「本気を出そう」
夜空が広がるいつもの崖の下。星桜と翔月はもう慣れ、弥幸と逢花に抱えられながら崖下に降りる際も叫ばなくなった。
「翔月は二回目なのによく叫ばなかったね」
「安全が保証されてるっぽいからな、ジェットコースターに乗っている気分だ」
「ジェットコースターに乗っても、翔月は叫ばないもんね」
「星桜は耳が痛くなるほど叫んでるもんな」
「うるさい!!」
星桜と翔月は、弥幸の後ろに隠れるように立ちながら、そのような会話をしている。彼は事前に出していた刀を腰に差し、柄頭に手を添え周りを見回していた。
逢花も弥幸と同じ服に着替え、腰に着けている狐面に手を添えている。少し不安そうにその手は震えており、狐面が風も起きていないのに微かに震えていた。
「怖いか、逢花」
「怖い怖くないだったら少し怖いかも。弥幸お兄ちゃんが心配で」
「心配無用」
「そう言うけど、まだ精神力も完全に回復していないでしょ? まともに戦えるかもわからないのに、心配無用なんて。弥幸お兄ちゃんらしいね」
笑顔を向ける逢花に、弥幸は不機嫌そうに眉を顰め「ケッ」とそっぽを向く。
今はもう夜中の一時、学生なら普通は寝ている時間。
さすがに星桜と翔月は少ししか寝ていなかったため、眠たそうに欠伸をしている。逢花と弥幸はこの時間帯に起きているのは慣れ、警戒しながら周りを見回していた。
「一回で倒さないといけないんだよな? そんなに危険なのか?」
「危険というか、めんどくさい。強ければ強いほど戦闘は長引くし、僕も相手の動きをを見定めながら考えないといけない。何より、寝る時間が無くなるのが本当に嫌だ」
「授業中いつも寝てるだろ」
「君にはまだ理解出来ていない労働をしているんだ、仕方がないと思うけどね。毎日のように真夜中激しい戦闘を行ってみなよ。寝る時間はもう授業中しかないの分かるから」
「……遠慮させてもらうわ」
「なら余計なこと言わないで」
弥幸と翔月はお互い睨み合いながら淡々と言葉を交わしている。
星桜が「喧嘩はダメだよ」と止め、逢花は楽しげに笑っていた。いつの間にか震えも止まり、狐面を優しく撫でる。
「ところで弥幸お兄ちゃん。めんどくさいということは、今回の相手は女性形なの?」
「そうだよ。だから、一回目でどうにかするのは難しいんだけど、それでも今回で終わらせたい。じゃないと、浄化出来ない可能性が出てくる」
「女性型は戦い方が厄介だし、弥幸お兄ちゃんは苦手だもんね」
二人の会話を聞いていた星桜は、首をかしげ質問する。
「女性型って何?」
「妖傀には男性型と女性型の二種類が存在する。男性型は以前会ったみたいな四本腕の巨体。そして女性型は──」
弥幸が説明をしていた時、微かな空気の揺れを感じ言葉を止める。瞬間、木々の葉がカサカサと音を立て揺れ始めた。
その場にいる全員が音の聞こえた方を見ると、弥幸が突然星桜の腰に手を回す。顔を赤くし驚きの声を上げ彼を見上げた時、鎖が勢いよく飛んできて、星桜を絡み取ろうとしていた。
「ひっ!!!」
短い悲鳴を上げた星桜は、反射的に弥幸の服を掴み縋り付く。彼女の腰に回した手に力を込め、すぐさま地面を蹴り、弥幸が星桜と共に横へと跳び回避。鎖は掴むものが無くなり、弥幸の後ろに立っていた木にぶつかり地面に落ちた。
「アイ」
「わかったわ」
逢花を呼び、弥幸は星桜を地面に優しく下ろし、弥幸と逢花は同時に狐面を顔に付けた。
「赤鬼君、ありがとう」
「問題ない。早くアイの所に行け」
星桜の背中を逢花の方へと押し、彼女も星桜の腕を掴み自身へと引き寄せた。
