第31話  繋がる力

「っ……」


 何秒意識を飛ばしていた⁉

 視界が赤い。

 身体に力が入らない。

 目の前には、すすと埃でで汚れてなお美しい半妖精半魔族の顔。


「ロク……サーナ……」

「……カイ……」


 俺の呼びかけに気付いたのか、ロクサーナが瞼を開く。俺が伸ばした手に応え、彼女も手を伸ばす。互いの指先が触れた。

 ロクサーナの体温と共に、彼女の思いが流れ込んでくる。


 ――カイ、あなたは生きていてくれたのですね。

 ――ロクサーナ、君が生きていてよかった。


 思いが伝わり合う指先。

 と、交流を遮るように影が差す。


「忌々しい……勇者……」


 黄色い異形の鎧。


「ガ……シェー……ル……ム」

「ぐ……ぐふぉ……ぐふぉふぉふぉふぉ……」


 ガシェールムは口元から血を流し、荒い息をしながら笑いを漏らした。


「私の武器が……私の身体に隠されているとは限らんものだぞぉ!」

「こ……の……下種が……」

「褒め言葉と受け取っておくぞ。さらば勇者」


 言いつつ、中ほどで折れた籠手の刃を振り上げるガシェールム。


 終われない……

 こんなのじゃ、終われない……


 繋いだのと反対側の手で、何とか立ち上がろうと藻掻く。

 指先に、うち捨てられた武器の柄が触れた。


 ――せめて勇者としてこいつで一発ぶん殴る。

 ――せめて皇女として最期まで王族の威厳を。


 繋いだ手を離し、無理矢理半身を起こす。

 手に触れた柄を握り、ガシェールムの胴体を薙ぎ――いや、そんな格好のよいものじゃない。震える腕が握った武器を動かしただけだ――切っ先を黄色い鎧にぶつけた。

 反対側ではロクサーナが両手で歪な何かを握り、よろよろとした太刀筋で斬りかかって重厚な鎧に遮られていた。


「ぐふぉふぉ……その欠伸の出るような動きは? 捧げ剣なら柄を私に向けねばなりませんよ?」


 ガシェールムは二人の刀身を腰当てで受け止めたまま、這いつくばった俺たちを見下ろした。


「新皇帝に楯突いた愚かな二人には、あの世で結ばれてもらいましょうか! ぐふぉ、ぐふぉふぉ……」


 含み笑いが徐々に甲高く大きくなっていく。

 主塔の屋根を見上げる貨の王。頂点だけを見続けているその目は、腰に食いついた二つの刃が桃色の光を放ち始めていることに気付かなかった。


「ぐふぉふぉふぉがはぁっ!」


 勝利を確信したガシェールムの口から断末魔の呻きが漏れる。

 俺とロクサーナの手を振り解いた二つの刀身が抱き合うようにぴたりと絡む。その途中に、ガシェールムの胴体があった。


「な……ぜ……私は……皇……」


 撒き散らされる黄緑の液体と血液の中、ガシェールムの上半身が腰から落ちた。

 帝位を夢見、魔皇帝を謀殺し、全てを騙すことでのし上がった男の、無残で滑稽で、惨めな死に様だった。





 桃色の光を放つ剣は間に挟まった男を両断すると、満足そうな様子で血溜まりに突き立った。


「これは……百合のショーテル……」

「二振りのショーテルの間に挟まった男を確実に斬殺する……」


 俺とロクサーナは座り込んだまま、互いの顔を見合わせた。


「ちゃんと、ロクサーナのことを守ってくれたね」

「ええ。でも母が……」


 そこまで言うと、ロクサーナは俺の膝に顔を埋めてきた。肩が小刻みに震えている。

 どう言葉を掛けてあげたらいいかわからない。


 石畳に目を落とすと、千切れた手が落ちていた。

 一瞬ぎょっとするが、どうも様子がおかしい。

 恐る恐る手に取る。


「これは……陶器の手? ということは、磔にされていた皇后は……」


 ロクサーナを無理矢理起こす。


「ちょっと、これを見てくれないか?」


 涙でぐしゃぐしゃになったロクサーナが顔を上げ、俺が持ってきた手を見る。


「うっ!」


 夕日のような美しい金色の瞳を見開き、一瞬絶句するロクサーナ。しかし、鋭利に割れた手首を認めると、言葉を絞り出した。


「これは……陶器でできていますね」

「ああ。つまり、みんなが皇后だと思っていたのは、陶器の人形……」

「ほえ?」


 ロクサーナが首を傾げる。


「お母さんは無事かも知れない、ってことだ」

「え? ええっ?」


 一転して喜色をたたえるロクサーナ。

 最悪の事態は回避……いや、お預けになった。


 と、背後に気配を感じた。

 大柄……を通り越して巨大な牛頭の男と、白金色の髪を伸ばしたエルフの女性だ。


「お母様! アルド!」


 ロクサーナが満面の笑みを浮かべて、二人を迎える。


「皇女殿下、皇后陛下はこの通りご無事です」


 四つ目の牛頭人、アルドが答える。


「ロクサーナ、心配を掛けましたね」


 皇后マハスティがロクサーナのピンクの髪を撫でると、ロクサーナははにかんだ表情を浮かべた。

 ひとしきり再会の喜びを分かち合うと、アルドはロクサーナに向けて恭しく膝をついた。


「殿下、身を隠していたことをお許しください。オレはガシェールムが陛下を刺す所を見てしまったので、口封じをされる可能性があったのです」

「いいのですよ。おかげで母を救うために裏で動くことができたのですから」


 ロクサーナは先ほどの取り乱し様はどこへやら、上品な微笑みを浮かべてアルドを労った。


「勿体ないお言葉です」


 アルドが恐縮して、巨体を小さく丸めた。

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