第20話 危機一髪

 「別の方法?」

 「この方法では、おそらくこの文章量でしか指示ができないだろう。でもマデライン嬢にはもっと細かく指示をする必要があると思う。だから、より長文の指示ができる方法を取っていると思うんだ。」

 「確かに、マデライン嬢の独断だとお茶会の時みたいにヘマをしてしまうかもしれないものね。」

 「これも推測だけどね。別の方法なんかないとしても、あちらからマデライン嬢への指示は確実にあるのだから、探すしかない。」

 「分かったわ。でもどうやって探しましょうか?」

 「今まではマデライン嬢の周辺だけを探ってきたけど、学園内で何か変わったことがないか調べてみるよ。リーナも、友達に聞いてみてくれ。」

 「了解!」


 クローヴィスと別れた後、事が進展したということでアイリーンは少し軽やかな足取りで自分の部屋へ向かった。消灯時間が過ぎており、暗くなった廊下を進む。今日は新月に近いから、月明かりも弱い。


 突然、左側の扉が開き、腕を引っ張られた。


 またクローヴィス?と思ったが、今さらそんなことをする必要もない。誰なのか。


 「きゃっ!」


 壁にドンッと背中を押し付けられ、口を塞がれた。この乱暴なやり口は、やはりクローヴィスではない。


 「んぐっ…。」

 「これ以上、動くな。」

 「?」

 「これ以上、マデライン嬢を探るな。でないとただではすまさないぞ。」


 “もう一人のスパイ”…。アイリーンは恐怖におののいた。背が高く声が低いことは分かるが、部屋が真っ暗で顔は全く見えないので、異形の何かにも思えてくる。


 「うなずけ。お前にはYesしか許されない。」


 呼吸ができないので、アイリーンは必死に口を塞いでいる手をどけようとする。しかし、女性の力ではどうにもならない。


 苦しくなりながらも、アイリーンは首を横に振った。すると、ドンッと顔の横の壁に拳が打ち込まれた。


 「うなずけ、うなずけ!これ以上余計なことをしないと約束しろ!」


 男は何度もドンッドンッと壁を殴る。恐怖と息苦しさで涙が出そうになるのを必死でこらえながら、アイリーンはじたばたと抵抗した。


 「仕方ない。逆らうようなら…、」

 「リーナ!」


 バンッと扉が開き、男が怯んだすきにアイリーンはしゃがみこんで男の手を逃れた。暗くても分かる、クローヴィスだ。


 「ルイス!」

 「おい、リーナに何を…待て!」


 男は部屋の奥へ駆けていき、窓を開けて飛び降りた。クローヴィスが窓から覗き込むと、二階から飛び降りたにもかかわらず、男は元気よく走り去っていった。


 「リーナ!怪我はないか?」

 「ルイス!こ、怖かった…。」


 アイリーンはクローヴィスの腕にしがみついた。クローヴィスにそっと抱きしめられると、安心感から涙があふれだしてきた。殺されるかと思った。


 「すまない、こんな時間なのだから部屋まで送っていけばよかった…。」

 「ううん、ごめんなさい。私、油断してて…。」

 「僕も油断していたよ。あちらにはもう僕たちの動向は知られている。もっと警戒すべきだった。」


 草むしり大会作戦は失敗に終わったとも言える。証拠と引き換えに、自分たちのことを知られてしまった。


 アイリーンは涙をぬぐいながら、ふと自分がクローヴィスの腕の中にいることに気づいた。顔が赤いのは、泣いているからというだけではなかった。アイリーンはそっと顔を上げる。


 「無事でよかった、リーナ。」

 「う、うん。ありがとう…。」


 頭を撫でられて、アイリーンはますます赤くなる。子供の頃から知っている仲なのに今さら何を動揺しているのだろうと、自分でもよく分からなかった。


 その日から防犯上、夜の作戦会議は中止となった。

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