「後はナナシに任せるわよ。私達がやることは一つだけ、邪魔をしないこと」
逢花は言うのと同時に、髪の毛を一本抜き取り長方形の紙を作り出した。それを前方に飛ばし、言葉を唱えた。
「『護れ』」
札が光だし、三人を囲うように透明な膜が張られた。
「これって……」
「結界よ。私のは少し弱いけれど、おそらく問題ないわ」
「なんか、口調とか雰囲気とか。一瞬にしてか変わりすぎじゃね?」
逢花は先ほどまで柔らかく、いつでもニコニコしていたのだが、今は無表情で、淡々と現状の説明をしている。翔月は逢花の豹変ぶりに困惑し、凝視しながら問いかけた。
「気にしなくていいわ、私が好きで変えているだけ。それより、前を見た方がいいわよ。あれが女性型の妖傀、ナナシが苦手とする相手よ」
前方を指さし逢花は二人に説明をする。指先には、細長く黒い女性が笑みを浮かべ、鎖を両手で引き寄せながら立っている姿。
髪が長く、口は耳まで裂け。体はあるはずの凹凸はなく、細く柔らかい。
鎖を引き寄せた妖傀は、鎖を右手でブンブンと回し、いつでも投げれるようにしていた。
「鎖?」
「女性型は男性型と違い、武器を使用してくるのよ。その武器のほとんどは鎖。これはナナシの考えだけれど、”縛られている想いを解き放つ”。その縛っているモノの具現化が鎖なんじゃないかと、聞いたわ。まだまだ妖傀は謎が多いから断言が出来ないけれどね」
説明をしながら、逢花は弥幸の方に目を向ける。心なしか不安そうな表情にも見え、星桜は思わず彼女を見てしまう。
視線に気づいた逢花は「何かしら」と問いかけるが、星桜は慌てて目を逸らし弥幸へと向ける。一瞬、首を傾げた逢花だったが、すぐに戦闘準備をしている弥幸に意識を集中させた。
妖傀は刀に手を置く弥幸を睨み、笑顔を向けながらゆっくりと近づく。鎖の射程距離に入ると足を止め、彼へと狙いを定めた。
弥幸もすぐ動けるように刀を摩擦が無いよう引き抜き、刃を正面に向け、右足を前へと出す。
両手で持ち直し、構えを作り出した。
風が吹き、草木が揺れる。月が葉によって隠され、辺りは暗く視界が悪い。外で見ている三人にも見合っている二人の緊張が伝わり、体を動かす事が出来ない。
静寂な時が進み、緊張の糸が伸びる。息を飲むのさえ躊躇してしまう空気を破り、いち早く動き出したのは妖傀だった。
一歩前に足を出し、右手で回している鎖を放つ。風を斬り、真っすぐ弥幸へと向かう鎖。眼前ギリギリの所で横へと躱し、地面に足を付けた瞬間膝を深く折る。瞬きする一瞬、光の速さで妖傀へと突っ込んだ。
そのまま妖傀の身体を斬りつけるのかと思いきや、目の前で急停止。妖傀の視線が自身に向けられたと感じた瞬間、上へと勢いよく跳んだ。
いきなり視界から弥幸が外れ、妖傀は笑顔を浮かべながらも戸惑い動きが鈍くなる。次に妖傀が弥幸を見つけた時には、刀の刃は目前。
斬った――そう思ったが……。
「っ、ちっ。やっぱりか」
怨み事を零す弥幸。それもそのはず。振り下げられた刀は妖傀の身体を斬ることなく、空を斬る。地面に着地した弥幸は、恨めしそうに妖傀を見上げた。
女性型はパワーが無い分、スピードと体の柔軟性がある。
もう、避けることは出来ないところまで迫っていた刀だったはずだが、妖傀が体を縮ませ、ほんの少し横へとずらされたことにより斬る事が出来なかった。
『わだじ、わだじは、にんぎものに』
避けた妖傀は顔を横に向け、ソプラノくらい高い声で言葉を呟きながら口角を上げた。
いつもの戯言だと妖傀から放たれる言葉など気にせず、弥幸は後ろへと下がり距離を取る。一枚の札を取り出し、弥幸の式神である炎の狐、炎狐を出した。
