宇喜田うるち

「煙野くんは、何か、怪獣と関わりがあるの?」

「え!?」

 アラトが、学校一の美少女こと宇喜田うるちに呼び出されたのは、それから二週間後の事だった。


 授業のある時間には教師や生徒が行き交う特別教室棟だが、最上階にある音楽室以外は部活動で使われることも無く、放課後に一階や二階を通る人はいない。


 グラウンドからかすかに聞こえてくる運動部の掛け声と上から降ってくる管楽器の音をBGMに、一階と二階を結ぶ階段の踊り場で、黒く武骨な髪留めが、窓からの夕日に照らされて光沢を放っている。


 さらりと流れる長い銀髪を、オレンジの自然光で照らされた宇喜田うるちはとても綺麗で……アラトは顔を歪めて、キリキリとした胃の痛みに耐えていた。


 昼休み、ヒロの誘いを断り一人で弁当を食べていたアラトは、突然彼女に声をかけられた。

 アラトの席の前に立ち、上から、長い銀髪が頬に触れるような距離まで顔を近づけ、他の人には聞こえないような声で一言「放課後、特別教室棟の一階に来て」と。


 その時からなんとなく嫌な予感はしていた。

 今まで全く接点のなかった女子に呼び出された。しかも相手はミステリアスな美少女である。

 無愛想ではあるが密かに彼女のことが気になっている生徒はクラスにも多く、クラス中の男子に睨まれ、女子からは好奇の目を向けられる。


 ヒロとジュンキもこちらを見ているのに気付いたが、そちらはまた何か種類の違うものだったように思える。

 宇喜田うるちは一言告げるとすぐに自分の席に戻り、購買で勝ったらしいパンを食べ始めた。


 困ったのは残されたアラトである。

 アラトは依然クラス中から注目を受けており、とうとう胃が耐えられずに教室から逃げるように出ていった。


 去り際に「あの二人って仲良かったのか?」という声が聞こえてくる。

 そんなわけが無い。

 痛くもない腹を探られるという言葉があるが、探られたせいで胃が痛い。


 その痛みは昼休みが終わってからも続き、午後の授業を受け、放課後を迎え、そして今の彼女の言葉にその痛みが一層強くなったところである。


「いや、なんで、俺が怪獣と?」

 宇喜田うるちの淡々とした声に、アラトは内心ドキッとしながら慎重に言葉を紡いだ。


 たしかに、アラトはこの二週間ミーと名付けられた小さな怪獣と一緒に住んでいる。少しは慣れてきたとはいえ、まだまだ扱いきれずに今日も寝不足気味である。しかし、そんなことが分かるわけが無い。


「怪獣の気配がするから」

 いやいやいやいや、何を言い出しちゃってるの? 気配? 怪獣の? 


 いや、これはもしかしてディスられているのか? 図星を突かれた焦りが一転、違う方向への焦りに変わった。


「あの、怪獣の気配って何ですか」

「怪獣と呼ばれる突然変異体には通常の生物とは違う気配がある。普通の人には感知できないけど」

「つまり、宇喜多さんにはその気配が分かると」

「そう」

「つまり、宇喜多さんは普通の人間ではないと」

「そう」


 もう、何と言うか。ねじれている。

 胃腸が雑巾でも絞るようにひねられ、断末魔の悲鳴を上げている。


 ここに来る前から感じていた嫌な予感は的中した。

 アラトは、表情を一切変えず抑揚のない声でインパクトありまくりな発言を重ねる目の前の少女の澄みきった瞳から、今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。


 しかし、足がすくんで動き出すことが出来ない。

 やむを得ず、アラトは視線を逸らしながら俯いた。


「私は、宇宙人だから」

 その言葉にアラトが顔を上げると、変わらずこちらを真っ直ぐ見つめる宇喜田うるちと目が合った。


 顔も目も、さっきから微動だにしていない。

 変わらずにアラトのことを真っ直ぐ見つめている。


 改めて見ると、色素の薄い網膜は蒼のような、緑のような不思議な色をしていた。

 日本人離れしたその瞳の不思議な色を見ていると吸い込まれそうなおかしな気分になる。


 二つの美しい宝石を注視しながら先ほどの言葉を租借したアラトは……。


「なんだよ、それ。何言ってんだよ!」

 胃の痛みも忘れるほどムカついていた。


「じゃあ、クラスの人たちと関わらないのも自分が宇宙人だからって言うのか!?」

「私は、地球人との関わり方がまだ分からないから」

「そう言ってみろよ。みんなの前で自分は宇宙人だからどうしていいか分からないって」

「正体を知られるわけにはいかない」

「俺には言ったのに?」

「あなたには、怪獣の気配があるから」


 その瞬間、アラトの頭にはある考えが浮かんだ。違う、この女は宇宙人なんかじゃない

 。怪獣の気配なんてのも嘘っぱちだ。


 人と関わらないようにしている自分に勝手に仲間意識を抱いて寄ってきただけだ。

 普通じゃない、と。


「そうやって! 自分は他人とは違うみたいなの! やめてくれ!」

 嫌悪感を抱いても、相手を傷つけたり怒らせたりするような度胸も無いアラトは、それだけ言い捨てて階段を駆け下り、昇降口へと去っていった。


 一人ぽつんと取り残された宇喜田うるちはアラトの消えて言った方向を睨みながら、少し見ただけでは分からないほどわずかに口角を下げ、不機嫌を顔で表していた。

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