深い眠りと重たいイカリ


 結論から言えば、昼夜は一命を取りとめた。

 密閉された医療ポットの中で、深く静かな眠りに就いている。


「一日か二日もすれば、目は覚めるだろうってさ」

「そうですか。命が助かったことは、喜ぶべきなのでしょうね」


 汐見海璃はポットのガラス面にそっと触れて、小さく息を吐いた。

 昼夜をポットに入れてから、既に八時間が経過している。

「しかし、大変なことになりましたね。ガンジェイナ……ですか」

「大体は海璃の予想通りだった。地震の原因になってるのはあの山クジラで、昼夜はオレたちをアイツと関わらせたくなかったみたいだ」

「空井さんらしい、ですね。彼、いつも陸人さんのこと気にしてましたし」

 本当は私も、文句の一つくらい言いたかったんですけど。

 海璃は苦笑いしながら呟いて、静かにポットから離れる。

「彼がこうなってしまうと、私は何も言えませんね。怒るタイミング、無くしました」

「……オレたちがこうなって欲しくない、って思ってたんだもんな」

 昼夜の気持ちが、痛いほどに伝わってくる。

 海璃も同じ思いなのだろう。悲し気にうなづいて、「場所を変えましょう」とオレを促す。昼夜のことは、今はゆっくり眠らせてやりたかった。


 作戦会議がしたいと言うと、船のAIであるファムが、船内の会議室の場所をアナウンスしてくれた。オレたちはそれに従って移動して、見慣れない角ばった椅子に向かい合って座る。


