第4話

 祈夜が停学になって、3日が経った。

祈夜がいないシキコーでは、あの日の彼女の奇行で話が持ちきりになっていた。

 今回ばかりは普段なら俺と目を合わせないように下を向いて歩いている連中も、俺の方を盗み見してはひそひそと噂話を繰り返している。



「おい真昼、あのヒス女今日も来てねーみたいだぜ! お前に仕返されるのが怖くて学校来れねーんじゃね?」


「停学中だ、バカ」



 底辺彷徨っているシキコーとはいえ、入学早々に停学になる奴はかなりレアな存在だ。それも女子で、ほぼ殺人未遂による暴行による停学。それも喧嘩相手は副番を張ってる俺とくれば、シキコーで興味を持たない人間はまずいない。

 偉業を成し遂げた祈夜は現在、間違いなく、今最も全校生徒の興味を引く存在だ。



「あ、来た来た! 陽向ー! 春日ー!」



階段を登る俺に上の階から声をかけてきたのは、同じく3年の……



「おう、乳子」


「んもう〜、茅子だよ」


「ああ、はいはい乳子ね」



 牛島 茅子

 シキコーNo.1を誇る超巨乳の持ち主で、色気放たれる女体に違わず、男食いが趣味な地雷系ビッチだ。しかも、趣味だけに止まらず、己の武器を使い熟し男を誘惑する太刀の悪い女だ。実際、1年の時に授業単位を落としかけていた所、教師を誘惑したことで進級した実績がある。



「せっかく面白い情報入手してきたのに〜! ちゃんと名前呼んでくれないとヤ!」


「悪い悪い。で、面白い話ってなんだよデカパイ」


「『茅子ちゃん』よ!!」



話の輪に割って入り『デカパイ』呼ばわりする春日に、茅子は半ギレになりながら訂正した。



「この間、陽向の首を絞めたお嬢さんを表参道で見たよ〜」


「「へ〜」」


「あの子、停学中じゃなぁい? 地味な顔して遊ぶなんて、些かヤンキーだなぁって思って」


「シキコーじゃ朝飯前だろ。何を今更」


「んもう〜! もう少し興味持ってよ!」



 何があるわけでもないが、朝から心底どうでもいいことに時間を割いてしまった。

 あの女がどこを歩いていようが、誰といようが俺は生憎、今後一切あんな面倒なやつに関わる気はない。



「なあ真昼。停学中って外出ちゃダメなのか?」



桜樹はアホだ。人が疲れている時にたまに今のようなアホな質問をして来ると縁を切りたいとさえ思うことがある。



「ちょっとちょっと! 一番面白いのはこれからなのにぃ」


「何だよ、まだ何かあんの?」


「あるよ、大アリ! なんとあのお嬢さんね……」



 この話の入り方は、どうせ誰かと歩いている所を見たとか何かだろう。それも男で、どうせ実は父親でしたとかのオチなんだろうな。

 女って、なんで確信持たずに憶測で他人に言いふらすんだか……



「パパ活してた」


「‼︎」



パパ……活……?



「……マジかよ」


「マジマジ。歳の離れたオッサンと腕組んで歩いてるとこばっちり見たんだから! 最初は父親かと思ったんだけど、顔全然似ていなかったし、それに……」


「「それに?」」


「昨日は、違うオッサンと腕組んで歩いてる所見たの。それもそのオッサンに会うために、彼女どこから出てきてたと思う?」


「なんだよ。どこにせよ住所特定したって言いたいんだろ?」


「駅前のネカフェ」



 それを聞いた時、俺は一瞬で最悪の場合を想定してしまった。



「もちろん、偶然の可能性も0じゃないヨ。でも、合コンで会った知り合いがそこでバイトしてるのを思い出して、興味が湧いたから少し聞いてみたの。そしたら、少なくとも1ヶ月前からはいるらしい」



 微かに信じ難かったものの、乳子の情報から察するに、祈夜は今現在、ネカフェで寝泊まりしながら、知らねーオッサン共に買われてるってことだ。



「ハハハ! その男、馬鹿じゃねーの? ネカフェを家代わりって、んな事できるわけねーじゃん! その男のシフト上がりにこっそり帰って、また来店してるに決まってんだろ(笑)」



 いや……未成年の夜間のネカフェ利用は、店としても違法にならない場合が多い。ネカフェでの売春行為などにより、最近では未成年の利用可能時間帯を自主的に規制している店舗は多いが、都市部の店舗となると、祈夜のような利用客の受け入れは比較的寛容なはずだ。乳子が言ってることは、決してあり得ない事じゃない。

 


「どう? 面白いでしょう?」


「は? だから興味ねーって」


「嘘〜! 途中から興味津々だったじゃん! パパ活辺りから」


「パパ活ならお前辺りもやってそうじゃねーか」


「残念。私はパパ反対派。体の関係は愛に満たされたいから持つものであって、お金の為にするものじゃないから」


「知るか」



 『お前のせいだ!!!!』

 ああ言っていたあの女が、まともな生活を送れていないことは最初から察しはついていた。

 でも、だからと言って俺には関係ない。因縁があろうともそれは過去の話だ。今はもうあの女とは何の関係もない。

 あとは乳子含め、周りの囃子共が興味さえ失ってくれれば俺は元の生活に戻れるんだ。


 あの女がどうなっていようがどうでもいい。


『お前が私を殺さなかったら、私は幸せだったんだ!!』


……どうでもいいんだよ。





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