作戦会議

「本当に、申し訳ございませんでした! このお詫びは後日また改めて……」

「いえ、まあ事情を聞いて納得したので大丈夫です。いつも守っていただいている訳ですから、お仕事も忙しいでしょうし、もう来ていただかなくて結構ですので」

「いえっ! そういうわけには!」


 青い顔をして玄関先で頭を下げ続ける江口に、アラトは大丈夫だからと何度も声をかけていた。

 正直、早く帰ってほしい。


 結果的にこの人たちは間違っていなかったし、自業自得といえばあまりにも自業自得なので、この人たちを責める気にもなれない。

 むしろアラトが謝らなければならないくらいだが、それをやってしまうと今まで必死に隠してきたことがすべて無駄になってしまうのでグッとこらえる。


 ようやく帰っていった三人を見送り、十分マンションの周りから離れただろうというところで、ジュンキが電話でヒロを呼び戻した。


 そして五分後、何故対怪獣自衛軍が訪ねてきたのか全く説明を聞いていないヒロが、ミーを抱えて玄関から帰ってきた。


 全ての始まりは三時間前。

 アラトとジュンキが帰り道でエコアースを名乗る怪人に出会ったところからである。


 怪獣はM波という固有の電磁波か何かを発しており、そのM波はしばらく近くにいた人や物にも伝播する。

 最近、そのM波を検出する装置が開発され、エコアースの中に入っていた江口さん(ここが一番驚いた)が、その装置を使ってアラトとジュンキからM波を感知したというのだ。


 そのため、急遽街中でM波が感知される場所を探したところアラトの住むマンションで強い反応があり、訪問してみたところアラトが出てきたため部屋の中に怪獣がいると確信し、踏み込んできたのだという。


「え、じゃあその機械めちゃくちゃ正確だったんじゃん!」

「そうなんだよー! 『こんな誤作動は初めてのケースですけれど、まだ新しい技術なのでもしかしたら把握できていない不具合があったのかもしれないです』って。でもこれヤバいよね!?」


 やや興奮した調子のジュンキが、大袈裟な身振り手振りやモノマネを交えながら早口の説明を終えると、アラトはジュンキにミーを渡した。

 ジュンキは小さな怪描を抱きしめると、気分が落ち着いたのかやや緩んだ顔でぺたんと床に座り込んだ。


 小学生みたいな情緒だな、とアラトは思ったが、あえて何も言わずにそれを見つめる。


 リビングのソファに腰掛けて説明を聞いていたヒロは、納得したように頷き、カバンから取り出したペットボトルのスポーツドリンクを半分ほど一気に飲んだ。

 既に十二月に入り外は寒いが、激しい運動をした後で暖房の効いた部屋に戻って来るとさすがに暑いようで、夏場に軽く運動をしたくらいの汗をかいている。


 ヒロは、対怪獣自衛軍の三人が部屋に上がって来たとき、咄嗟にミーを連れて窓から脱出していた。

 足音とアラトの声を聞き、何やら分からないが、来訪者が強引に家に押し入って来たらしいことだけは悟った三人は、なんとかミーを隠す手立てはないものかと思案し、その中でヒロが唐突に窓を開け、外へと躍り出た。


「いや待て、ここ四階だぞ」

「ほら、あの部屋の窓、手を伸ばせば届くくらいのところにベランダがあるだろ? マンションにもよるけど、ここのマンションの外壁は意外と出っ張ってるところ多いから、上手くやれば登れちゃうんだよ。小学生くらいの時にやってたの思い出してな」


 はて、アラトの思い出せる範囲では窓から手を伸ばしてもベランダには届かなかったような。

 どれだけ身を乗り出した状態ならそんなところに手が届くんだ?


 まあなんにせよ、実際に部屋から消えて玄関から戻ってきたことを考えると、本当にそれをやったんだろう。

 手順は逆だが、それでマンションの上層階に忍び込む泥棒の話も聞いたことがあるし。


「で、窓の外に出たところに丁度足場になる所が有ってな。そこでジュンキからミーを受け取って。まあかなり暴れられたけど押さえつけながらベランダに乗り移って、それから下に降りて。地面に降りてからは人気のないところ探して隠れてた」

「待て待て、待ってくれ! それはさすがに無理だろ!」


 想像してみたところで、アラトは身震いしてしまう。落ちたらどうするつもりなのか。

 そんな危険な行為を咄嗟の判断で、しかもあの三人の目から逃れるような速さでやってのけるなど人間業ではないように感じる。

 アラトならミーを抱えるどころか一人でも落ちる自信があるし、考えるだけで胃が痛い。


「まあ私たちも目の前で見てて信じられないからね……」

「大崎くん、本当に地球人?」

「いや、ああいうのは見てるほど難しくないんだって! 俺は鍛えてるだけでちゃんと人間!」


 宇喜田うるちの「地球人?」という問いが少し引っかかったが、そういえばこの子は宇宙人設定なんだった、と気にしないことにする。

 とりあえずすべてが落ち着いたところで、ヒロが鼻の穴を広げた満開の笑顔で切り出した。


「よし、じゃあ宇喜多さんも俺もしっかり共犯になったところで改めてこれからどうするかだな」

「え?」

「また今みたいなことがあるかもしれないし、いざという時人数は多い方がいいだろ?」


 なんだかとんでもないことを言い出した。確かにヒロの言っていることは正しい。が、これ以上人をを巻き込んでしまうのはアラトの望むところではない。


「ま、まあ確かにそうだけど……でも……」

「宇喜田さんも、良いよね?反対だったら、さっきの人たちに俺とこいつを突き出してるだろうし」

「分かった。危険があるならさっさと処分するけど、今はジュンキのことを信じる」

「キタさん……!! でもジュンキって呼ばないで!スミキだから!」


 素直にヒロの言うことを聞いてしまうジュンキと、泣きつく彼女に「そうなの?」と応じている宇喜田うるちの二人を見て、この二人はいつからこんなに仲良くなったのだろうといぶかる。


 というか、ちょっと待ってくれ。

 まさかこの四人でミーの世話をし続けるのか?あんなのがまた来るかもしれない以上、ジュンキもヒロも巻き込みたくない。


 宇喜田うるちとはまだなんとなく気まずい。

 そんな状態でやっていけるものか?


 そこまで考えたところでアラトの胃腸への負荷が最大値に達し、アラトは席を立った。

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