038

「貴様が最近虐殺を繰り返している者かッ!」

「あ?」


 ローゼズ――グレーゲル・リアステッセイが、きらりと光る刀剣を向けた先に居たのは、イリアル・レスベック=モアである。

イリアルはノーンが生成した仮面をかぶっており、ひと目見ただけではイリアルだと分からないだろう。

 仮面――だけではなく、衣服にも血液が飛び散っていて、この場所で起きた惨状の原因がこの人間だとよく分かる。

イリアルの背後には、同じく仮面をかぶったノーンとペトラが待機していた。ノーンはいつも通り本を読み、ペトラは令嬢よろしくしゃんと立っている。


「おー、当たったね」

「だろう? 面を用意して間違いはなかった」

「どうせ死ぬのですから、不要と思ったのですが……」

「良いであろう! こういうものは形から入るとよいのだ。……だがまぁ、邪魔だな」


 一番小さな娘が仮面を外す。中から現れたのは驚くくらい可愛らしい少女・ノーン。

外した仮面は炎に包まれて一瞬で消えた。灰すら残らず空中でかき消えてしまった。

隣に立っていた少女――ペトラも仮面を外す。仮面は気付かぬ内に、空中のどこかに消えていた。

答え合わせをしてしまうと、暗闇の手腕ボスオブイリーガルで亜空間に隠しただけなのだが。


 そして最後の一人、イリアルが仮面を外す。どれだけ定位の貴族であろうと、この顔は誰もが知る存在。

生ける化け物。


「い、りあるさま……!?」


 後退りする。あの誰もが恐れおののく化け物貴族が、人殺しをしている。

そしてその顔は微笑みに満ちている。――これは、殺人この行為は、趣味だ。楽しんでいる。喜んで殺している。

 一歩、二歩、と後ろに下がれば、扉がやって来る。先程グレーゲルがこの部屋に入室した扉が。

右手でドアノブに触れた――触れたかった。あるはずのドアノブは存在せず、振り向いてあるのは壁。囲まれた壁の四方を見るが、先程まで存在していたはずの窓がいつの間にか消失している。


「お仲間は五人でお間違い無いですの?」

「は!?」


 グレーゲルの額には汗が吹き出ていた。まるでサウナに入ったかのように。

グレーゲルはペトラの方を向いた。ガタガタと震え目を見開いている。――なぜ、人数が割れている?

 隠密に長けるものを雇ったはず。いざとなったら簡単に魔物ですら倒せる屈強な男達を選んだはず。


 グレーゲルは焦りながらも、左右の手で必死に出口を探す。ノーンが魔法で逃げ道を消したのだから、あるはずがない。

あったところで、ただの人間であるグレーゲル・リアステッセイなどには、見つけようも生み出そうも逃げ出そうも不可能である。


「まぁいいですわ。ルシオとエレーヌはそのまま巡回、アウリ、フレデリカの二名でこの近辺の警護。ライマーは……まぁそのへんで死ななければ良いですわ」

「我も見てみたが他に居そうにない」

「うふふ、有難う御座います。ところで――」

「な、何なんだよお前らぁあ!!!」


 グレーゲルが混乱と恐怖から激昂したところで、イリアルが手に持っていた鈍器――メイスで男の足を殴った。

片足がやられ、痛みと骨折から体勢が崩れる。壁に触れていた背中はそのまま倒れ込み、床へと突っ伏した。


「うちのペトラが喋ってんだろう、がッ!」

「い、ぎぃいいああぁ! いだいい、いだっ」


 もう片足、腕、指と細かく細かく砕いていく。

当然だがこの部屋にはノーンの仕掛けた完全なる防音魔法が張られており、どんな悲鳴が出ようが外に音が漏れることはない。

 イリアルが殴り続けて、男は声すら出さなくなった。しかし多少なりとも息はある。

ノーンは彼に治癒魔法を掛けた。完璧で最上で最高で至高の。一瞬にして傷が回復し、男は困惑する。痛みすらない、そこら辺の冒険者では到底辿り着くことの出来ない領域の魔法。


