怪獣都市

甘木 銭

プロローグ‐怪獣の街‐

 今日もまた、怪獣が出現した。


 映画の中から出てきたような、ビルと並ぶほどに巨大なモンスターが、映画に出て来る怪獣の姿そのままに大音量の咆哮を上げながら、ゆっくりとビルの間を練り歩いている。だが、これは映画ではなく現実だ。


 肌寒くなってきた秋の日。のそのそと動く影のように黒い獣は、雲一つない青空に向かって伸びるビル群の中にきれいに溶け込んでいた。


 真っ直ぐに立たせたティラノサウルスを巨大化させてさらに肌をゴツゴツさせたような、言ってしまえばとても分かりやすい王道の姿をした怪獣。爬虫類的なフォルムから見ても、おそらくベースはトカゲか何かだろう。


 今月はまだ始まったばかりだというのに、さっそく一体目が出てきてしまった。ここ数年、怪獣の出現頻度は特に増加している、らしい。


 歩きながら読んでいた文庫本から顔を上げ、一キロメートルほど向こう、咆哮を上げながら周囲をぎょろぎょろと見渡す怪獣を、手元のスマートフォンで撮影する制服姿の高校生がいた。


 少しウエーブのかかった髪は、セットしている訳でもないのに重力に逆らったような形をしている。携帯のカメラを突き出す長めの腕は白いシャツに手首まで包まれ、程よく整っているはずの顔には、不機嫌そうに細められた目が暗い印象を貼り付けていた。


 煙野けむのアラトは怪獣を見かけたらとりあえず撮影するのが習慣になっていた。怪獣の大きさは五階建ての建物くらいか。最近出てきたものの中ではやや小型だが、写真を取っておけば休憩時間の話題くらいにはなる。


 そのまま学校へ向かうために歩行を再開し、マナー違反だと分かってはいつつもSNSを開き画面を指でなぞると、タイムラインは怪獣の話題で埋め尽くされていた。写真に動画に、アラトが撮ったものとはまた別のアングルから撮られた怪獣。


 特別に騒ぎ立てる者も、命の危険を訴える者もいない。ただの日常として切り取られたそれらは、一瞬で消費されるコンテンツになり、タイムラインの流れの中に消えていく。


 この怪獣による電車への影響は無いらしい。なるほど、確かに怪獣のいるところは駅とも線路とも反対側だ。あれでは電車に影響など出るわけが無い。アラトは電車は使わないが、こういった情報がすぐに共有されることにいつも感心する。


 アラトはしばらく画面を見ていたが、すぐに端末をポケットにしまうと、再び本を開きながら歩き出す。わずかな振動音が聞こえてきてアラトが顔を上げると、目の前を大型のトラックが横切った。


「うおっと!」

 いつの間にか十字路に差し掛かっていたらしい。あともう二歩前に出ていたらトラックに轢かれるところだった。


 どうにも最近周囲への注意というか、危機を感知する能力が落ちている。十分注意しないといけないぞ! と改めて自分に言い聞かせてから左右を確認し、信号のない小さな横断歩道を渡ると、頭上を戦闘機が通り過ぎていった。


 怪獣の咆哮が響いて来たのでそちらに目をやると、大きな宇宙飛行士が怪獣の前に立ちはだかっているところだった。

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