新入社員教育

 人生は勉強だと偉い人は言う。

 そんな人生はクソだと思う派の僕ではあるが、社会人になっても日々、世の真理的なサムシング(ブラック多め)を現在進行形で学んでしまっているので、どうしたものかと思う。

 C直、二十二時から翌七時までと言う、人類の歴史において眠る時間であったはずの時間を勤務時間とする直。つまりは人類が安定した光を手に入れた結果、生まれてしまった闇の部分。

 そんな直の四日目。

 前日にうっかり休みを入れてしまった結果、体内時計が真っ当に戻り掛けて、辛さ以外は何も感じずに業務をこなしていた僕は、不意に世の真理に気が付いてしまった。


 ――先輩、C直って意味あるんですか?


 A直→C直→B直→A直と言うローテンションを組まれた自殺屋業務。この度、二度目のC直を迎えて分かったと言うか、確信したことなのだが――

 キング・オブ・仕事がない。

 何と言うか、椅子に座って机に向かうことがお前の存在意義だと言わんばかりの暇っぷりである。……いや、良いんだけどね。暇なのは。

 取り敢えず、B直以上に新規が来ない。この四日で来たのは一人だけだ。

 その一人も酒に酔っており、朝目が覚めて自分が自殺屋に居ると気が付くと青ざめた顔で去っていった。どうやら酔った勢いで死を選んだは良いが、酒が抜けて冷静になったら自分の選択肢を猛烈に後悔したらしく、取り消しをしたのだ。因みに彼女が僕の初めての取り消し業務だった。

 そして入所されてる方々もお休みになられているか、残り短い人生の夜を楽しむ為に外出してる。非常に暇である。


「あー……T中さん、未だ覚えてるか?」

 ――良い人よりも嫌な人の方が印象に残りますよねー


 だから覚えています。そんな結びの言葉は流石に口にしない。


「たまにあの系統が夜の街で『もうすぐ死ぬ俺、かわいそう、特別扱いして!』ってはしゃぐと出張業務が入って忙しくなるぞー」

 ――クソじゃないですかぁー


 紛れも無く。


「ま、それも大抵現場に着く前に警察への引き渡しが終わってるパターンが多いけどな」

 ――クソじゃないですかぁー


 かなりガチで。

 お天道様が見ているぞ、とはよく言ったモノだ。

 この久化の時代でも、犯罪の多くは太陽が沈んだ後に行われる。

 そしてそれは数日後に“おわり”を選ぶような人でも関係が無いらしい。やはり暗がりは人の隠された部分を暴くのだろう……と言いたい所だが、企業主体で進める都市計画の一つ、ドーム型都市と言う家の外であれば常に明るさを保っている場所でも犯罪は何故か外の夜と同じ時間に行われることが多いと言う話を聞いたことが有るので、関係ないのかもしれない。

『光でも払いきれない人の心の闇』とか、実に世界を滅ぼしそうな素敵フレーズである。ふははー、残念だったな、勇者よ。そんな感じ。


「ま、基本的にC直は静かなも――」


 言いかけていた言葉を不意に区切り、突然メールチェックを始める宇津木パイセン。非常に珍しい先輩の真顔に、僕の第六感が嫌なモノを感じ取る。


 ――あの、先輩?


 どうかしましたか? その言葉が続くよりも早く、『マイガッ!』とでも言いたげにパイセンが無駄にデカいアフロを揺らして全身でアメリカンなリアクションをかまして下さった。


「……後輩、簡単なテストの時間だ」


 テンション低めに絞り出す様に言われると更に嫌な予感が強くなる。話を打ち切りたい。打ち切りたいが、生憎と僕は新人だ。嫌な予感がしても踏み抜かなければならない。


 ――テスト、ですか?

