第四章  勇者=チョロー?

第17話  道化の王は存在しない

 ウェーイ、凱旋だ!

 群衆が歓声と共に俺を出迎えている。

 城の前で、国王が待っていた。


「勇者カイ、よく戻ってきた。お前に褒美をやろう。何なりと申してみよ」

「では陛下。領内の温暖な場所に城を一つ下さい。そこで静かに暮らしたいと思います……大切な人と」


 俺は恥ずかしがる婚約者の手を取る。何かゴツくて金属質だけど気にしない。


「この人が俺の婚約者です。さ、こっちへ……」


 手を引かれて現れたのは、身の丈三メートル弱の甲冑……





「ぷぼあっ!」


 かっと目を見開く。

 が、真っ暗だ。【命の器】の視覚補正があっても見えないとなると、ここは全く光が届かない場所ってことか。

 俺はどこか硬い場所に寝かされている。頭には何か高めの枕があてがわれているようだ。肘が痛い。伸ばした手を慌てて引っ込めたせいか、地面に打ちつけてしまったようだ。


「大丈夫ですか? 酷くうなされていたようですが……」


 頭上で、ログスの声がする。


「ああ、気を失っていたのか……酷い夢を見てね……」


 ぼやきながら、【顕術けんじゅつ】を発動させた。掌底と指で筒を作り、親指をスライドさせる。掌にプラスチックの感触が現れ、そして筒を掴んでサムズアップ状態になった先から光が放たれると、その先には黒地に金の唐草模様が描かれた兜が……


「おわぁっ! ……って、ログスか」

「不思議な道具ですね」

「前の世界にあった道具だよ。懐中電灯っていうんだ」


 言いながらログスの頭の位置を把握したところで、ようやく枕の正体に気づいた。

 これはログスの膝だ。

 慌てて身体を起こす。


「ああ、ごめん」

「いいんですよ」


 痛む身体を引き摺るように立ち上がる。

 視界が黄色い。これは【命の器】が視覚に干渉して表示する、生命力ゲージのようなものだ。外傷はほとんどないが、打ち身とかで相当やられたようだ。リジェネレート能力で痛みが引いていくのが心地よい。


 改めて頭上を仰ぐ。

 五メートルほどの高さの天井には、蜂の巣のように穴が開いている。そのどれかから落ちたのだろう。ルグノーラが助けに来ていないということは、その穴が相当長く……恐らく絶望視されたからなのではないかと思う。逆に穴に身体をぶつけながら滑り落ちたからこそ、俺は助かったのではないか、とも推察される。


「ここは……?」

「多分、古い脱出通路……古代の皇族が城からの脱出に使った通路だと思います」

「ガファスって、そんなに昔からあるのか」

「ええ。文書として残された歴史だけでも、二千年前からあります」

「すごいな」


 エルナール史では、ガファスは辺境に突如現れた魔族の国家とされていた。隣国の成り立ちなんて、その国の都合がいいように歪められてしまうものだな。

 隣で座っているログスをちらっと見る。

 視線に気づいたログスが「ん?」と角笛のような声を出して首を傾げ……その仕草に気づいた俺の頬が火照るのを感じる。

 俺、もしかしてログスのこと……いやいや。でも海外のドラマではたまにあるし……でも十七歳になるまで自分の性的指向に気づかないなんてことがあるのかな。だって、相手は身長三メートル弱の大男だよ?

 とか考えていると、何やら催してきた。


「な……なあ」

「何ですか?」

「あの……ホラ。この辺りって、罠とか多いから」

「うーん、文献では、古代の脱出路はただの廊下だったという話がありますね」

「でも、暗いし……」

「どうしたんです? 行ってみたい場所があるなら、わたくしも一緒にいきますよ?」

「よかった! じゃあ行こうぜ、連れション!」

「連れ……?」


 急にログスの肩がわなわなと震え始める。


「いやぁーっ!」


 巨大な籠手の繰り出す平手打ちが、俺の頬にクリーンヒットした。

 視界が一瞬で赤く染まり、俺の意識は闇へと沈んでいった。





「ぷぼあっ!」


 かっと目を見開く。


「大丈夫ですか? 酷くうなされていたようですが……」


 目の前で、ログスの兜が声を発する。


「ああ、気を失っていたのか……デジャブだ! 歴史が改変された……!」

「何を言ってるんですか……いえ、わたくしも、殿方にあんなはしたないことを言われてしまって、つい……殴ったことについては、申し訳ないと思っています」

「いや、いいんだ。俺も最近、文化の違いとかに色々気づかされていたはずだったのに、迂闊だったよ。元の世界では、男同士で連れションとか普通だったし……いや、小学生くらいだと女同士の方が多いか……」

