ソシャゲ

 ご新規が多いのが朝だ。

 だが比較的暇な日中でも当然、仕事はある。

 書類の整理などもだが、忙しくないこの時間帯を使って“おわり”を迎えて貰うのだ。

 初日と言うこともあり、僕は先輩の背後を付いて回るカルガモムーブが仕事だった。大柄な先輩の後ろをちょこちょこついて回る小柄な僕と言う絵面は中々にカルガモってると思われる。


「無理はしないでね? 辛かったら早退しても良いからね?」


 四角いフレームの奥の瞳に優しさをにじませ、所長は僕にそんなことを言った。

 仕事内容が仕事内容だ。

 初日リタイアは……それなりに居る。無理をされた挙句、数日後に利用者になられても対応する時に空気が微妙になってしまう。そういうことだろう。

 それと市に一つ造られている自殺屋だが、僕が務めるM市の自殺屋の一日の利用者は精々一人、多くて二人だ。

 つまりは実の所、人手は足りていると言うのが現実だ。

 ゼロは困るが、二十四時間三交代制の三班を担当する人が居て、責任者の所長が居れば業務は回る。最低人員は四人だ。なり手が少ない、離職率が高いとは言え、四人くらいならどうにかなる。『人間に仕事の場を用意する為』。言うなれば給料を人間に払うと言う思惑で行政側が用意した枠に入ったのが僕だ。だが、そんな枠でも空になると更に上から問題として見られ、叩かれるのが所長のポジションだ。

 仕事は出来なくても良いから辞めないで欲しい。

 半分が優しさの頭痛薬があるが、所長の言葉の半分は優しさで、もう半分はそんな気持ちで出来ていた。

 まぁ、心配してくれるのは有り難い。

 だが、僕は――どうなのだろう?

 別に気に成らない。そう思ったからここに居る。だが、辞めて行った人たちもそう思って入って来たはずだ。

 そうなると僕も仕事をした後にそうなるのかもしれない。

 ならなかった。

 結論から言ってしまえばならなかった。

 今日、“おわり”を選んだのはS坂さんと言う四十三歳の男性だった。

 自分を見つめなおす期間として、自殺屋――心因性終末ケアセンターを訪れた方は三日程、センターの個室で過ごして貰う。

 死ぬ権利はある。終わりの選び方の一つとしてある。その一助をしている僕等だが、別に死ぬことを推奨してはいない。

 三日間。適当にぼへっ、として「あ、やっぱ死ぬの止めよ」と思ってくれるのならそれで良い。意外――かどうかは分からないが、そういう人は結構いる。昼間にビール飲んで、ピザ食べると立ち直る人もいる。そういうことだ。

 心因性終末ケアセンターが出来る前と比べると自殺は身近になった。

 昔は追い詰められて、追い詰められて、どうしようもなくなって選ぶしか無かった“おわり”の代表例だったモノが、今はそうでは無くなっているというわけだ。

 さて。

 話が逸れてしまったがS坂さんのことだ。

 まぁ、つまり、S坂さんは僕が入ってくる三日前にやって来た人だ。カルテも先輩が確認していたので、僕は見ていない。

 だからどんな人かは分からない。

 先輩の説明が終わるのを見計らってカプセルと水の入った紙コップを差し出した時、


「ありがとうね」


 と言ってくれた彼は眠る様にして“おわり”を迎えた。

 その後、僕は定時である十五時になると先輩と所長と一緒に僕の新人歓迎会の会場である居酒屋に向かった。

 からあげを齧って社会人一日目はそうして終わって行った。

 それだけだ。


■□■□■


 自殺屋の朝は早い。

 いや、嘘を吐いた。ちょくによっては早い。

 自殺屋は二十四時間営業だ。朝六時から十五時までのA直、十四時から二十三時のB直、そして二十二時から翌朝七時までのC直、これら三つを一週間ごとにA→C→B→Aと、ローテーションすることで成り立っている。

 あぁ、因みに一応、完全週休二日制だ。言い方は非常に悪くなるが生物相手の仕事なので土日に休む――と言うのは難しいが、そこは無理矢理機械に場所を空けて貰った場所だ。人間を一人残して補助のロボットを入れれば業務は回る。現に、宇津木先輩は相棒不在の三ヵ月をそうして乗り切ったらしい。

