第5話

 私の話を聞いた先生は驚くことはなく、やはり無表情だった。


「話はわかった。信じると言った以上、疑いはしない。“異世界転移”という異能を使う者がいてもおかしくはないからな」


 思ったよりもすんなりと受け入れてもらえたことに驚くが、異能と呼ばれる……私の世界で言う“超能力”のようなものが当たり前に使われているのだから、有り得ないことではないのだろう。もちろん全員が異能を持っているわけではないが、この漫画の登場人物はもれなくほとんどが異能待ちだ。


「……入学は学園長との相談になる。だが柳楽と同じクラスは無理だろうな。特進科は異能者のための学科だ。その子に異能はないんだろう」

 先生の問いかけに、私が「ないです」と返答しようとすれば灰音ちゃんに口を塞がれて変な声が出た。バチンッて鳴った。口元がヒリヒリする。


「──ある」

 灰音ちゃんの低い声が私の代わりに答えた。

 何も聞いていない私は冷や汗を流しながら彼に視線を送る。


「──未来が、読めるってよ」

 先生の目がカッと見開かれた。


 ──“未来が見える”。私にそんな異能はない。私が知っているのは漫画の内容だけだ。それでも、ここにいれば確かに私は主人公をはじめとした彼らの未来を知っていることになる。あながち間違いではない……と思う。


「……本当か?」

「……えと、まあ……かなり限定的ですけど」

 先生が顔を覗き込んでくるからトキメキながら頷く。ここは灰音ちゃんの話に乗っておくのが賢明だろう。

「そうか。ならばそれも伝えておこう。転入まで数日はかかることになるが……今日泊まるところもないんだったな?寮に空き部屋はあるが環境が整っていない。すぐに手配しておくが、転入するまでは誰かの部屋に泊まってくれ」

 とんとん拍子に決まっていく話に、さすが漫画の世界……と感心してしまった。身元も証明できない私には有難いことだ。私のいた世界では有り得ないだろう。


 先生の“誰かの部屋”という言葉に反応して、私はまた灰音ちゃんの服を掴む。

「……灰音ちゃん、どうしよう。泊めてくれませんか」

「泊まるとこだァ?んなもん、女子に言えや!!」

「無理ですよ、人見知りですもん」

「知るか。我慢しろ」

 当たり前だけど怒られた。

 私が今話をしていても平気なのは灰音ちゃんと丹羽先生だけ。


 正直、私は女子という生き物が一番苦手だ。特に陽キャの女子の集まりは恐ろしすぎる。この世界の女子は基本的にキラキラしていて私とは正反対。そんな人に初対面で泊めてもらうなんて私の心臓はもたないだろう。


「じゃあ丹羽先生のとこいきます……」

 しゅんとしながら丹羽先生に目を向けると、彼は頭をかいていた。

「あ?俺か?……まぁ別に構わないが」

 断られるかと思っていたが、言ってみるものだなと思う。ミステリアスな先生の私生活が見られるなんてファンとして最高のご褒美ではないか。


 灰音ちゃんに“これで解決!”と言おうとして見上げると、眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。

「……ダメだ」

「え?」

 小さく溢れた否定的な言葉に私は目を丸くする。


 先生に預かってもらえたら灰音ちゃんには面倒なことなんてないのに、何か理由があるのか。「なんで?」と尋ねてもその理由は一切喋らない。首を傾げる私の頭を鷲掴みにして、彼の目は吊り上がった。


「わーったよ!!泊めりゃいーんだろ!!」

 先生には迷惑かけてはいけないと思ったのか。意外と気の使える人だ、と漫画では分からなかった一面を知った。

「ありがとう、灰音ちゃん。大丈夫、襲いませんから」

「……黙れアホ女」

 彼が泊めてくれるというのだから、わざわざ拒否することもない。先生の部屋を見られないのは残念だが……また別の機会を待つとしよう。


「柳楽、お前……」

「うっせェ何も言うな」

 表情をほとんど変えなかった丹羽先生が、信じられないとばかりに灰音ちゃんを見つめた。その視線の意味は私には分からなかったが──それを聞く前に灰音ちゃんに腕を掴まれて職員室を出た。

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