「分かることになるわ」
「き、狐面が二人?」
星桜は困惑しすぎて、二人を凝視。動かない頭をフル回転させても現状を理解出来ず、何とか質問を絞り出す。だが、返ってきた言葉は質問の答えではなく、ただの要求だった。
「ねぇ、貴方。とりあえず、その手を離してくれないかしら」
アイと呼ばれた女性は、星桜にゆっくりと近付き掴んでいる手を指しながら言う。その声に抑揚は無く、怒っているのかすら分からない。
鈴のように透き通った声、芯があり耳にすんなり入ってくる。だが、綺麗だからこそ、圧があり怖い。
星桜はナナシの裾を掴んでいるのを忘れていたため、慌てて離した。
「あ、はい! すいません……」
手を離し、謝罪を咄嗟に言う。星桜の反応などお構い無しに、ナナシとアイはお互い冷静に言葉を交わし始める。
「あとは任せて」
「頼んだ」
ナナシがアイにお願いし、返事を確認すると一瞬にして姿を消す。
この場に残されたのは、突然姿を現した狐面の女性、アイと、何が起きたのか全く分からない星桜の二人だけとなった。
アイはナナシが消えたことを確認すると、無表情のまま星桜を見下ろした。正面まで移動し片膝をつき、星桜の右腕にそっと手を伸ばす。
「右腕は骨が折れている可能性があるわね。足は傷が深い。このままでは歩けなくなってしまう可能性があるわ」
「そ、そんな……」
星桜はアイの言葉で咄嗟に自身の足に目を向け、深く切れ肉が見えている足に眉を下げた。今だ血が流れ落ちており、怒りや悲しみと言った複雑な感情が込み上げてくる。
「安心して、普通ならって話しよ。こんな傷、私達なら日常茶飯事。任せてちょうだい」
頼もしい言葉と共に、アイは背中まである長さの髪を一本抜き取り、そこに優しく息を吹きかける。すると、淡く髪が光だし、次の瞬間には長方形の紙に変化した。
「え、それって──」
「動かないでちょうだい」
驚きで前かがみになった星桜を制しし、アイはよく分からない文字が書かれている御札のような紙を傷口付近に近付かせる。
紙に書かれている黒い文字が光だし、浮き出るように動き出す。生き物のようにうねうねと動き、傷口の中に吸い込まれるように消えてしまった。
「へっ、な、なんですか今の!?」
「黙って見てなさい」
星桜が慌てふためいていると急に傷口が閉じていき、数秒後には跡形もなく消えた。
「────へっ?」
自身の傷跡を確認するため触るが痛みなどはなく、試しに膝を曲げたり伸ばしたりするが特に違和感はない。
「どうなって……」
「傷の治りを強制的に早めさせたの。このぐらいの傷なら簡単に出来るわ」
立ち上がりながら、アイは簡単に説明する。
「なぜ貴方がここにいるのか分からないけれど、その足なら動けるでしょう。もう十二時になるわ。送っていくから早く立ち上がってくれないかしら」
「あ、はい」
星桜は右手を動かさないよう慎重に立ち上がり、地面に転がっている鞄を持とうとした。だが、横から伸ばされた細く白い腕が先に鞄を持ってしまう。
「貴方は右手の骨が逝ってしまっているわ。仕方がないから私が持つわよ」
「逝ってしまった………。あ、ありがとうございます」
戸惑いながらも、星桜はお礼を口にしアイの後ろを付いて行く。上に続く道を歩くと思っていた星桜は、アイが向かった先に困惑。なぜかアイは、崖へと近付き上を見上げていた。
「この高さなら、行けそうね」
「え、何を言って──」
「しっかり掴まっていなさいよ」
アイは星桜の質問を無視し、左手で鞄、右手で星桜を米俵のように抱えた。それがスムーズすぎて、彼女は「へっ?」という抜けた声を出してしまう。
「行くわよ」
この場にそぐわない淡々とした言葉で言うと、アイは膝をググッと折り、視線を崖の上へと向け、地面を力強く蹴った。
────ダンッ!!