 長期休暇は流石にそうも行かないので、一時的に受付を停止して受け入れを止めることで対応するらしいが、その際にも本当の、本当の緊急事態の為にロボットは残してある。

 つくづく“僕”という存在、引いては“人間”と言うモノが必要かが疑わしい職場である。

 兎も角。

 兎も角、だ。一時間の休憩を挟みつつ、前の直との引き継ぎ業務の為に一時間ラップさせられた八時間労働で僕達は働いている。

 新人である僕はA直からの業務開始となった。

 夜の間に降った雨がアスファルトを濡らし、霧を生んでいた。信号機の緑色の光が滲むのを見ながら、僕は欠伸を噛み殺した。早起きは大学を卒業してから初出勤までの一ヵ月以上を堕落で溶かした僕には中々に辛い。

 六時からの業務開始に合わせ、五時十五分にアパートを出た僕を出迎えるのは寝起きの街だった。道に車は少ない。大学時代から愛用しているオリンピア(ママチャリ)のペダルに体重を乗せて業務開始の十五分前を狙って僕は朝を進む。

 春先の朝はまだ寒い。吐きだす息が白く曇る。

 僕はソレを踏み切り待ちの時に手に、はぁー、と吹きかける。じんわりとした温かさを感じていると、ある意味僕の商売敵とでも言うべき鉄の塊が目の前を通過していった。

 古い時代の方法を選ぶ人も、まだ居る。

 ただ、ただ、迷惑なだけであり、自殺屋が出来た以上、完全に『そう言う方法を取る奴が悪い』と言う風潮が出来上がっており、清掃代や、業務が止まった分の費用が容赦なく遺族に降りかかるので、本当に止めた方が良い。鉄道会社の保険対象外だ。

 それでもその方法を選ぶ人は居る。

 本当に止めた方が良い。

 道を示す為に、考える時間を造る為に。そう言った用途の為に駅に自殺屋のポスターを貼ってくれと言う意見は、偶に聞く。

 だが、残念。

 暇で日本語を読めない人達が「自殺を推奨スルナァー」とか喚き出すので、無理だ。

 僕達は選択肢として存在しているだけで、推奨はしていない。そのことはしっかりとパンフレットから憲法にまでしっかりと明記されている。そもそも死ぬ権利が認められている以上、その権利を行使する為に僕らは存在していなければならない。

 誰一人として推奨していないのに、推奨するなと喚くのだから議論にすらならない。

 根本から間違っているのだから落としどころは無い。議論は無意味だ。無意味なので先に進むことは無く、ポスターは貼られない。

 そういうことだ。


■□■□■


 C直を担当していた桜庭さくらばさんと唐木からきさんに新人として頭を下げる。僕と唐木さんは年が近かった。唐木さんが上で、一つ違いだ。それでもこの職場では三ヵ月だけ先輩なのだと自己紹介をされた。

 つまりは一時とは言え、ベーシックインカムによるミニマムな生活を選んだと言う訳だ。

 彼氏でも出来たのだろうか? ハムスターを思わせる小動物系女子である唐木さんなら、成程。そう言うことも有るかもしれない。

 そんなことを思った。


「そのぉ、ソシャゲがぁ……」


 そんなことは無かったぜ!

 僕とは分かり合えない種類の方だった。残念だ。それでも別に仲良くなれないと言うわけでは無い。唐木さんは「良かったら一緒に……」。そう言ってポストイットにタイトルとフレンド登録用のIDを書いて手渡してくれた。

 取り敢えず僕はポストイットをノートパソコンに貼り付けておいた。

 昼休みにでもダウンロードしておこう。


「俺もやってるぞ」


 なのに朝のミーティングが終わって席に付いたらダウンロードすることになった。先輩が速く落とせ、初回十連ガチャを回せ、と喚き出したのだ。


 ――仕事中にこんなことして良いんですか?


