第30話 処罰

「おいっお前…それでのこのこ一人で帰ってきたわけか…連絡もよこさず、何をしていたんだ!」


「本当に申し訳ございません!罰ならいかようにも…」


あの夜、高等教育高内部の任務で特捜隊一班は僕だけになってしまった。この敗因は陸人さんの計画に大打撃になるものだし、僕の始末はすぐにでも行われるだろう。ただ僕は逃げ腰になって任務を放棄し、仲間たちにすべてを任せ、校舎の前で一人うずくまっていただけのクズだからだ。


「なぜだ!訳が分からん…たった一人の狂人女相手にあっさり敗北って…。長い間一緒に戦ってきた仲間がこんな、こんなすぐに…ぐっ、すまん。一人にしてくれ」


「…ジーニ」


悔やみきれないほどの顔を浮かべ、ジーニさんは部屋から出て行ってしまった。


「…悟さん。僕の始末なら早々にお願い致します。どうか…」


「君は自己評価が低すぎるだけなんだよ。そのせいでこの事態を招いた。この敗北は間違いなく君が招いたものでもある。そして特別捜査隊一班隊隊長に君の意思を無視して任命させた僕たちの責任でもある。まぁ…処罰の方は陸人君の判断次第だ。その間仮棟でゆっくり過ごすといい」


「仮棟ですか…了解しました。すみません」


仮棟とは岡本研究所から数百メートルほど離れたところに立地する古い小ビル。研究員の自室や寝床もあり、最小限の生活はできるほどのいわば組織の寮みたいなところだが、なぜだかあまり使われていない。去年僕はそこに住み着いたばかりで、その理由は知らないけど、あともうすぐで死ぬ僕の余生は仮棟で過ごすことになるのかもしれない。


「あの…今、陸人さんはどちらにいらっしゃるのですか?」


「昨日アポが取れてね、『協力者』の須賀真理子さんと沖谷原さんに会いに行っているよ」


「そうですか……では失礼いたします」


岡本研究所から退出した僕は、おぼつかない足取りで仮棟へ歩いて行く。


あの夜、僕はC棟の前でうずくまっていただけだった。…その後はA棟、B棟の中に入って、やっぱり仲間のことが心配になって…さがしたんだけどどこにもいなかった。


彼らが身に着けていたボイスレコーダーのデータからは銃声やジェシカ副隊長の断末魔まで。みんな狂人女一人に殺されたんだ。僕のせいで…。


仲間を見殺しにし、何もできなかった自分に激しい嫌悪感を抱く。自分の知らないところであんなことが起きていたなんて信じられない。僕一人が死ぬべきだった。何の取り柄もないし、ほかの人の役にも立てない。


後悔を述べては結局「死にたい」。愚痴を並べては結局「死にたい」


なんだ結局のところ僕はジェシカ副隊長の言っていた通り、ただ「死にたい」だけの人間だったんだ。


気が付くと仮棟の入り口まで来ていて、一階にある自室へと重い足を運び、鍵を開ける。1Kの狭い部屋にトイレとバスユニットが一緒になった今でも慣れない生活スタイル。


もうホコりっぽくなってるし…


部屋の大部分を占領したシングルベッドにそのまま寝ころび、元からシワシワだったシーツに更にシワが付く。


「…もう、何も考えたくないよ」


負の感情の連鎖が止まない。自分の内側からこみあげては、いつの間にか外へ、口から暴言や愚痴ぐちとして発せられる。


本当に馬鹿な人間だな、僕は。


何も考えたくない、と言ったそばから今後の自分はどうすればいいのか考えてしまう自己矛盾…もう何回目だろう。この経験はもう数え切れないほどにあるし、その度に自分のことが嫌になってくる…どうすればこの気持ちに完全にふたをすることができるのだろう。


