「君が努力するかしないか」

「な、にあれ……」

「炎の、竜巻?」


 驚きの声を上げる二人。パチパチと音を鳴らし勢いよく燃え上がる炎。風により揺らめき、黒煙を撒き散らす。緑の中で燃え上がっている為、周りに立ち並ぶ樹木に燃え移らないか心配になるが、問題はない。

 弥幸が取り扱う炎は精神力により作られている炎なため、樹木にも火が燃え移ることは無かった。


 星桜と翔月は。弥幸の目の前で燃え広がる光景を唖然と見ているしかできない。その時、上の方から「キュイィィィイイイイイ」という。耳に突き刺さるような鳥の鳴き声が聞こえ、上を向く。


 夜空には星と月以外にもう一匹、自由に飛び回る大きな鳥が飛びまわっていた。目を離せず見上げていると、隣に立っていた逢花がわかりやすいように説明する。


「あれはお兄ちゃんが使役している式神、炎鷹えんおう。翼を大きく広げ風を引き起こす。その風は炎へと切り替わり、竜巻を作り出すことが出来るわ」


 彼女が説明を終わらせ腕を組み、竜巻から離れ炎を見つめている弥幸を見た。何もしようとはしない彼に、翔月と星桜は疑問が浮かび見続ける。すると、まだ諦めていない妖傀は、喚き声を上げながら鎖を一本、弥幸へと向けて放った。


 炎の渦から勢いよく飛び出し、彼へと向かう。今まで鎖によって苦しめられていたのだが、なぜか今回は避けようともしない。


 真紅の瞳に向かってくる鎖が映る。瞬きをし、何も持っていない右手を開き前へと出した。


「危ない!!」


 星桜が咄嗟に叫ぶが、放たれた鎖はなぜか弥幸の手の平へと吸い込まれていく。

 まるで、彼の手の平に小さなブラックホールでもあるかのように見え、驚きに星桜と翔月は口をあんぐり。


「な、んだよアレ。吸い取ってる?」


 翔月も思わず口を開き、右手を口元に持っていき言葉を零した。


「見ていればわかるわ」


 逢花の表情は一定で変化が無い。しかし、その声は少し弾んでおり、自慢げに聞こえた。


 全ての鎖を吸い込んだ弥幸は、手を一度握り自身の胸へと引き寄せた。

 握られている手の平からは、赤く輝いている光が覗き見える。


「お返しだ」


 狐面の中にある真紅の瞳が、炎の中に居る妖傀を見据える。そして、何かを投げるように鎖を吸い取った右手を広げ前へと突き出した。瞬間、そこから炎の鎖が勢いよく飛び出し、竜巻へと向かって行く。


 竜巻の周りを鎖が囲うと、一瞬にして炎の渦は消えた。それと同時に、周りを囲っていた鎖が何が起きたのか理解出来ていない妖傀に巻き付き、動きを封じる。

 身動きが取れなくなった妖傀に、弥幸は一切の迷いなく走り出した。その際に後ろを振り向き、ポケットに手を入れる。

 ポケットからは、金属がぶつかっているような音が聞こえ、逢花は星桜へと指示を出した。


「っ、星桜さん、準備を!!」

「へっ? は、はい!!」


 何をすればいいのか瞬時に察した星桜は、一歩前に出して弥幸を見る。彼もこちらに目を向けており、二人の目線がかち合った。



 ――――い く ぞ



 口の動きだけで星桜に伝え、大きく頷いた。


 妖傀に向かって走りながら釘を四本取り出し、星桜に向けて放つ。タイミングを計り逢花が結界を解除したため、釘は彼女の左胸に突き刺さる。光の糸が現れ、走っている弥幸と星桜を繋いだ。


 お互い力強く頷き合い、妖傀との距離が後もう少しの所まで近付くと、彼は膝を深く折った。刹那、彼が姿を消す。


 三人は光の線を辿り弥幸を探すと、次に姿を見せた時には、もう妖傀の背後。


「君の負の想いは"嫉妬心"。好きな人が自分を見てくれず、他の人と長く一緒にいる。その想いが憎しみへと変化し、妖傀を作り出した。そんな君の想い、覗かせてもらうぞ」


 言うと、右手を妖傀の背中へ伸ばす。すぐさま振り向き弥幸へと鎖を投げようとしたが遅く、左胸へと手を入れた。


 ☆


 弥幸は、前回同様暗闇の空間に立っていた。壁や地面、天井などは存在しない。


 慣れたように彼は周りを見回し、目当ての人物を探し出す。目線をいたるところに向け、微かな音すら聞き逃さぬよう澄ませている。



『…………っ、…………ぐすっ』



 闇に響く、悲しげな声。



「――――聞こえた」



 かすかに聞こえた泣き声に、弥幸は迷わず声の聞こえる方に歩き出した。

 歩みを進めていると、どんどん泣き声が大きくなる。前方には淡く光る人影。近づくにつれ人影の姿が鮮明となり、膝を抱えている女性なんだと認識出来た。顔を埋め、しゃくりを上げ泣いている。


