第21話 偶然

 「て、事があったわけ」


 茜ちゃんが話し終える。終始、楽しそうに語っていた。やっぱり、恋愛には縁のあ

る女の子なんだろうなと改めて感じる。


 「それからは、どちらからともなく、いろいろ話したり、たまに途中まで下校した

り」


 しかし、引っかかるところがあった。


 さっき彼女は、その人のことを、なんて言った?


 いや、私の聞き間違いだ、たぶん。


 そんな『偶然』が、あるわけない。


 「じゃあ、後片付けちょっと手伝ったらお風呂入ってきていいよ~」


 福本さんの声を合図に、後片付けをして、宿へと戻る。


 「お姉ちゃん。あの鬼のお姉ちゃんよりもかわいい!」


 「ユウスケ君シツレイだよ」


 私に声を掛ける小さな男の子と、その子の失礼を咎める女の子。


 「ううん、全然。花火楽しかったね!」


 「うん!」


 「お姉ちゃんたちと、またやりたいです」


 「ありがとう」


 二人の頭にそっと手を置いて笑いかける。


 ちゃんと笑えているかどうか不安だった。


 目線はすぐに、宿の入口へと一番に入っていった茜ちゃんの方へと向かう。


 なにを急いでいるんだろう。


 私も、子供たちの行列を待ち、宿へと戻り、女子部屋へと戻っていく。


 その時だった。


 茜ちゃんの声が、女子部屋でもなく、男子部屋でもない方向から聞こえてきた。


 その方向へと歩き出す。声が少しずつ大きくなっていく。


 ハッキリと言葉として聞こえる距離まで達し、ゆっくりと、気付かれないようにふ

すまを開ける。


 その目に移った光景とその瞬間に呼んだ彼女の名前に、思わず声が漏れてしまいそ

うだった。


 「青野」


 キリっとした鋭い目つきの女の子が、とろけるような目をして、黙々と目を閉じて

眠る男の子の頬を、その細長い手でゆっくりと撫でていた。


 「好き」


 聞き逃さなかった。


 聞き逃せなかった。


 見逃せなかった。


 顔を見た。


 青野。


 島育ちの田舎者。彼をそう呼んでいた彼女。


 花火の時からずっと心配そうな顔をしていた彼女。


 そうか。


 茜ちゃんの『好きな人』は…。


 どうか、間違いであってほしい。


 同じ名前の、同じ島育ちの、別人であってほしい。


 これ以上、確信に近づきたくなかった。


 彼女と、本物ならばこの時間帯は決して起きることのない彼に気付かれないよう

に、ゆっくりとその部屋から離れた。






 「あれ」


 日が昇り始めたころ、俺は目を覚ますと、畳の部屋の真っ白な敷布団の上で寝転が

っていた。


 差し込む光で明るくなるカーテン。


 「そうか」


 俺は、どこかへ行ってしまった翔太君を探しに森の中へ入った。そして、完全に陽

が沈みかけた時、寝落ちしてここまで運ばれた。


 確か、翔太君は見つかったっけか。あれが夢では無ければ、翔太君を見つけた瞬間

に俺の意識は完全に眠りへと消えていったことになる。


 部屋から出て、とりあえず福ちゃんがいる大人の男部屋へと歩く。俺しか起きない

ような早朝に人を起こすのは忍びないが、真実が曖昧なまま過ごしたくない。


 窓からは、車が見えた。


 エンジンが鳴り、帰り道に直進するためにバックで方向を変える。じりじりとタイ

ヤが砂利を踏み鳴らす。


 助手席に乗る少女の寝顔が、俺の目に移った。


 「ゆ…!」


 間違いない。結月だった。寝顔を見るのは小学校の時以来だった。昔に見た時より

も少し大人びていた。


 「来てたのか…」


 同じイベントにいたことを少し嬉しく思ったが、しかし、同じイベントを過ごした

のに、どちらかは眠ったままで、分かりきったことなのに悔しさで胸が苦しかった。


 「あの子、やっぱり知り合いなんだ」


 急に声を掛けられてびくりとする。


 「日輪、起きてたのか」


 「悪い?」


 「悪いなんて言ってねえよ。早い時間に起きてるからびっくりした」


 俺は呪いの体質上、否が応でも起きてしまうのだが、日が出ているとはいえ日輪が

こんな時間に起きていることが意外だった。こいつは夜の時間をたっぷり楽しむタイ

プだと思ったけど、案外早く寝るタイプなのか。


 「自分だってそうじゃない」


 「あっ…」


 ぼんやりとしていた意識がその一言で冴える。墓穴を掘ったか。


 「で、あの子は知り合いなの? おんなじ島だし」


 「ああ、まあな。小学校の時の…友達」


 「ふうん」


 動揺しているように見えるだろうか。母や福ちゃん、それにいま目の前にいる日輪

からも嘘が下手だと言われている俺だが、隠し事をしているのが顔に出ているかもし

れない。


 できればすぐに話を切り上げたい。直感だけど、こいつは俺に何か核心を突くよう

な問いを投げかけてくる。そんな気がしたから。


しかし、日輪の質問は続いた。


「あの子、夜から来たんだね。なんか用事だったのかな?」


「そうなんじゃねえの? 俺たちとは違う学校に通ってるから、勉強とかで忙しかっ

たんじゃねえの」


「へえ。まあ、頭良さそうな喋り方するからね、あの子」


「そう…、ああ、頭いいよな」


危なかった。「そうなんだ」と答えそうになり慌てて言い直した。


「で、次はあんたの事なんだけど」


「なんだよ…っ!?」


 問い詰める日輪の鋭い目つきが、ぐいと前に近づき、ついに彼女は言ってしまっ

た。


 「あんた、昼間にしか起きられないんでしょ?」


 固まった。


 数秒間、小鳥の鳴き声だけが静かになる。


 「は、はあ? 何言ってんだよ。意味わかんねえぞ、急に」


 じりじりと汗をかいた。夏の暑さによるものもあるが、それは主に冷や汗だった。


「おかしかったのよね、今まで。昼休みに勉強するくせにあんまりテストの成績良く

ないし、いろいろ活動したそうなくせに部活しないし放課後は寄り道せずに島に直行

するし」


「観念したら?」と言わんばかりにため息を吐き、今現在どんな顔をしているのか自

覚できない俺を射すくめるように見る。


 「花火も見たことがないんでしょ?」


 「あるに決まってんだろ? お前、何言って…」


 「テレビや漫画でしか見たことないくせに。じゃあ、どんな匂いがするか言ってみ

てよ」


 「そ、そうだな…」


 花火の匂いって、なんだっけ。そもそも、匂いなんてするのか。


 「じゃあ…」と日輪が少し考えてから「こうしよっか」と笑顔になる。


 「私と夜になるまで一緒にいようよ」


 「っ…」


 「それで、青野が夜になってもずっと起きてたら普通に夜も過ごせるんだって認め

てあげる。ていうか、そこまでして隠す必要とかあるの? やっぱりバレたらまずい

とか?」


 「ああ、もう。分かったよ」


 頭をくしゃくしゃに掻いて、俺はとうとう隠すことを諦めた。


 「お前の言ってる通り、俺は夜には起きれない」


 これ以上、誤魔化し続けていればきっと結月の事だって勘づかれる。被害を最小限

にするために俺は自分の立場である『陽の子』の話だけをすることにした。


 「やっぱり。あんた、相変わらず嘘つくの下手くそね。でも、そういうところ

が…」


 小さな子供を相手にするようにキリっとした猫目を細めて笑った。

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