ふたがあったとしてもきっとあふれ出してあふれ出して止まらないものなんだから、この身を捨てることこそが根本的な解決策なのに、どうして…






____ブブッーブブッー






「もう…誰だよ。こんな時に電話なんて…」



何もしたくない。ズボンのポケットに入れてあるスマホを取り出すことさえ、億劫おっくうに感じる。面倒に感じる。

だけどこのスマホを取り出せれば何か達成感を味わえるのかなと、支離滅裂しりめつれつな思考へと辿り着く。


「もしもし…」


「もしもし。陸人だ。今大丈夫か?」


「え…あっ!はい!ダイジョブです…何の御用でしょうか」


まさかこんなときに陸人さんから電話なんて…そっか、そうだった。悟さんが言っていたように処罰は陸人さんの判断で下されるものだった。


あぁ…死ぬのか…僕は


「特捜隊一班、お前以外の殉職はこちらとして痛手だったな」


…そんなのわかってるよ


「…全部僕のせいなんです。僕が弱いせいで、何もできなくて、ただ逃げてただけなんです」


「口から自分の低評価を述べることになると途端に饒舌じょうぜつになるな。荻本……仲間の死に何を感じた?」


…何を感じた、か。


「…後悔を感じました」


「そうか。なら、今まで仲間のことはどう感じてきた?」


…なんでそんな質問をするんだろう。処罰なら早く…。


「ジェシカ副隊長はやはりすごい人でした…女性にもかかわらず、屈強な隊員をうまくまとめて任務に取り掛かっていましたし、これまでに何度も彼女に助けられました…みんなこんな僕を隊長と認めてくれて…。いえ、きっと僕なんかが隊長だなんて思ってもいなかったでしょうね。頼りないし、何も取り柄がない道端の石ころのように見えていたはずです。ですがみんなとても仲間思いで、良いことはいいとはっきり発言しますし逆もしかりです。時には厳しい発言をして、いざこざになることもありましたが互いに成長しあえるそんな人たちでした…」


「そうだな」


「ボイスレコーダーを聞いて、最後まで何もできないでいる僕を見捨てないで、勇敢に戦っていましたし、たった一人の敵にやられるなんて…思いもしませんでしたよっ…うっ…なん、なんでですか…なんであんないい人たちが死ななくちゃあならないんですか。きっと自分がいても何もできなかった…。あの人たちは僕と違って大切な家族がいますし…自分の中で生きる意味を見出していた人たちです…そんな人たちが、なんであんな無残な……理不尽ですよ…」


「……」


「仲間の死をも見届けることができなかった。今まで共に生き抜いてきた彼らと最後まで戦うことができなかった…」


「……」


「言ってくださいよ!僕なんか死ぬべき人間だって!何もできなかった僕を…恨んでくださいよ!わかってるんですよ…あの時あの場で死ぬべきだった人間は僕だって。死でつぐわないと彼らに顔向けできないって……ってなんでこんなこと言っているんだろう…僕は。早く、…罰してください…殺してください!」


もういやだ…こんな現実で生きるなんてもういやだよ。


「オレにはお前を殺せないし、殺さない。罰させられない」


……はっ?


「何を…言っているんですか。あなたの判断で僕を罰するって…」


「オレの判断だ。お前を罰しない。なぜなら…」


「おかしいでしょ!何言ってんですか!あなたの部下を見殺しにし、あまつさえ職務放棄!これほどの重罪を犯した僕は死ぬべきなんですよ!なのに罰しないなんて…」


「人の話は最後まで聞け。確かにお前の行いは重罪に等しい。だがお前の処罰、つまりお前の命はオレにゆだねられている。その上で罰しないと決めた。異論は認めない。その理由はオレとお前は似ているからだ。バカみたいな理由だろう、だがそう捉えてもらって構わない。自分を弱者と自覚し、その上で自分の弱点やその改善点を正確に見極めている。その行いは将来役に立つことだと思え。


実際に自分の失敗を精密に見極めることは普通の人間には難しい。だからこそオレたちのような人間がより正しい方向に進んで、周囲の人間の先頭に立つ必要がある。自分の存在を認められる権利がある。


自分の話はあまりしたくないが、オレはそういう主導者みたいな立ち位置は好きでもないし、嫌いでもない。目立つのは好きではないけどな。だが周りの人間が自分を必要としてくれている、そういう単純な動機だけで複雑な心情は明確化されて、いずれ単純でよりみんなが納得して信じてくれるような大きな力になり得る。その経験をお前にも味わってほしい」


…陸人さんが僕と同じ…?そんなわけないけど、何故か心に刺さるものがあるのは、きっと同じ経験を…仲間を失ってしまった経験をしてきたからそう言えるんだろうな。


「…陸人さん。僕にそんな権利無いですよ…もう生きるのがつらいんですよ」


「死んでいった仲間がお前に生きろと命じられて、お前はその命令に背く権利はあるのか?」


「……」


「ないはずだ。仲間のしかばねの上に立って生き長らえているお前の命は紛れもなく仲間のおかげだ。亡くなった者たちのボイスレコーダーを聞いたんだろ。

最後まであいつらはお前のことを信じて戦った。いずれお前が大きな人間になることを確信したうえで自分たちの命を全うした」


「……」


「同じ失敗を繰り返したいか?」


「いやです! 絶対に嫌です!」


「即答だな。なら生きろ。これから恥じない生き方をしろ。死にたいと思うのはいいが、仲間の前では絶対に口にするな。いいな?」


「はいっ!」


「よし。早速で悪いが、お前にしかできないこれからの仕事を説明する」


「はい」





もう二度と同じ失敗はしない。もう二度と「死にたい」なんて言わない。







自分の命は自分のであって仲間の命の者でもあることを肝にめいじろ。






強くなって、その命に恥じない生き方をしよう。






今まで自分の中にしまい込んできた気持ちや感情にフタをしないで、一つ一つ一生懸命向き合っていこう。






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