『なんで私じゃないの。なんであいつばかり。私をみんな、見てくれない。あの人も──』


 呟きながら泣いているのは、星桜の友人である武永凛たけながりん。翔月の時と同じで肌は黒く、ポニーテールにまとめられている髪が落ち顔を隠していた。


 弥幸は凛の隣に片膝をつき、右手を彼女の肩に手を置く。


「誰も見てくれない、それはないと思うよ。僕から見た君は、いつも誰かと一緒に居た、誰かと話していた。そのような気がするよ。君にとって、それが当たり前になり。当たり前からもっと違う景色が見たくなった。膨れ上がる気持ちも相まって、我慢できず、余裕がなくなってしまったんだよ」


 弥幸は諭すように話し出す。暗闇にはしゃくりを上げ泣いている凛の声と、弥幸の抑揚のない声が響くのみ。


「膨れ上がった気持ちは我慢できず、周りから話しかけられることが当たり前と思ってしまった君にとって、現状は面白くはないだろうね。でも、君はそんな現状から脱するため、何か行動を起こしたの? 何かを考え、変えようと努力はしたの?」


 彼の問いかけに、凛はゆっくりと顔を横に振る。反応を見せた彼女を、弥幸は表情を変えずに見続けた。


「なら、今から君がやることは、分かるかな」


 まるで、子供をあやすように問いかける弥幸。凛からの返答は、肯定でも反対でもなく、困惑だった。


『私は、分からない。あんな酷いことをしておいて、何をすればいいのか。どう謝ればいいのか、分からない』

「そうか。それなら本人に聞いてみるといいよ」


 不安、焦り、悲しみ、苦しみ。そのような感情が込められた言葉に、弥幸は掴んでいた手を離し伝える。凛はゆっくりと顔を上げ、自身を見つめる弥幸の真紅の瞳と、目を合わせた。

 赤く光る目元からは透明な雫が溢れ、頬を伝い何もない床へと落ちる。


 顔を上げ何も言わなかった凛だったが、彼の言葉を理解した瞬間、分かりにくい表情を一変。憤怒の表情に切り替わった。


『聞くって、ふざけたこと言わないでよ。どうせ、聞く耳を持ってくれない。もう、私の事なんて嫌いに決まってる』

「そうかもしれないね。少なからず、僕なら嫌いになるよ」

『っ。なら、そんな無責任なこと、言わないで!!』


 凛は涙を流し続け、弥幸へと襲いかかる。


 両手で彼の肩を掴み、大きく揺さぶる。強く掴まれているため、弥幸は微かに眉をひそめた。


『私にはどうせできない、あの子だから上手くできるの。私が努力したところで、意味なんてない。だから──』

「だから、自分から追いつくのではなく、人を自分の方に堕とそうとした。それは哀れな行動だね」

『うるさい!!! あんたには何も分からないのよ!!』


 怒り任せに右手を振りあげ、弥幸をひっぱたこうとする。だが、彼は簡単に右手で受け止め、悲しげな口調で言葉を続けた。


「できないからこそ、人間は支え合うんだと思ってた。でも、それは妬みに変わってしまう時もあるんだね。その感情を、僕は知ってるよ」


 弥幸の言葉、口調に凛は思わず手の力を抜き彼を見つめる。顔を俯かせ、悲しげに伏せられた瞳に吸い寄せられ、凛は何も言えなくなった。


「別に、人気者だからとかとか。そんなんで君がここまで気にする必要は無いと思う。それぞれ得意不得意があるんだ。君にも、必ず勝っている部分は存在している。それを君自身で無くしているんだよ」


 普通に会話をするような、感情が乗っていないような。

 抑揚がなく、何を思って言っているのか分からない。


 弥幸は口を閉ざすと、顔をゆっくりと上げた。先程のような悲しげな瞳ではなく、真っ直ぐ、射抜くような瞳を浮かべており、凛は思わず息を飲む。


「人間は、天才だからと言ってなんでも出来るわけじゃない。必ず出来ないところも、苦手なところもある。君は、勝ちたいんだよね。負けたくない、人気者になりたい。好きな人に見てもらいたい。そんな想いがあるのなら尚のこと、相手の弱点を見つけ出し、その人より自分の方が勝っていると。お前はこれが苦手なんだろ? こっちはできるんだぞと。見せつければいい。どうせもう恨まれるようなことはしているんだから、これぐらい朝飯前でしょ?」

『なっ、なにそれ。結局人を陥れてるのと一緒じゃん』

「そうだね。でも、やり方が違う」

『そりゃ、違うけど……』

「このやり方と君のやり方。大きな違いがあるとすれば、それはだよ。これは、大きな違いだと思う」


 弥幸の言葉に、凛は目を大きく開く。涙はいつの間にか止まっていた。


「君の気持ちは、僕にはどうすることも出来ない。あとは本人と話し合って、今後の付き合い方は決めて。僕が出来るのは、ここまでだよ」


 話はそこで締めくくられる。弥幸は凛の右手を離し、その場から立ち上がった。

 まだ凛は座っており、顔を俯かせる。彼女弥幸は見下ろし、問いかけた。


「これから君がやることは、もう分かっているか?」

『────うん』

「それなら良かった。なら、これから会うか分からないけど、頑張って」


 弥幸が言い終わるのを待っていたかのように、周りの闇が急に崩れ落ち、白い空間へと切り替わる。凛は眩しさのあまり思わず目を閉じ、そのまま──光の中へと姿を消した。

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