第6話 癖

 人に怒られるけれど、どうしても直せない癖ってあると思う。

 例えば「緊張するとついあくびをしてしまう」とか「真面目な話になると笑ってしまう」とか。


 俺の場合は後者に近い。

「怖いと思うと笑ってしまう」のだ。

 怖い先生に怒られて笑う。ホラーを見て笑う。肝試しで笑う。

 多分、叫んだり泣いたりする代わりに笑って精神的な負担を和らげようとしているんじゃないかとは思うんだが、どうにもいけない。


 先生からは舐めてるのかと更に怒られるし、友達には雰囲気が台無しだとハブられる。

 もう散々だ。

 これのせいでようやくできた彼女にも一月でフラれてしまった。


 ある日、アパートの天井に染みを見つけた。

 ちょうどベッドの真上だ。

 雨漏りでも起こしてるのかと調べたけれど、そんなことはなかった。


 次の日、染みは顔のようになっていた。

 やめろよ、怖いじゃないか。

 俺はヘラヘラ笑った。


 また次の日、染みはでかくなっていた。

 表情みたいなのもついて、なんだか怒っているようにも見える。

 俺は怖くて、また笑った。


 どんどん染みはでかくなっていく。

 一週間もたたないうちに人のような形になった。

 もう怖くて怖くて仕方がない。

 俺は布団の中で震えながら「へへへへへへ」とビブラートのきいた笑い声をあげた。


 染みは人の「ような」ではなく完全に人の形になった。

 もう限界だ。

 明日になったら引越しの手続きをしよう。

 最悪、友人の家に転がり込もう。

 そう心に決めて布団に潜り込んだその日、そいつは現れた。


 深夜、目が覚めて迂闊にも目を開いてしまった俺をのぞき込むように人が立っていた。

 不吉なほど真っ黒な衣装で全身を包み、その表情は般若か仁王様かと言わんばかりに歪んで男か女かもわからない。

 そいつは俺が起きたのに気がつくと、ググッと更に顔を近づけてこようとした。


 その瞬間、俺の精神が決壊した。


 爆笑した。

 爆笑も爆笑、大爆笑だった。

 怖くて怖くて仕方がなくて、頭がおかしくなりそうだった。

 涙もボロボロ流した。寝る前にトイレに行ってなければ絶対漏らしてたと思う。

 だから笑いに笑った。

 はたから見たら気がふれたと思われただろう。

 俺はそれくらい恐ろしかった。

 ヒーヒーと過呼吸になりながらもなお笑って、指すらさしたかもしれない。


 呼吸困難で気絶したのか、はたまた笑い疲れて眠ったのか、気がつけば朝になっていた。

 天井の染みはきれいさっぱりなくなっていた。

 まるでそんなものはなかったかのように。

 以来、妙なことは一度も起こっていない。



 勝手に出てきたのはアイツの方なのだけれど。

 正直、ちょっと申し訳なかったかなと思う。

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