第17話 偉大なる木の森
昼に近い朝、コンスタンは皆がどんちゃん騒ぎをしていた長老の家ではなく、小さな空き家で目を覚ました。
コンスタンはあくびをしながら外に出ると、何やら集落が物静かだった。
コンスタンは顔にショールを巻きながら、近くで草刈りをしていた蛙に話しかけた。
「あの、皆さんどこかに?」
「ああ、食料になる虫を探しに行ってるのさ。最近食べられる虫が少なくてね。蓄えもなくなってきてるのさ」恐らく中年のメス蛙は中腰で研いだ石で、器用に草を切りとっていた。
「食べられる虫?数が減ってきているの?」
「数というか……汚染されててね。食べられない虫ばっかなのさ」蛙はゲコとため息をついた。
「汚染?」コンスタンは眉をひそめた。
「そうさ。最初は知らずに食べて、体の神経をやられて死んじゃったコがいてね。気の毒だったよ。虫が紫がかっているのさ。色がね。この集落の周りどこを調べてもそんな虫ばっかり。しばらくしたらその虫は死ぬのさ。それだけじゃないよ。動物の死骸も増えたし、枯れた草木だって。森のみんなにとって害毒なんだよ」
「紫の毒?」
「このままだとこの森で生活していけないよ」
コンスタンはしばらく黙り込んで考えた。森が汚染される紫の毒……。何か聞いたことがあるような。
コンスタンは長老の家に歩いて行き、扉を開けた。やはり。マルブランクは酔い潰れて居間で寝ている。その隣には長老。
「マル。マル!」
「え、あ、はい!はい!いてて……。うう、げろ」マルブランクは飛び起きた。しかしとてもではないがすぐに動けるような状態ではなかった。
「放ってはおけない。そうだろう」コンスタンは壁でうなだれるマルブランクに、しゃがみ込んで詰め寄った。
「うう……水をくれ。ください」マルブランクは臭い息で辛そうに言った。
「聞いているのか。この森の危機なんだぞ」
「聞いています。あまり大きな声を立てないで」
「なんじゃなんじゃ、夫婦喧嘩か?それならわしが付き合わしてしもたから……堪忍したって」長老が起き出してコンスタンをなだめにかかる。
「夫婦に見えますか?」
「お嬢さん顔が怖い」長老は後退りした。
「マルブランク!寝るな!」
「ぎゃああ。頭が割れる……」そう言うと、マルブランクは扉から外に走って出て行った。だめだ……。時間がかかる。
昼過ぎにはマルブランクは少しは話ができるようになった。
「紫に染まる毒?伝染病か?」マルブランクは首を傾げた。
「マルでも知らないことがあるんだな」コンスタンは意外な気がした。なんでも知っているマルブランク。
「俺の知識は狭く深くなんだよ。なんらかの影響を受けていることは確かだろうな」
「村の皆は負けるまいと毎日虫取りに出かけとるよ。飼育して増やそうっちゅう計画までしてる。だから次に健康な虫や卵を見つけたらすぐに食べちゃいかんと、皆が声かけあってるんだ」隣にいた長老が言った。
「希望か……」コンスタンは胸が締め付けられる思いだった。こんな気持ちになったことは初めてだ。助けになりたい。
「マルブランク、力になろう」
コンスタンがそう言うのが、マルブランクには少し意外だった。なんせ冷たい女という先入観が強かったから。
「お前……優しいやつなんだな」と言いたかったが、何倍にもして返されるからやめた。
「長老、何か思い当たるものはないのか。その異変が始まった地域とか、ものとか」コンスタンは立ち上がりながら訊いた。
「うむむ。手を貸してくれるのはありがたいが、森は危険じゃ。我々でも知らぬ、立ち入らない、近づかない地域にまで及ぶかもしれん」長老は腕を組んで、複雑な心境で言う。
「大丈夫だよ。彼は未開の地のプロだ」コンスタンはマルブランクの背中を強く叩いた。マルブランクは力だけなら彼女の方が上だと思った。
「うむむ。" 偉大なる老木 " ……」長老は口をつぐんで、まだ迷っているみたいだった。
「" 偉大なる老木 " ?」
「うむ。この森林の全ての生命の源流。この森、全ての木々がその木の種からなったという伝説もある大木がある。その木が弱って枯れ始めているらしいのじゃ」
「そいつは行ってみる価値がありそうだな」マルブランクは立ち上がった。
「あなた方、無理はなさるなよ。森には危険がいっぱいだからの」長老は片膝をついて声をかけて張り上げた。
「大丈夫。こっちは慣れてる」コンスタンは長老にウィンクをして、2人は彼の家を後にした。
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