────コーーーーン
耳や手足が赤い炎に包まれ、空中を駆けまわる炎狐。子狐くらいの大きさで、鳴きながら妖傀へと走り出す。
鳴き声に共鳴するかのように、妖傀の足元には赤い円が作り出される。そこから炎が燃え上がり、赤い渦を作り出す。
妖傀を炎の渦で囲い込むことに成功。そのまま焼き尽くそうと熱を上げるが、妖傀も甘くはない。
甲高い声を上げながら、鎖を力任せに前方へと投げ炎狐を捕らえてしまった。鳴き声を上げ逃げようと藻掻くが、鎖はどんどん体に食い込み逃げられない。
「ちっ、戻れ炎狐」
弥幸は炎狐を御札に戻し、解放させる。苦々しい顔を浮かべ、深い息を吐いた。
「やはり、女性型は厄介だ」
刀で攻撃しようとしても、反射と体の柔軟さで避けられる。そのため、近付くのは諦め中距離攻撃に切替える。
刀を鞘に戻し、人差し指と親指で円を作り口元に当て息を吹く。紅い炎が作られた円から現れ、妖傀を襲う。だが、それも妖傀は上に跳び避けた。
動きを読んでいた弥幸は、空中で身動きが取れない妖傀を見上げる。鞘に戻した刀を引き抜き、左側に寄せ地面を蹴った。
妖傀は身動きが取れない中、あがくように鎖を彼に投げた。だが、体を捻り簡単に躱す。
刀に炎の渦を纏わせ、目の前まで迫った妖傀に向けて刀を横一線に薙ぎ払う。
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ』
咄嗟に弥幸が薙ぎ払った刀を腕で受け止めてしまったため、空中には黒い腕が一本甲高い声と共に舞う。そのまま、舞っている妖傀の腕は、地面に落ちる前に炎により焼かれ灰となった。
地面に落ちる前に、弥幸はもう一本の腕も切り落とそうと刀を握り直す。腕を振り上げ、残された妖傀の腕を狙い風の斬る音と共に振り落とす。だが、もう片方の腕まで取られる訳にはいかないと瞬時に察し、死守するように動き出す。
斬られた肩口からは黒い霧が舞い上がっていたが、それだけではなくなった。
六本の鎖が出現し、勢いよく放たれる。
予想外の動きに頭が追い付かない弥幸だったが、体は自然と反応し、空中で体をひねった。数本は避ける事が出来たが、それでもすべてを回避は難しく、避けきれなかった鎖は刀で弾き躱す。舌打ちを零しながら弥幸は落ち、両足で地面に着地。同時に妖傀も地面に着地し、左腕を再生されてしまった。
「やはり、女性型を相手にするのは好きではないね。少しばかり、本気を出そうか」
弥幸が呟くと、左手を前に出し何かを握る形を作り出した。
何をしようとしているのかわからず、星桜達は先程から目を離せない。妖傀もむやみに動くことはせず、次の行動を口角を上げながら見続ける。
前に出し、何かを握る形をしている左手。弥幸は息を吐き、精神力を左手に集中した。すると、炎が彼の左手を包み込み数秒。炎が四方にはじけ飛んだかと思えば、中から姿を現したのは、赤く光る拳銃だった。
「武器には武器を。こちらも飛び道具を使わせてもらうよ」
銃口を妖傀へと向けたのと同時に、一寸の狂いなく狙いを定め引き金を引く。破裂音と共に銃口からは、炎の銃弾が放たれた。
妖傀は顔だけを少しだけ右に傾け避ける。だが、頬を微かに掠り、そこから炎が燃え上がった。
小さかった炎は、妖傀を燃やし尽くそうと広がる。助けを求めるように甲高い声をあげ、妖傀は逃げようと藻掻き始めた。
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