「そ、テストだ。まぁ、優秀な俺の後輩である優秀なお前なら楽勝だ。――自殺屋が利用できない状況を全て上げよ」

 ――……


 身構えていた僕に宇津木先輩が出題する。

 何と言うか、身構えたことが馬鹿らしくなる程度に簡単で基本的なことだった。

 なので間違える訳には行かない。僕は思い返す様にして、指を折りながら答えていく。


 ――『未成年の子供がいて、特別な事情が無い場合』、『犯罪者、或いは犯罪への関与が疑われている場合』、『借金がある場合』


 それと、と一区切り。

 ふと思い出したのは、うっかり酔って入所した翌朝、慌てて取り消しをした人だった。


 ――『心因性終末ケアセンターへの入所を取り消してから一年が経過していない場合』


■□■□■


 僕等は背中を押さない。

 僕等は引き止めない。

 国民に平等に与えられた死ぬ権利は、個人の意志で行使されるモノである以上、その最後を見とる自殺屋としてそこに僕等の意志は入ってはいけない。

 コレが建前である以上、僕がK田さんにやったことはグレーゾーンだ。

 だが一時期――と、言うか自殺屋が世に出てからの数年間、自殺屋はある層の利用者を止める様に言われていた。

 それは僕が生まれる前のことであり、ベーシックインカムに頼り切った生活がマイナスに捕らえられていた時期の話だ。

 その頃、自殺屋の利用者が一番多い月は四月だった。

 その頃、自殺屋の利用者で一番多い年齢は二十代だった。

 時は平成。久化に入る前であり、未だパワハラ、ブラック企業、サービス残業と言ったモノが隣に有った時代だ。

 そう言えば利用者の予想が付くだろうか?

 そう、新入社員の皆様がやって来ていたのだ。

 そしてその数がちょっと多かった。ちょっと多すぎた。

 既に人に労働力としての価値が無く、死ぬ権利を行使するのは個人の自由だとは言え、若者が一気に居なくなると言うのは、感情面、或いは外聞と言う意味でよろしく無かった。

 だから自殺屋は彼等の自殺を止める様に言われた。

 ベーシックインカムの需給を薦めて、働かずに生きてみることを薦めたのだ。

 自殺屋への批判の多い時期だったからだろう。有識者の中には「あの時、若者の死を受け入れていたら自殺屋は無くなっていた」と言う人もいる。

 そうして止めた結果、ベーシックインカムに寄る生活が少しだけ浸透し、今も自殺屋は存在している。

 ……まぁ、何が言いたいかと言うと、逃げ場のない会社員生活と言うのはそれ位ストレスになると言うことだ。

 そして自殺屋を利用できない場合の一つに『心因性終末ケアセンターへの入所を取り消してから一年が経過していない場合』と言う要項がある。

 絶望のマリアージュ。そんな二つの要因が重なると――

 新入社員教育の一つとしての自殺屋への登録、と言うとてもブラックな風習を持つ会社が出来上がってしまいましたとさ。


 ――いや、何でそこまでするんですか?

「人間雇ってると補助金でるからなぁー」

 ――だからって、これ……そもそも、別にこんなことする必要も……ペナルティだって無いじゃないですか……

「ペナルティはなくとも在職中に自殺されると外聞悪いからなぁー」

 ――先輩

「何だ、後輩?」

 ――ブラック過ぎて吐きそうです


 平成に置かれて来たと言われるモノよりもブラック濃度が高い気がする。

 悪魔を想像したのが人間だとよくわかる程に闇闇してる。


「因みに一年後からは誕生日月に研修名目でくるからな」

 ――有給使ってー……じゃないんですね……

「それは違法だから、ない!」

 ――えー……?


 違法ってなんだろう?  法を守っているとは言っても、やっていることが明らかに違法行為と同じか、それ以上にブラックでも見逃されるのだから法律も所詮は人が造り出したモノであり、万能ではないと言う証明なのだろうか?