「宇宙船に乗るのなんて初めてですけど、じっくり喜んでるヒマは無いんですよね」

「オレもまだ全然慣れてない。昼夜が回復したら、改めて案内してもらおうぜ」

「そうですね。あれこれ質問攻めにしてしまいましょう!」


 オレと海璃はムリして笑い合って、最初から状況を整理する。

「昨日の夜、空井さんを説得に行った後、そのままガンジェイナと遭遇したんですね?」

「ああ。オレと昼夜は協力してガンジェイナを止めようとしたけど、車が走って来ちゃって、それを助けようとしてたら……」

 ガンジェイナの注意を引く為に、昼夜が無理をした。

 たった一撃だったと話すと、「なら戦うのは避けたいですね」と海璃は答える。

「頑丈なルミナ人の空井さんですらこうなんですから」

「正面からぶつからずに済む手段があれば、なぁ。今のところ、情報が足りなすぎる」

 ガンジェイナについて分かっていることは、超音波を使って地面を泳ぐことと、土や岩を食べて生きていること。それから、マヤカ山を棲み処にしているらしいことくらい。

「そもそもなんでマヤカ山から出て来たのか、それが全然分からない」

「うーん……陸人さんの見立てだと、食べ物に困ってるわけではないんですね?」

「よほどマヤカ山の土がマズいとかじゃなければな」

「土に美味しさなんてあるんでしょうか。成分の差とか?」

「それは考えても分かんないな。コンクリよりは美味いと思ってくれたら良いけど」

 コンクリートが美味しいと思われてしまうと、街への被害が加速する。

 でも今まで山にいたってことは、コンクリートを好む可能性は低いと思って良さそうだ。


「コンクリと言えば、道路とかどうなったかな。かなりボロボロになってたけど……」

「ああ、あれ……ニュースになってます。世間的には土砂崩れと思われてますが……」


 言いながら、海璃は自分のスマホをオレに見せてくれた。

 ネットのニュースで、マヤカ市の土砂崩れ現場として、ガンジェイナとやり合ったあの場所が写し出されている。

「……もう一つ、真偽不明の情報として、車載カメラの映像が公開されてます。このこともお話しておくべきですよね」

 海璃が細い指でスマホを操作すると、荒い画質の暗い映像が流れだした。

 山道を走る車。道の先に、突然照らし出される巨大な岩の生き物。

 車は急停止するが、割れたコンクリートのせいでカメラは下を向く。それからヘッドライトが片方欠けて……

「良かった、昼夜映ってないな」

「でも陸人さんのシルエットは一瞬出てしまってます。既に解析されて、子どもではないかと騒がれてますよ」

「げっ。ライト消せばどうにかなると思ったんだけどな……」

 オレが呟くと、「壊したんですか」と海璃は目を丸くする。

「緊急事態だし、仕方ないだろ。……あ、待って。この動画もう一回見して」

「仕方ないですけど。……なにかありました?」

「何かっていうか……そっか、ブレーキ音に反応してたな、あの時……」

 動画を見直して、その事を思い出した。

 オレや陸人の声には反応しなかったけど、車のブレーキ音は嫌がってたんだ。

「高い音や大きな音を嫌う、ということですか?」

「車には敵意を抱いてたけど、反応を引き出せるのは間違いない」

「でしたら……工事現場の音はどうでしょう? 反応、すると思いますか?」

「距離によると思うけど、なんかあんの?」

「確か、マヤカ市内で道路工事が行われていたかと思うのですが……」

 場所がちょっと、と言うので、オレはファムに頼ることにした。

 マヤカ全域をスキャンして、地形情報を会議室のテーブルの上に映し出してもらう。


「わ、立体映像ですか! スゴいですね!」

「こういう時はめっちゃ便利だよな。えっと、ガンジェイナが出た方向がここで……」


 マヤカ山から出たガンジェイナが、どこへ向かっていたか。

 進行方向をチェックすると、その先には道路工事の現場があった。

 しかもちょっとした舗装じゃなくて、交差点の幅を広くする、大きめの工事だ。

「工事計画の情報、出ました。ガンジェイナが出てきた時間と一致しますね」

「マジか。じゃあガンジェイナはこの工事の振動を嫌って……?」

 人間のオレには分からなかったけど、山の中のガンジェイナにはちがったのかも。

 だとすると、次にガンジェイナが出てくるのも、山とこの工事現場の間となる。

「工事は主に夜間に行われているようなので、タイミングもその間でしょうか」

「多分。……じゃ、そこは解決としても……」

 ガンジェイナをどう止めるかが問題だ。

 同じ手で行っても、せいぜいガンジェイナを帰らせる効果しかない。

「うぅん。こんなに大きいと、檻を用意するわけにもいかないですしね。ロープとかで縛っても、引きずられてしまいますし」

「ガンジェイナ以上のパワーを出せないとなぁ。そんなん、オレと昼夜が何十人いたってムリだろうけど」

 なんかいい手が無いかなぁ、とオレは天井を見上げて考える。

 まぁ考えた所で、小学生であるオレたちに出来ることは、かなり限られてるんだけど。

「装甲車とか好き放題使えたらいいんだけどな」

「ムリ言わないで下さい。車の一台だって、私たちには扱えませんよ」

「そりゃあなぁ。昼夜くらいか、こんなデカい船を使え……る……」


 ……デカい、船?


「ファム! この船ってイカリとか付いてないか!?」

「えっ、急にどうしたんです陸人さん!?」

『小惑星に取り付くためのアンカーが数本、用意されています』

「それ、使えないかな!? この船でガンジェイナを止める!」


 この船のサイズがどの程度かは、中からじゃ分からない。

 でも遠い銀河を長い時間航行できる船なんだ。少なくとも、装甲車や戦車なんか目じゃないほどの馬力は持ってるハズだ!

「む、無茶では!? 宇宙船のイカリなんでしょう、陸人さんに動かせます!?」

『汐見海璃様の意見に同意致します。当船のアンカーの重量は、強化スーツによって増強された力でも持ち上げることは困難です』

「ならロープだけでいい。先端のイカリを取り外して使う事は?」

『……。それならば可能です』

 ただし、同時に射出出来るのは二本までです。

 付け加えて説明するファムに、「十分だろ」とオレは答える。

「ガンジェイナに船のロープを結んだら、一気に巻き巻き上げる。そうしたら無防備になるから、ガンジェイナをトリカゴで確保出来るハズだ」

『了解致しました。しかし、その方法では注目を浴びてしまいます。宙獣の存在を衆目に晒す行為は、推奨できません』

「分かってる。その辺も考えてはあるんだ。海璃にも準備、手伝ってほしいんだけど」

「えぇ、お任せください!」


 考えるべきことは考えた。

 あとは、ぶっつけ本番だ!

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