「やめてください、下品ですよ。それに……わたくし、女ですから」

「そうかぁ、女かー」

「はい。隠しているつもりはなかったのですが」


 凄いな、ログスは。この甲冑オネェは心まで女性なんだな。ガファスは進んでるな。

 それについていけてる俺も、結構凄いなー。取り敢えず立ち上がると、驚きの新事実を確認するように反芻してみる。


「そうかぁ、女かー」

「……信じていませんね?」

「いやぁ、そんなことはないさー」

「では、はっきりさせておきますが!」


 ログスの声に苛立ちの色が混じる。


「……いや、悪かったよ。でも受け入れるのにもう少し掛かるってだけで……」

「聞いて下さいっ!」

「は……はいぃ」


 ログスの勢いに気圧され、両手で懐中電灯を握ったところに、彼(?)が片手で俺の背後の壁をドンと叩く。下から照らされた黒と金の兜が大迫力だ。


「あなたにはもう一つ、国家機密を教えておきます。ガファスにログスという者は存在しません。わたくしの本当の名前はロクサーナ。魔皇帝タフリルドースの娘です」

「へえ、そりゃ一大事。バラしたら即刻あの世行きだねー」

「な……何で信じてくれないんですかっ⁉」


 さすがに、身長が三メートル弱あって、マッチョの特殊部隊員みたいな力漲る声で喋られては、異世界歴一年の俺にはちょっと女性を想像するのは難しいな。


「……百歩譲って、女性ってことにしよう。でも、皇帝の娘ってのは、ちょっと身分も図体もでかすぎて……ない! ないわぁ……」

「そんなぁ……せっかく、取っておきの秘密を教えてあげたのにぃ」


 壁を叩いた手が力なく落ち、ログスの巨体が一歩、二歩と後ずさる。

 あ、落ち込んだ。今までで一番落ち込んだ。


「わ……悪かったよ。あんたは立派な女性だ。俺もこれからはそう接することにする。だから、そんなに落ち込むなよ……そうだ。これ、やるから」


 慌てて【顕術】を発動し、新しい懐中電灯を創り出すと、ログスに持たせる。


「これ……は?」

「おお、LEDの防水ライトじゃないか。いいのが出たな」

「カイのやつより光が白いのですね」

「そっちは新型だよ」

「へえ……ランプの明かりとはまた違って……素敵な贈り物です。ありがとうございます」


 さっきの落ち込みはどこへやら。はしゃぎながら色々な場所を照らして遊ぶログス。


「よしよし。じゃあ、行くぞ」


 ログスが満足した様子を見計らって、出発を促す。

 と、足を踏み出そうとした俺の袖をログスが掴んだ。


「あの……待ってください」

「どうしたの?」


 ログスはもじもじと巨体を揺すっていたが、やおら籠手の一部を開いて内側をごそごそし始めた。


「三度も命をお助けいただいたのに、お礼もしていませんでした。わたくしも、何か差し上げるものが……」


 籠手の内側をまさぐっていたログスだったが、中から小さな金属製のリングを摘み上げた。


「いいものがありました!」

「これは……指輪?」

「貰って……いただけますか?」


 ログスの野太い声が消え入りそうだ。

 俺の掌に乗せられた指輪はとても小さく繊細で、とうていログスの指に嵌まるものではない。

 指輪と兜を見比べていると、ログスが恥ずかしそうに顔を逸らした。


「余り見ないでください。恥ずかしい……」

「ところで……この指輪、誰の?」

「わたくしのです!」

「いや、だってさぁ……ピンキーにしても小さくない?」

「わたくしの本当の薬指は、その太さです!」

「近い近い! わかったから!」


 兜を脱いでいたら息も掛かったであろうログスの顔を離れさせる。


「でも、鎧の内側に忍ばせてたとか、大事なものだったんじゃないか?」

「だからこそ、あなたに貰ってほしい……」


 いつになくしおらしい様子のログス。

 彼の真摯な思いが、やけにずっしりと伝わってきた。その気持ちに応えるべく、俺は鎖を創り、指輪を首に掛ける。


「わかった。大切にするよ」

「はい! よろしくお願いしますね!」


 ドスンドスンと小躍りしているログスを見ていると、なぜかこっちも幸せな気分になってくる。


「じゃ、そろそろ行こうか」


 俺の呼びかけに、ログスはいきいきと頷く。

 不思議な暖かさに包まれる中、俺たちは朽ち果てた旧脱出路を遡り始めた。

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