アストラマンと対怪獣自衛軍

 今回の怪獣は、鳥のような姿をしていた。黒いくちばしとその根元に乗った眼鏡のような鼻こぶ。

 全身を覆う灰色の羽毛の首元の一部だけが緑っぽくなっているところを見ると、元になったのは鳩だろうか。


 しかし鳩でも怪獣には違いない。

 近くの建物と比べて考えると、大きさは大体四十メートルほどか。前回の「ラジゴ」が五十メートルと発表されていたのでそれよりはかなり小さいということになるが、通常の鳥類と比べれば十分すぎるほどに巨大だ。

 鳥類最大のダチョウですら二・五メートルなのだから。


 そして何より、鳥類には相応しくない強靭な手脚。

 羽の代わりに生えた腕は太く筋肉質で、自分が飛ぶ代わりに相手を吹っ飛ばしそうだ。


 まさに大怪獣といった巨体が重量のある脚を運べば、二階建ての一軒家などあっけなくぺしゃんこになってしまうことだろう。


 アラトの目算が間違っていなければ、おそらく今怪獣がいるのは片側三車線ある大きな幹線道路のあたりだ。

 家が潰されることは無いだろうが、通行止めや渋滞が多発するのでそれなりに被害はあるだろう。流通にも多少の影響が出かねない。


 怪獣が出た次の日は店の商品が少なくなっている、というのはよくある話だ。

 だが、逆に言えばあれほど大きな怪獣が出てきてお被害はその程度なのだ。


 いちいち地域中の人間が避難する必要も無いし、死人どころかけが人が出ることすら少ない。


 それはおそらく対怪獣自衛軍のおかげによるところが大きいだろう。

 怪獣の出現から十分も経っていないというのに、既に怪獣は三機ほどの戦闘機に囲まれていた。対怪獣自衛軍の物だろう。


 対怪獣自衛軍というのは、三十年前から全国で相次ぐ怪獣の出現とその被害に対応するために設置された、国立の機関である。怪獣への対応は当初自衛隊が担っていたが、その出現頻度が増したことで自衛隊では追い付かなくなり、二十七年前に設置された。


 自衛軍の支部は全国にあるが、全国屈指の怪獣都市である赤糸市の支部は特に規模が大きい。

 怪獣が出現すれば直ちに戦闘機と装甲車が出動し、市民の安全を確保しながらあっという間に怪獣を駆除してしまう。


 戦闘機が怪獣と戦っている光景はまるで特撮映画のようだが、画面の中から出てきて現実に置かれてしまえば大したものではない。

 周辺の住民や建物への被害を出さないために、よほどでないとミサイルなどは撃たないし、怪獣に叩き落されないために必要以上に近づくことはしない。


 一定の距離を取りながら哨戒し、怪獣の移動を阻害し、隙を見て麻酔弾を撃ち込むのが最近のやり方らしい。動きが鈍くなったところで太いワイヤーを使って拘束、眠っている間に殺処分をする。


 以上がアラトが小学生の時、社会科見学で教わったことだ。

 赤糸市の小学生は全員対怪獣自衛軍赤糸支部の見学に行く。


 しかし、最近は出て来る怪獣も巨大化し、麻酔弾の危機が遅くて上手くいかないことも増えているとニュースで言っていた。

 どうやらそれは本当のようで、戦闘開始から五分ほど経った今でも怪獣は元気に暴れまわり、少しずつ移動している。


 そんな怪獣と戦闘機の戦いを横目に、アラトは公園の出入り口付近にある自動販売機まで足を運び、お茶を買っていた。

 十一月も下旬になってくると急に気温が下がり、先週まで着ていた薄手の上着では肌寒いほど冷える。あったか~いペットボトルでかじかんだ手を温めながら、ぬる~いまで温度が下がるのを待つのがお腹の弱いアラトの習慣だった。


 さて、そろそろか。


「あ、出た」

 突如、怪獣の目の前に巨人が現れた。


 ただの巨人ではない。鏡面のヘルメットで頭を覆い、白く太い体に、箱のような物を背負っているその姿はまるで、宇宙飛行士。


 怪獣と同じく四十メートルほどもある巨体を地上にいながら宇宙服で覆った巨人は、次の瞬間には怪獣の首元に腕を絡めヘッドロックをキメた。


 四ヵ月ほど前からこの町周辺に出現している正体不明のこの巨人は、身長四十メートル体重二万トン宇宙の彼方からやってきた正義のヒーロー……かは分からないが、今のところ人類の味方だろうということになっている。


 なっているというのは少々訳ありで、この巨人は怪獣が出てきたときにだけ現れ、怪獣と戦い、怪獣を倒した途端にどこへともなく消えてしまうのである。


 コミュニケーションは全く取れないが、この巨人による被害などが特に出ていないことから敵対勢力ではないと判断。

 対怪獣自衛軍の攻撃対象からも外されたらしい。


 あの宇宙飛行士の巨人は特撮ヒーローのように扱われ、SNS発信でこう呼ばれ始めた。

「アストラマン」と。


 宇宙飛行士の「アストロノーツ」と某光の巨人から取ったのだろうが、中々に秀逸だとアラトは思っている。

 これが映画であれば批判が殺到しそうなネーミングだが、基本的にこのニックネームで受け入れられている。

 彼自身がどう思っているのかは知る術も無いが。


 翼代わりの太い腕を振り回し、なんとかヘッドロックを抜け出した鳥怪獣は、太いくちばしでアストラマンをどつく。

 なるほどバールのような物とはああいうものかと思いながら、アラトはぬるくなってきたお茶に口をつけた。


 右腕でくちばしを受け止めたアストラマンは、一瞬痛がるように右腕を庇う仕草を見せたが、すぐに持ち直して右足で顎を蹴り上げると、がら空きになった喉に手刀を叩き込む。


 街に被害を出さないためか、アストラマンは小ぶりに戦うことが多く、締め技も多用している。

 こういう所も人類の味方ではといわれる所以だろう。


 鳥怪獣が怯んだところで戦闘機からは麻酔弾が撃ち込まれる。こうして、人間と巨大な宇宙飛行士の連携で怪獣はたちまちに倒されていく。

 そして人々は、普段の平和な暮らしに戻っていくのだ。


 破壊された場所はすぐにでも修理され、ときには怪獣による破壊を機会にスクラップアンドビルドが行われることもある。そうして街は回っていく。

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