第10話 ブラッディー・ゴースト

 怪物の類なんぞは見慣れた者ばかりだったが、はあまりお目にはかからないし、かかりたくはない。


 よく分からない物質のよく分からない生命体。


 「ターシャル、下がってて」コンスタンが言った。


 「な、何あれ?」ターシャルは車ごと引き下がる。あまり戦闘をするには場所が良くない。


 「俺の技はああいう奴は不得手なんだ。血が通ってないみたいだろ」マルブランクもコンスタンの背後に引き下がる。


 「切れるか」ドノヴァンが背の斧を取り出すと、コンスタンも細剣を抜刀して横に並んだ。キルガも何の呪術を詠唱するか思考し始めた。


 それは人の影みたいなようだったが、艶があり、黒光していた。そして忙しげに横に揺れていて、足元が油だまりのようなものから生えている。目とか鼻らしきものはなかった。人の形をした泥みたいならしかった。


 「黒いのは赤黒いんだ。あれは血の塊の亡霊だ。ここで死んだ者の怨霊なんだ」マルブランクはターシャルに言った。


 「怨霊?退治できるの?」ターシャルは狼狽えている。


 「ああいうヤツは死ぬというより破壊しなければならない。斬撃は効かないが、呪術が効くだろう」マルブランクはキルガに聞こえる声で言った。「焼き切るくらいは出来るか?」


しかしキルガに返答はなかった。既に詠唱に入っていたからだ。


 1発で焼き尽くさないと消滅しない。ドノヴァンとコンスタンが時間を稼ぐ。気をつけなければ……。


 「気をつけろよ。口や鼻から入られたら内臓を破られるぞ」マルブランクは後ろから叫んだ。


 「分かってる」コンスタンがそう言うや、赤黒い影は両手を投げ出して飛びかかってきた。それは全ての憎き生者に対する無差別な急襲。口惜しや。


 コンスタンはその瞬間、細剣では分が悪いと思った。相手があまりに形を成さない対象だったからだ。


 切れないかもしれない。そして背後か、下に避けようと思った瞬間、ドノヴァンは前に踏み出し、斧の刃を下に向けて側面を亡霊に叩きつけた。


 ばちんと弾けるような音がして、赤黒いものが飛び散る。鉄格子に付いたり、地面に飛び散ったりした。


 「やった」ターシャルが言った。


 「まだだ。キルガ。待て。ヤツはまた寄り集まって動き出す。。また形を成す瞬間に炎を浴びせろ」マルブランクはキルガの耳元で言った。


 黒い粘膜質の雫が寄り集まる。飛び散ったやつの破片はひとりでに動き出し、本体へと戻っていく。


 コンスタンとドノヴァンは少し身体を避けて、背後に下がる。


 「まて、まて。よし、今だ」


滅せよフィルン


キルガの手の平から眩い火球ファイアボールが放たれ、ドノヴァンとコンスタンの脇をすり抜けて黒い血溜まりに直撃した。


 

 燃ゆるのが石畳と鉄格子だけではないと思われるほどの、火柱が人の高さくらいまで上がり、悲鳴にも似た低い唸り声を上げて、黒い血が蒸発し始めた。


 「こんなに燃えるんだ……」とターシャルは思った。


 「おめえ、いいタマ持ってんな」マルブランクはキルガの肩に腕を回して喜んだ。


 コンスタンはただただ炎を見つめ、亡霊がこの世を去るのを見つめていた。


 このマルブランク・レッドハートには人を引っ張る力がある。そう思う。


 「油断ならんという事だな。わはは。さあ、ここいらでひと休みするか。時間はさっぱり分からんが。休む部屋はたくさんあるからな」マルブランクはさっさと鉄格子のひとつを開けて、自分の部屋にして寝そべってしまった。


 一同はあっけらかんとして、自分達も食事をする事にした。



 皆寝始めた。時間は分からないが身体はそんな時間を指し示していた。ターシャルとキルガ、ドノヴァンは同じ部屋に。マルブランク、コンスタンもやはり各々の格子を開けて拝借した。


 しばらくして、寝ていたマルブランクは足音がするのに気づいた。通路の真ん中に置いたランタンから微かに溢れる光から、コンスタンのブーツが見えた。


 地面に寝そべったマルブランクは彼女を見上げて、何をしに来た、なんては訊かない。しばらくコンスタンは黙っていた。 


 「魔導書とか、奥義書があるなんて嘘だろ?」黙っているコンスタンに、マルブランクは逆に話しかけた。


 上から声がする。「そんな事ないわ。それより、あなた何者なの?本当にずっとこういう仕事をしているの?」


「ああ、そうとも」マルブランクもうつらうつらしていた。「俺は同じ事をずっとしたり、同じ人間とずっといるのが嫌いなんだよ」


 「東洋を旅したっていうのも本当?」


「知りたがるな。俺に興味があるのかい。痛いっ」コンスタンは寝そべるマルブランクを蹴った。


 「果たして君達の主人は、俺に報酬をくれるのかな」マルブランクがそう言うと、コンスタンは無言で、踵を返して自分の寝床に戻った。


 んごごごご


 マルブランクはコンスタンが寝られないくらいにイビキをかいて、後でまた蹴られた。


 


 

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