「なん……、でッ、ああぁあ!!」


 そしてそこに、一発。思い切り振ったメイスが襲う。同じ箇所を何度も何度も、砕いて治して崩して戻して。

一体何度行うのだろう、と問いたくなるほど。

 ノーンは時折本に目を戻し、グレーゲルが死にかけたら回復魔法を掛けた。ペトラは欠伸をして、私も本を持ってくるべきでしたわね、なんて漏らす。


 ――イリアルは笑っていた。

自分の楽しみを奪ったクソ貴族を何度もぶちのめせる喜び。死体蹴りなんてものではなく、生きているのだ。死にかけたら戻し、そしてまた再び殴ることが出来る。

あぁ、ノーン。お前は最高だ。

噛み締めるように何度も、何度も、何度も男を殴った。


「ご、ろぢ、でッ、おねがっじま」

「あ、はははっ、あははは! ノーン早くして!」

「はいはい……」

「やだぁあ! あぁ、あがっ」


 無邪気に笑うさまはまるで子供だった。

 イリアルは何度も肉を砕き、男の心までも砕いた。彼が殺してと懇願しようが、イリアルが満足するまで終わらない。

勿論、最後には死が待っているので、男の要望はちゃんと叶えられたと言うべきだろう。

まぁ問題は、そこにかかる時間が数時間を要したというのは、誰が知ろう。




 何時間にも及ぶグレーゲルに対する復讐とストレス発散は終わり、リアステッセイ家は崩壊。庭園は今後レスベック=モアによって管理されることになり、完全に一族は解体されることになった。

ノーンの手にかかれば庭園の管理など容易いもの。温度管理や天気の管理も一瞬でやってのける。リアステッセイ家が長年培ってきた技術は、この魔王の母の前では何の役にも立たないのだ。


 ペトラの希望で屋敷は彼女の別邸の一つになった。もはや彼女を溺愛している二人にとって、その程度のことを「ノー」といえる理由は存在しない。

むしろ今のイリアルであれば、ペトラが「あの貴族を潰してほしい」といえば喜んで行うだろう。――ペトラはそんな事を言う娘ではないが。

 元々居た使用人達も、希望者がいれば屋敷の管理として残ることを許された。リアステッセイ家に仕える程度の人間の給料程度、イリアルにとっては安いものだった。

才があるものがいれば、本邸に引き抜きも考えているほどだ。もっとも、彼女に対する絶対なる忠誠心があれば、の話だ。


 グレーゲルの死は事故として処理された。《ローゼズ》の事情を知る使用人からすれば、した主人の真意に気付くだろうが、そこまでだ。誰がさせたかまでは到底わかるまい。


 そして最後に幸運だったのは――彼に家族が居ないことであった。

世継ぎも妻も居ないグレーゲルの処理は、滞りなく進んだという。




 イリアルのストレスも片付いたところで、現在の問題は勇者へと戻る。

片付く前からペトラより随時報告があったのだが、それでもなかなか進捗は宜しくなかった。


「して、現在はどうだ?」


 いつもの朝食時。ノーンといえば、朝から名店のベリーケーキをホールで平らげている。

聞かれたペトラといえば、まずそうな顔をしている。それは勿論、出される料理に対してではなく、進捗状況についてだ。


「……率直に申し上げますと、全く駄目ですわ」

「……」


 ノーンがだろうなという視線を送る。当然だが勇者として召喚されただけあって、他の人間とは比べ物にならない程の成長速度を有している。

が、それは人間と比べて、だ。

 相手は魔王・ノナイアス。一度は力の回復状況をノーンによってリセットされたとはいえ、それでも尚その魔王に対抗出来るほどの力を持っていない。

 ノナイアスが前と同じスピードで回復したとしよう。その時の勇者も互角かそれ以上に戦えるほど、鍛え上げられているか。素直に首肯できるほど、良い状況ではない。


「想定はしていたが、我が動く他ないのか」

「私は面白そうだけどな、親子対決」

「からかうでない、人類の未来がかかっておるのだぞ……」


 魔王の生みの親が言うのだからややこしい。

 とはいえ流石にノナイアスも二度目の失態はおかさないだろう。早急に力を回復させ、この都市へと乗り込んでくるはずだ。

そうなれば非常にまずい。


「いっそのこと、ルシオ達に迎撃させるべきでしょうか」

「良い案だが失敗した場合ペトラの駒が減る」

「結構育成が上手くいってますのよ?」

「すまぬなぁ、ペトラ。こちらも力だけで言えば相当優秀な魔王が生まれたのだ」


 そう、力だけ。母親の所持品と大切な存在の見分けもつかぬ愚息。殺してほしいことこの上ないのに、召喚された勇者達では物足りない。


「失礼を承知で聞きますわ。ノーン様は、ノナイアス様が全力で挑んでも勝てますの?」

「無論」


 即答だった。顔色一つ変えずに間髪入れずに返事をした。

それでも一応申し訳ないと思いながら聞いていたペトラは驚きを隠せない。

 つい少し前に優秀な魔王と聞いたばかりだった。しかしペトラは前期の魔王を知らない。数百年も前の話だ、当然だろう。


「であれば力で従わせればよろしいのでは。召喚された勇者共が死んだところで、ノナイアス様を倒せる勇者が現れるまで使い潰せば良いのです」

「ほう」

「結局神とやらが望まれている魔王の形は、増えすぎた人類の数調整なのでしたらそれで十分かと」

「なるほどな。試したことがなかった。よいかもしれん」


 嬉しそうに笑うその顔は不気味であった。遠方にいる息子が悪寒に震えたとか震えていないとか。

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