 ちょっと社会の暗黒面を見せつけられている様な気がする。

 そしてまだまだ悪いこともある。

 新入社員教育も、研修も、そう言う目に遭うのは僕ではなく、その会社に勤める人であり、僕では無い。極論、僕には関係ない。

 最悪なのはその新入社員教育と研修の受付は人数が多いのと、外聞が悪いことからC直に行われることであり、今週、つまりは僕と先輩がC直である日曜深夜に行われると言うことだ。


■□■□■


 こんなダーティーなことをやってるのは弱小企業だろう。

 僕のそんな予想を裏切り、やってるのは結構な有名企業だった。お正月の駅伝で名前を見たことがある企業だ。結構な好成績を上げていた記憶すらある。

 そんな企業がこんなことをする何て世も末だと思うし、そんな大企業だからこの久化の時代において新入社員が三桁おり、一つの支部では対応できないから何組かに別れ、自宅から近い自殺屋に行くのだと聞くと社会と言う仕組みの歪みを見た気分になるし、組を分けても三十人程が一度に受付をすると聞くと対応する側としては非常にファックだと思う。

 ……まぁ、種明かしをしてしまえば、三十人程の人数を収容する設備があるから彼等は僕の勤めるM市の自殺屋にやって来たと言うオチだった。小規模な施設しかない所には、弱小企業の新入社員が一人で行っているらしい。大小関係なく、ヤバい所はヤバいと言うことだ。

 閑話休題。

 さて、前日に引き継ぎの際、A直の野村さんが「最悪、細かい仕事は僕が処理するので残しても良いですよ」と頼もしく眼鏡を光らせてくれた。

 当日の引き継ぎの際には、B直の唐木さんが「頑張って下さいね!」と小動物チックに両手で抱えたお菓子と栄養ドリンクを差し入れをくれた。

 実に有り難いことである。

 そしてそんな二人に、キツイんですか? と尋ねた所、無言で顔を背けられた。

 ……実に頼もしいことである。

 普段はA直~B直に掛る様に九時~十八時勤務をしている所長もこの日ばかりはC直一本に絞って援護してくれるらしい。

 そんな状況でも自殺屋の理念からアイザッくん単独での受付が出来ないと言うのだからお役所仕事、ここに極まれりと言った感じだ。

 一人の受付に掛る時間は、簡易面談を含めて凡そ三十分、それが三十人。対して僕等は三人。単純計算で一人が十人を相手どるので、三百分。五時間。地獄に近い連続受付であり、恐らく集中力が切れた後半には雑なモノになってしまうだろうが……このケースは人間であることを期待されたモノでは無いので、まぁ、適当で良いだろう。

 僕は少しの申し訳なさを感じながらも、そんな覚悟を決めた。

 さて――。

 結論から言おうと思う。

 申し訳ないとか思う必要は無かったゼ!

 ずっと真面目に受付をしていた先輩と所長には悪いが、僕は途中から食事を取りながら、割と適当な受付をしていた。

 だって相手が『新しい仲間との顔合わせ合宿』くらいの認識でしかない。もう、何て言うか付近のレンタルルームを借りて飲み会の企画が行われていると言えば僕が真剣になるのを止めた理由を察して貰えるのではないのだろうか? こいつら絶対、死なねぇって!

 今の時代、働こうと思う奴は三種類いる。ベーシックインカムによるミニマムな生活に満足出来ない人、目標、或いはやりがいを求めて働くことを選んだ人、最後に国に借金をしてしまい、その返済をしなければいけない人。

 僕目線だとマイナスと、マイナス気味に、プラスが一つと言った分類だが、何れにしても悲しいかな、全員が共通して人類だ。

 優秀な機械に場所を空けて貰う形になるので、企業側もそれ程無理をして人員を確保することは無く、本当に必要な、或いは将来が見込める人しか取らない。

 大企業なら猶更だ。

 そんな訳で結構なコミュニケーション強者が集まっていた。

 飲み会が嫌いな人も、勿論、いる。

 だが真のコミュニケーション強者は、ただ、うぇーい、している訳では無い。真の強者は空気を読んで、うぇーい、するので、そう言う人には無理に絡まない。

 結果、個々人に合わせて三日の休暇を楽しむ若者たちが集まっただけだった。

 何と言うか……コレは全部アイザッくんに受付をやらせればいいのではないだろうか? アイザッくんの人型ボディは一機しかないが、彼の本質はそこには入っていない。ノーパソに人格を分割して入れることが出来る彼ならばお手持ちのスマホを使わせて貰えば三十分でこの業務を終わらせることが出来るのだから。

 僕はそんなことを思った。







あとがき

久化の時代にブラック企業とかあるわけナイナイ(ΦωΦ)

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