暗い照明も相まって無機質な冷たさを感じる。

 太良島はその廊下を躊躇なくスタスタと歩き出し、コアスもその後に続いて恐る恐るその中に足を踏み入れた。


 長い、長い廊下の先。

 どこに向かっているのかは聞いていないが、方向から見て戦闘機などが置いてある格納庫の方だろう。


「実はこれを見せたくってえぐっちゃんを待ってたんだよぉ~」

「セクハラ」

「……そんなに僕と会話するの嫌?」


 太良島はニヤニヤとした表情と軽薄な声のまま、言葉だけはショックを受けたように、馬鹿な質問をする。


 当然、嫌に決まっている。

 しかし、さっきの言葉で納得がいった。


 普段は定時でとっとと帰ってしまうこのクソ上司が、何故こんな時間まで残っていたのか。

 そして、その用事を明日に回さず今日残ってまで果たそうとしたということは、おそらく次の任務はこの瞬間から始まっている。


 こんな時ばかりは自分の理解の良さが嫌になる。

 コアスと三歳しか違わないこの男が、若くして怪獣都市の自衛軍支部でトップを張っていいることからも分かる通り、とんでもない傑物だということを、普段のいい加減さを見た上で、肯定しなければならないのだ。


 どれだけ必死に否定しようとも、頭の奥の方では認めてしまっている。

 コアスは、若きエリートである自分の前に立ちはだかるこの大きな壁が、何より苦手だった。


「これは……」

「ね? 凄いでしょ~?」


 格納庫に隠されていたそれに、コアスが呆気にとられる。

 その様子に満足したようにまたニヤニヤと笑い出した太良島の、面白そうに細められた瞳が、わずかに光った。


「じゃ、今日からお願いね、エコアース♡」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る