 尋ねる僕に「良くはない」。とあっさり宇津木パイセン。良くはないのにやらせるのか。もう訳が分からないな、これは。


「良くはないが、これ、やってる人多いからな……」

 ――あぁ、成程


 そう言うことか、と僕は納得した。

 僕等は自殺屋だ。

 僕達は受け付けをして、部屋に案内して、クスリを渡して、掃除をするだけではない。

 僕が、人間が、この自殺屋こと心因性終末ケアセンターに居るのには意味がある。

 進化し、『人と同じことが出来る』様になった人工知能ですら出来ない仕事があるからだ。

 ……いや。少し盛った。最近の人工知能は平気でメンタルケアもやる。それ所か、人間味が無いシビアな判定は時として熟練の精神科医をも凌ぐ程だ。

 それでも人が最後に触れるのは、会話をするのは人工皮膚の設定された温度ではなく、心臓から送られた血の温度であるべきである。

 そんな感傷的な理由から僕の仕事には利用者のメンタルケアもあるのだ。その際、話のタネとして流行っているゲームと言うのは良い入口になることもあるだろう。

 そういうことだ。


■□■□■


「後輩よ、初仕事だ。ガチャの結果を報告せよ」


 と、宇津木パイセンが宣うので僕は報告した。結果、先輩は僕に――


「……課金しても出なかったのに」


 と、じめじめした呪詛を送って来た。僕は結構いいキャラを引いたらしい。

 僕が働いている理由は親孝行の亜種みたいなモノだ。正直、金銭的には余裕がある。それでもガチャを回す気は無いので、素直に喜んでおくことにした。

 K田さんがやって来たのは呪詛を発する先輩をドヤ顔で煽りつつ、やり過ごしていた時だった。

 小ざっぱりした格好の、メガネをかけたおじさん。

 それが僕がK田さんに抱いた第一印象だった。

 僕は彼の左手を見る。薬指には指輪が有った。既婚者だ。多分。

 一応、受付のやり方は教えて貰って居る。それでも取り敢えず見ている様にと僕は指示を出された。

 だが、受付は幾つかの個人情報を扱う。

 見られて嫌な思いをする人も居るだろうし、好き勝手に見学して良いモノでは無い。先ずは宇津木先輩が受け付けに立ち、新人である僕に受け付けのやり方を教える為に立ち会っても良いかを確認する。

 K田さんは柔らかい笑顔で――


「構いませんよ」


 と言ってくれた。

 有り難いことだ。

 そうして確認を進めていく。

 最初、メモを取ろうとしていた僕だったが、ソレは先輩に止められた。

 個人情報を確認している作業中にメモを取るのはよろしくない。例えソレが仕事の手順確認の為にやっていることであっても、はたから見たら『メモを取っている』としか思われないから止めておけ、とのことだ。

 成程。そう思った。

 宇津木朔日と言う男は僕が思うよりも気遣いの男なのかもしれない。

 K田さんに名前と住所などの連絡先を書いて貰っている間に、先輩は受け取った国民番号をPCに打ち込み、中央の人工知能からK田さんの情報を受け取っていた。目を通し、うん、と頷く先輩。K田さんには息子さんがいるらしい。先輩はその子の年齢を強調する様に丸を付けた。彼は本日誕生日を迎えて二十歳になるようだった。


「答えて貰わなくても構わないのですが……“選ばれた理由”は何でしょうか?」


 先輩の問い掛け。


「子供が、成人しましたので」


 それに、先程僕の見学を了承してくれた柔らかい笑顔で、そんな短い答え。

 先輩はソレを聞いて理由欄の一つの項目に丸を付けた。


 ①人生に疲れたから

 ②健康問題

 ③経済問題

 ④家庭問題

 ⑤人間関係

 ⑥子供が成人した為

 ⑦大切な人などを喪った為

 ⑧その他(       )


 以上の項目を見て貰えば分かると思うのだが、その他、として書き込むことは無い。⑥として存在する。つまりは有り触れた理由だ。

 家庭の問題では無い。問題では無いのだ。寧ろ、本来で有れば、ソレは恐らく喜ぶべき事柄だ。それでも、ソレは人が“おわり”を選ぶ理由となる。

 機械の発達により、国民に平等に与えられた死ぬ権利。だがそれを使えない場合もある。末期の不治の病に苦しんでいる等の理由があれば別だが、未成年の子供が居る場合、自殺屋の利用は出来ない。

