023

「偵察の予定通り、勇者のお披露目なるものが王城で開かれております」


 レヴォイズはノナイアスに報告する。ペトラと同じく、魔族も城に偵察を送っていたのだ。城を監視しているのがペトラとエレーヌでなければ気付けたものを――これはノーンの失態と言えよう。


 ノナイアスは三割ほど力が回復していた。万全の状態になるにはまだまだ掛かるが、それでもに行く程度は容易いほどには戻っていた。今回のの予定としては、勇者を見るのもそうだが、メインは母に会いに行くことであった。

そして出来れば魔王城に連れ戻し、自分の教育に励んでもらいたい。そう思っていた。


「行くか」

「お供いたします」


 心の内ではノナイアスに仕える気なんて更々ないレヴォイズ。だがおもりを頼まれた身としては、この赤子のわがままに付き合うほかなかった。

この早すぎる挨拶にノーンは怒るだろう。長年ノーンに忠誠を尽くしてきた彼だからわかる。いくら信頼を得たレヴォイズとて、怒り狂うノーンをおさめるのは至難の技である。

 とはいえ人間界での生活を経て、そこそこ丸くなったノーンだ。レヴォイズが心配するほど憤怒しなければよいのだが。


 ノナイアスが瞬間移動の魔法を発動すると、偵察兵が居た玉座の間に移動した。偵察兵はノナイアスを見つけると、すぐさま駆け寄り現状を話し出す。


「お早う御座います、ノナイアス様。パーティ会場は二つ隣の部屋となっております」

「あぁ。お前はこのまま監視を続けろ」

「御意」


 微かに笑い声が聞こえる。パーティ会場から漏れる声だ。金に溺れた汚らしい貴族共の笑い。これからノナイアスが殺すべき人間ども。

だが今は殺すタイミングではない。部下を集め、城を強化し、魔物の力の底上げを狙う。そして――勇者と対峙する。


「会場から母の力を微かに感じる」

「左様で?」


 玉座の間の扉を開けて部屋を出る。賑わっている部屋に向かい足を進めた。このままでは貴族と王、そしてまだ力を持たぬ勇者とまみえてしまう。レヴォイズは咄嗟に魔法を展開した。丁度、ノナイアスがパーティ会場のドアに触れた瞬間だった。


 音を立てていた秒針が止まり、笑っていた貴婦人達が固まる。金持ちに媚びへつらう勇者達も停止し、全てが――時が止まった。


 ノナイアスはそれに気付きレヴォイズを一瞥する。心配性だ、と嘲笑うかのように睨めば、食えない笑顔が返ってくる。レヴォイズが仕えるのはノーンだ。

ノーンの意思に反する仕事はしたくない。


「おや」


 ノナイアスが扉を開けて入れば、隅のソファでシャンパンを飲む人物が一人。イリアル・レスベック=モアである。彼女が何故この時間停止魔法から逃れられているか、といえばレヴォイズが故意的に対象から削除したからではない。

 この魔法はレヴォイズより上位に当たる存在には通用しない。レヴォイズより上位となると、ノナイアス、ノーン、そしてノーンと対等な契約をしているイリアルだった。


「あんたが魔王?」

「お前……俺が怖くないのか」

「だってどうせ私には攻撃できないでしょ。ノーンと対等な契約を結んでるんだから」


 ニヤニヤと笑うイリアル。母と対等、即ち彼女を攻撃すれば母と敵対するということ。母からの魔力供給が完全に絶たれてノナイアス自身は自立しているものの、それでも未だにノナイアスの命を掌握するのはノーンであった。

故に母であり父であるノーンに対して、攻撃をするとなればつまるところ自殺行為である。


 余裕そうに笑うイリアルに腹を立てながらも、ノナイアスは勇者を探した。まだ力も発現していないただの子供である。今殺そうと思えば一瞬で片がつく。

だがそれは世界が望んだ形ではない。


(結局俺は、世界を回すための一部に過ぎない……)

「ノナイアス様?」

「母を探しに行く。その男を見ていろ」

「承知致しました」


 お辞儀をしながらイリアルを一瞥すれば、ニヤニヤと気味悪く笑うイリアルがいた。それに少しだけ腹を立てつつも、本来の主人であるノーンと対等であると、本能で理解した。


「イリアル様。先程はノナイアス様が失礼を……」

「いーよ別に。後でちゃんと《イリアルは女だ》って言っといてね」

「いや、そこではなく……」


 調子が狂う、とレヴォイズは嘆息した。



 ペトラは驚いていた。目の前に居た給仕中のメイドが突如として止まったからだ。一種の見世物かと思ったが、今は誰も周りに居ない。ペトラも隠密化していて、攻撃を受けない限り存在がわからないはずだ。

となれば何かしら起きたに違いないと判断した。この流れからすれば、魔王一行がやって来たと推測するのが妥当だろう。こういった場合のトラブルシューティングを練っていない。通信機器で通信を試みるのが正しいのか、来た道を戻りイリアルと合流するのが正しいのか。

 だがペトラが考えるよりも先に答えが出た。というより、答えが来たのだ。

 目の前にはペトラでは到底敵わない圧倒的な存在――魔王・ノナイアスが君臨していた。ノーンとは違って隠さないそのオーラ。魔力。幾ら目覚めたてとて、ペトラが戦えば一瞬で捻り潰されてしまう。


 この時間停止空間において、ギリギリのラインで動けていたペトラだったが、この圧倒的存在の前では身体が硬直し、素直に動こうとしない。ひれ伏して無礼に対する謝罪を試みたくとも、身体が自由に動けない。

この威圧感はノナイアスが故意的に生み出しているものだったが、それをペトラは知る由もない。


「あ……う……」


 口すらも満足に動けず、冷や汗があふれる。今までの人生がフラッシュバックしていく。走馬灯というものだ。

ペトラは死ぬ、とそう思った。ひたり、と焦らすように一歩ずつ近付いてくるノナイアスの足取り。まるで命で遊んでいるようだと感じた。否、実際遊んでいるのである。

 産まれて初めて行う――殺人に、ノナイアスの心は躍っている。口元が緩み、不敵な笑みを浮かべるそのさまは、これから死にゆくペトラにしてみれば恐ろしい光景だ。


 ノナイアスはようやくペトラが手の届く範囲にやってきた。そして右手を伸ばし、ペトラの頭部を掴んで持ち上げた。抵抗も出来ないペトラはだらん、と力のない人形のようにぶら下がるだけだ。

首に体重の負荷が掛かり苦しくとも、口から謝罪も命乞いも飛び出してこない。喋れない。「うぅ……あ」なんてだらしのない声が漏れるだけだった。


「今楽にしてやろう」


 ノナイアスはそのまま頭部を握りつぶした。肉の潰れる音が静かな廊下にこだまして、壁に床に、ペトラの血液が飛んでいく。ペトラの肉体がビクビクと痙攣して、しばらくして動きを止めた。

 そのまま死体を壁に投げつけると、手に付着していた血液を魔法でふき飛ばした。そして炎魔法で、灰すら残らぬまで死体を焼き消した。


「なんて気持ちがいい……。これが人を屠る悦びか」


 ノナイアスの足取りは軽かった。

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