「主義なんだよ」

「それにしても、びっくりしたよ赤鬼君」

「何が?」


 弥幸は手に持っている狐面を弄びながら、星桜の隣を悠々と住宅地を歩いていた。


「あそこの神社が赤鬼君の家だってことと、中があんな豪邸だったのと、まさか赤鬼君が着替えるためだけに家に戻ったことだよ」

「家については、教える義理もなかったから言わなかっただけ。あと、この服だけど、色々特殊な加工がされているから、これがないと僕は戦えない。それに、服だけじゃないよ。この狐面も戦闘には不可欠なんだ、なければ戦えない」


 弥幸は全ての質問に端的に答える。対し星桜は興味津々で、目を輝かせながら彼の話を聞き、気になったところは問いかけ続けた。


「どんな加工がされてるの!?」

「教えない」

「えぇ……。じゃ、じゃぁ、その狐面は? なんでないと戦えないの?」

「気になったところで無駄な事だよ。そんな事より、夜まで時間潰さないと。普段なら寝てるところだけど、君がうるさいから寝れないだろうし」

「…………貴方って、そういう人なのね。確かに他人と話したがらないのもわかるわ。話さない方がいいよ」

「僕は慣れた人になら饒舌になるよ、残念だったね。これから君は、僕の苦情の吐き口となれ」

「絶対に断るよ!!!」


 呆れ気味にため息を吐く星桜など気にせず、弥幸は周りを見回しながら前へと進む。すると、以前星桜が凛に突き落とされた橋に辿り着いた。


 今は夕暮れ時。木がこの道路を隠しているようになっており、木々の隙間からオレンジ色の光が降り注ぐ。

 普通に見れば幻想的で綺麗な光景なのだが、星桜にとっては忌々しい場所になっていた。


 歩みを進めていた足を止め、彼女は湧き上がってくる怒りの感情を何とか抑え込めるように、横に垂らしている拳を強く握り、歯ぎしりをする。


 星桜が歩みを止めたことを不思議に思った弥幸も、一緒に足を止め振り返った。


「君にとってここは忌々しい場所だと思うけど、今回ばかりは耐えてほしい」

「どうして」

「僕が斬りやすい」


 それだけを伝えると、彼は柵に近づき崖の下を見るため体を乗り出す。その目はギラギラと交戦的に鋭く輝いていた。

 星桜は、弥幸が何故そのような目を崖の下に向けているのか分からない。


 深呼吸をしたあと、弥幸の隣に移動し崖下を覗き見た。


「落ち着いたの」

「うん、ごめんなさい」

「謝罪はいらないよ。欲しいのは君の精神力だ」


 弥幸が言うと、崖の下に向けていた目を星桜へと移した。

 先程と変わらずギラギラ輝いている目を向けられ、星桜は一瞬体震わせる。

 下手なことをしてしまえば、一瞬にして斬られてしまう。そのような思いが自然と浮上してきてしまうほど、その目は鋭く、怖い。


「せ、精神力って、一体……」

「僕は、アニメとか二次元の世界みたいに法力や妖力などを使って戦うわけじゃない。僕が使用するのは精神力。そして、その精神力には限界があり、一日で回復するわけじゃない」


 簡単に説明をする弥幸だが、星桜はそれでも先程の言葉を理解出来ず眉を顰めた。


「僕の今の精神力は、百あるうちの六十ぐらいしか残ってない。まぁ、これだけあれば十分だと思うけど」

「なら、なんでさっきは精神力が欲しいとか言ったの?」

「危険な賭けは絶対にしない主義なんだよ」

「危険な賭け?」


 弥幸の言葉を星桜は、首を傾げながら聞き返す。


「僕はいつも準備を必ず完璧にするんだ。そして、負けそうな戦闘は避ける。怪我もしたくないし」


 堂々した口調で情けない言葉を吐く彼に、星桜は顔を引きつらせた。


「だから、精神力についても万全な準備をしておきたいんだよね」

「理由はわかったけど、精神力なんていう曖昧なものを、どうやって人に渡すの?」

「こうやって渡してもらうよ」


 星桜の質問に答えながら、弥幸はズボンのポケットから三本の釘を取りだし彼女に見せた。


「それって──」

「安心していいよ、痛みはないから。だから、逃げないでね!!」


 何を思ったのか。弥幸は右手に持っていた三本の釘を、星桜の左胸に向けて投げつけた。


 急に釘を投げられ、星桜は反応出来ず胸元に釘が刺さってしまった。


「いっ……たくない?」


 顔を真っ青にし、瞬時に釘を抜こうとした星桜だったが、痛みがないことに驚き手を止める。


 釘は間違いなく刺さっているのだが、なぜか血は出ていない。それだけではなく、徐々に発光していき、一本の光の線が弥幸の左胸と繋がった。


「な、なにこれ」

「これが、精共有。精神力を分けること。ちなみに、これは僕の意思で操作は不可能。お互いの精神力が平等になった時、自然と釘が抜ける」

「平等って──」


 呆れ気味に呟く星桜。もう全てを完璧に理解するのを諦めたらしく、大人しく精神力を吸われている。だが、自然に落ちるはずの釘かなかなか落ちず、弥幸も疑問に思い始めた。


「おかしいな。なんでこんなにも長く──」


 弥幸の口から疑問がこぼれた直後、星桜の左胸に刺さっていた三本の釘のうち一本が、ピキッという音を立てた。


「えっ?」


 なんの音か確認するため、星桜は咄嗟に下を向いたが、それと同時にヒビが入った一本の釘が急に砕け散り地面へと落ちてしまった。


「えっ」

「わぁお」


 星桜は驚きの声を上げ固まり、弥幸も初めて釘が砕けるのを目にし、驚愕の表情を浮かべる。目を少しだけ開き、地面に落ちた地面を見下ろした。


 一本の釘が無くなったことにより、他二本の釘にもヒビが入り始め、最初の一本目と同じように砕け飛ぶ。


「え、ちょっと。私何もしてないよ!?」


 星桜はその場にしゃがみ、地面に落ちてしまった釘の破片をかけ集めながら、必死に弥幸に訴える。だが、そんな訴えなど聞こえていないようで、彼は粉々になった釘を凝視し、考え込んでしまった。

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