 産んだのならば責任を取れ。

 平成の時代に育児を行うには免許が必要になった。無免許ならば血の繋がった我が子であっても、その子供は国が管理することになり、施設へと送られてしまう。

 K田さんは育児免許を取り、ベーシックインカムでは賄えない不足リソースを稼ぐ為に会社に勤め、息子さんを育てた。

 息子さんは大学の二年生の様だが、その後の学費も用立ててあると言い、残った遺産の処理も済ませている。

 K田さんは、しっかりとお子さんを育てた。

 それでも息子さんが成人した日に終わりへの入り口にやって来た。

 子はかすがい。

 そう言う言葉がある。

 だが、夫婦を繋ぐことは出来ても、人を生に繋ぐことは出来ない。

 それだけだ。


■□■□■


 午前中にやって来たのはK田さんだけだった。

 僕は昨日掃除したばかりのS坂さんの部屋にK田さんを案内し、諸々の説明をして行く。

 ベーシックインカムに含まれる食事は提供されること。

 それ以外の物が食べたければ、自費での購入も認めていること。

 別に自宅に帰って貰っても構わないと言うこと。

 ネット環境もあるので使って貰って構わないと言うこと。

 個人の荷物を残して貰っても構わないが、その後の処分の問題があるので、書類にサインをお願いしていること。

 等々だ。

 心因性終末ケアセンターを訪れる人は別に犯罪者では無い。

 国民が持つ自由は認められている。外出もできるし、門限も無い。受付の際と、“おわり”の前にカウンセリングをすることになってはいるが、別に入所すら強制では無い。

 受付をして、その後、家に戻って三日後にまた来る。

 多くは無いが、そう言う風にする人もいるらしい。

 だが、大抵は個室で三日間を過ごすと言う。

 トイレとシャワーはある。後はベッドと、机と椅子があるだけのシンプルな部屋だ。

 K田さんはカバンを床に下ろすと、そこから数冊の文庫本を取り出し、机の上に置いた。部屋で三日を過ごすつもりのようだ。

 自販機の位置を伝え、食事をどうするのか聞く。


「配給品をお願いします」


 と、言う答えが返って来たので手に持ったタブレットを操作して配送個数を一人分追加した。

 K田さんが終わるのは明後日の午後。夕食の前だ。

 朝昼夜でそれぞれ二回ずつの合わせて六回分。それがK田さんの為に追加された食事の数だった。


■□■□■


 ベーシックインカムに含まれる食事のドローン配送は毎日、三日ごと、週ごとの三つのサイクルから選べる。

 僕は余り食事に気を配らないタイプなので一週間ごとの配送を選んでいるが、宇津木先輩は毎日の配送にしているらしい。

 何が言いたいかと言うと、現在昼食分を電子マネーに変更している僕は少なくとも今週に限っては自身で食事を調達しないといけないと言うことだ。

 これは後から知ったことだが、食道楽の先輩はどちらかと言うと外食を好むのだが、『新人である僕がどうしたいかが分からなかった』&『緊急の業務が入った場合、流石に任せることは出来ない』と言う理由からこの週は弁当に切り替えていたらしい。

 割と良い先輩なのかもしれない。

 兎も角。

 僕は昨日のうどんチェーンでキツネうどんを食べて戻って来た。十一時三十分。一応、あと三十分の休憩が認められている。

 ひょい、と受付を覗いてみれば人が訪れる気配はなく、食事を終えた先輩がスマホを弄っているのが見えた。所長の姿は見えないが、まだゆっくりしても良さそうだ。

 そんなことを思った僕は自販機で紙コップのコーヒーを購入して近くのベンチに腰を下ろした。一口。熱い。ふー、と息を吹きかけ、もう一口。熱い。困ったな。先輩同様、僕も猫舌なのだ。だが冷たいのも嫌だ。そんな我儘。ソレを貫き通す為には、温くなる迄待つしかない。暇潰しの手段としてスマホを手に取る。レンタルコミックサイトのアプリが入れてあるので、適当に漫画でも読んで暇を潰そう。そう思ってロックを解除する。ふと、今朝方落としたゲームのアプリが目に入った。

 何となく、ソレを立ち上げる。

 プレイを開始した。

 唐突で申し訳ないが、僕はゲームが好きだ。

 だがスマホゲーは好きでは無い。

 僕が好きなのは据え置き機や、PCの方だ。だから国内で売れるのがスマホゲーばかりなせいで我が国の据え置きゲームのメーカーの体力が落ちてきていると言う現状には色々と言いたいことがある。あるが、語り出すと長くなるので言わない。

 まぁ、つまりは余りこのゲームには期待していない。

 育成を兼ねたADVパートとそこで上げたステータスの成果を見るレースパートを行き来するゲームだった。フルボイスを売りにしている所も余り好みではない。

 だが何かをしながらの場合ならボイス付きは有り難い。コーヒーを冷ましつつ『君、ブラしてんの?』と問いかけたくなるレベルでパイオツを揺らす3Ⅾキャラに過酷な訓練を課していく。許せ、許せ、画面の中の君よ。この体力限界にも関わらず出した訓練の指示が戦場で君を生き残らせるのだ。多分。……戦場に行くゲームじゃないけど、これ。

 そんな時だ。


「そのゲーム、私もやっていますよ」


 キャラクターボイスからゲームの内容がバレてしまったのだろうか?