「ひっ!!! いやぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
崖に添い、勢いよく上空へ跳ぶ。
葉の隙間から覗く星空が近付き、星桜は甲高い叫び声をあげ、涙をこぼす。高さがあり、さすがにひとっ飛びは無理だったのか、崖を何度か蹴り上へと登った。
───トンッ
崖の上に戻ることが出来たアイは、藍色の髪を翻し、道路へと軽やかに着地。周りを見回した後、冷静な口調で「着いたわよ」と口にした。
「人生最後を味わいました」
「最後になるわけないじゃない。こんなところで死ぬなんてごめんよ」
アイは冷たく返し、星桜を優しく地面に降ろした。死ぬ恐怖を味わった星桜は、体に力が入らずひざから崩れ落ちる。腰が抜けてしまい、立ち上がる事が出来ない。そんな彼女に浅くため息を吐き、アイは腰に手を当てた。
「何をやっているの? 早く病院に行くわよ。外傷は治すこと出来るけれど、骨などは不可能なの。早く病院で見てもらわなければ痛みが酷くなるだけよ」
「う、動きたいんだけど……。あの、力が入らなくて」
「腰が抜けたのかしら」
アイは片膝を付き、星桜と目線を合わせる。不安げにゆれている彼女の瞳に、アイは何も言わず再度立ち上がる。
「そうよね、今回のような事。普通に生きていれば到底味わうことなどありえない。配慮が足りなかったわ、ごめんなさいね」
「あ、い、いえ。私を助けてくれたことには変わりありませんので。私こそ、すいません。最後の最後までこんな……」
「問題ないわ。先ほどのように抱えてもいいけれど、どうする?」
「え、ほ、他の選択肢は?」
「そうね。なら、肩に担ぐのはいかがかしら。米俵のようっ――……」
「ほかには!?」
「他だと普通に抱きかかえたり、背中に乗ってもらうとかになるわ。それだとつまらないと思うのだけれど、大丈夫かしら?」
「それで、お願いします」
苦笑を浮かべながらも、助けてもらった身として星桜は何も言えずお願いした。「わかったわ」と、素直に彼女の負担にならない容易抱きかかえ、歩き出す。
夜中の十二時過ぎということもあり、道には星桜達以外に人がいない。一人の足音と、木々が重なる音だけが聞こえるのみ。星桜は抱きかかえられ安全が保障されている今でも、先ほどの光景と道の静けさに体が震え恐怖する。
気持ちを落ち着かせるため周りを見回している星桜だったが、前だけを見ているアイの顔で視線が止まった。
色々と訳が分からない状況を目にした星桜としては、質問したい事が沢山ある。だが、なにから質問すればいいのか、仮に質問したとしても答えてくれるのか。星桜は頭の中で悶々としていた。
そんな彼女の心情を察したようなタイミングで、アイが口を開いた。
「……聞きたいことが山ほどあると思うけれど、貴方ならそのうち分かることになるわ」
「っ、分かることに?」
「えぇ。おそらく、だけれどね」
アイの言葉がよく分からず、星桜は首を傾げてしまった。すると、何故かいきなりその場に立ち止まる。
「あの、どうかしましたか?」
「ここから先は貴方一人で行ってくれないかしら、もう歩けるようにはなっているはず。安心して。ここから病院まで徒歩十分くらいよ。車なら三分くらいじゃないかしら」
アイは静かに優しく星桜を下ろす。最初はふらついたものの、今回はその場に崩れる事はせず堪える事が出来た。鞄を星桜に渡すと、アイはこれ以上何も言わずナナシのように忽然と姿を消してしまった。
その場には、甘い花の香りだけが残され、星桜は唖然とする。
「え、えぇ……」
状況が飲み込めず、星桜がその場でアワアワと困惑しながら立ち止まっていると、前方から人影が現れた。
「君、こんな時間に何をしているのかな」
人影の正体は二人の警察官。懐中電灯を星桜に向け、立っていた。
「え、あ、いや。その──」
何とか言い訳を考えていると、警察官の一人が星桜の折れている腕に気づいた。
「君、怪我をしているじゃないか。しかも、骨が折れてそうだ。パトカーが近くにある。乗っていきなさい」
そう言われ半ば強引にパトカーに乗せられ、星桜はそのまま病院に向かう事となった。
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