 K田さんが声を掛けて来た。少し、恥ずかしい。慌ててスマホを拾う僕を笑って見ながらK田さんは自販機でコーヒーを買う。砂糖を多く。クリームは無し。ゴポゴポと苦しそうに自販機が黒い液体を吐き出した。


「息子がやって居ましてね。無理矢理やらされました」


 苦い様な、甘い様な、笑顔でK田さん。

 息子さんとの関係は悪く無かったのだろう。言葉と表情からそんなことが分かった。


「隣、宜しいですか?」


 その言葉に僕は、どうぞ、と返す。

 ベンチが軋んで、隣に人の気配が生まれる。

 別にK田さんはゲームの話がしたかった訳ではないのだろう。朝の先輩の言葉を僕は思い出す。話のとっかかり、とっかかりだ。

 K田さんが口を開こうとする。言葉は出てこない。悩んでいる。迷っている。何についてだ? そんな疑問すら湧かない。だって、ここは自殺屋だ。だから僕は声を掛けた。


 ――入所の時と、最後の前に、僕等は皆さんの話を聞くことになっています。

「……」


 これは規則です。と、言う僕の言葉をK田さんは無言で聞いている。


 ――ですが、それ以外でも話は聞きます。僕は多分、余り役に立つことは言えませんが、それでも聞くことは出来ます。


『だから、良ければ話して下さい』言葉の最後をそう結ぶ代わりに、少し温くなったコーヒーを、ず、と啜った。

 大きく。

 大きく、K田さんが息を吸うのが分かった。


「……」


 それでも言葉は出てこなかった。

 しん、と冷たい無音が三秒続いた。


 ――このゲーム僕は今日始めたばかりなのですが……何か攻略法とかありますか?


 僕がそんなことを言うと、一瞬呆気に取られたK田さんはそれでも色々と教えてくれた。


 ――成程。良ければ明日もまた、色々と教えて貰えませんか?


 取り敢えずK田さんをフレンド登録した僕が、休憩の終わり際にそんなことを言ったのは、K田さんの持って居る攻略情報がガチ勢よりのソレの様に感じられたからだ。

 ただ、それだけだ。

 そうしてK田さんと別れた僕が席に戻ると先輩が、


俺も、、フレンド登録しといてくれよ」


 と言ってメモを渡した後、コーヒーを買いに行った。

 聞かれていたのかと思うと少し恥ずかしい。


■□■□■


 I波さんを見送った。

 高齢で、病気を抱え、それに苦しめられていたI波さんはお子さんやお孫さんと色々な話をした後、“おわり”を迎えた。

 岩の様な。

 そんな形容詞が似合いそうな息子さんが声も無く泣いて居たのが印象に残っている。


「お袋も……苦しまずに、逝けました……」


 掠れる声で言われる「ありがとうございます」。

 それは自殺屋で働いて居ればそれなりに耳にする言葉と音だと教わった。その内、僕も実感するのだろう。

 僕と先輩は頭を下げてその言葉を受け取った。

 心因性終末ケアセンター。自殺屋。それが出来てから日本の自殺者は確かに増えた。それを指して自殺を推奨しているという人も居るが、I波さんの様な人もその増えた数字の中にいる。

 批判する人達はI波さんを見ないで数字の『1』を見る。

 人が死ぬのは悲しいことだと彼等は言う。それは間違っていないとは僕も思う。だがこういう終わりが選べるようになったのもまた、間違っていないのだと僕は思うのだ。

 自殺屋の存在を正義と悪で語るのは間違いだし、正解と不正解でも語れない。

 社会人二日目にしてそんな社会の難問を僕は見た気がした。


■□■□■


 週ごとに送られてくる食料を僕は特に何も考えずに冷凍庫に入れている。中には冷蔵での保存の後に、お召しあがってくれることを望んでいるモノもあるのだが、そこは気にしない。いや、気に出来ないが多分正解だ。

 プロ料理人と同等技能を持つAIの手により工場で調理された煮込みハンバーグを解凍して、深めの皿に盛る。炊き立てが良いから――と、生米での配布を望む人もいるが、僕はそこにも拘りが無いので配給品のパックご飯を温める。そうして後は手を合わせていただきます、を言えば良い。

 食事を終えた僕はベッドに飛び込む。

 軽い僕の体重をマットが受け止める。ベッドにうつ伏せになったまま、うー、と唸りながら顔を上げずに手を動かし、スマホ充電器の端子を探る。そのまま、うー、となりながらスマホにソレを指す。そうしてから漸く僕は仰向けになった。

 軽くゲームを進めておこう。

 意外に面白かったのだ。

 それだけだ。








あとがき

多分、ウマ

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